「ブレイブ・ハート」の話をもう一つ。
メル・ギブソン演じるスコットランドの英雄ウイリアム・ウォレスを陰ながら助けるのが、ソフィー・マルソー演じる皇太子(後のエドワード2世)妃イザベルでした。
エドワード1世の密使としてウォレスに会ったときに惹かれてしまい、イングランド軍の動きなどを密かに教えます。
また、ウォレスが捕まったときには、苦痛を和らげる薬(毒薬?)をあげました。
更に驚いたことに、イザベルの子供は夫(エドワード2世)の子ではなく、ウォレスの子供だと告げます。
この子供、後のエドワード3世、百年戦争を始めた王です。
これだけ見ると、イザベルは愛するウォレスを助け、敵を打ったように見えますが、その後の話を見ると、実はそんなに単純な話ではありませんでした。
イザベルはフランス王の娘であり、当時では当たり前の典型的な政略結婚だったようです。もちろん実家のフランスからはいろいろ含みを持たされて来ていたことでしょう。イングランドの情報をフランスに送ったり、イングランドの不利になるような行動をしたり。
スコットランドでの反乱が盛り上がってくると、これ幸いと支援するのは当然です。事実この後もフランスはスコットランドを支援していきます。
映画はウォレスが処刑さた後、一度はウォレスを裏切ったロバート・ブルースが、スコットランド王としてイングランドとの戦いに望むところ(1314年、バンノックバーンの戦い)で終わります。
その後のイザベルがどうなったか追ってみると。
息子も産まれ(1312年)、しばらくは子育てに専念していたようです。しかし、エドワード2世はスコットランドでは負けつづけ、内政では寵臣政治を行うなどまったくいいところがありません。そんな不満を募らせていたときに新フランス王、フィリップ4世からイングランド国王に、臣従礼を取れとの命令が下ります。
隣国の王に家臣の礼を採って跪くなど、一国の王としては耐え難いものがあるでしょうが、イングランド王家のプランタジット朝の前身ノルマン朝がそもそもフランスの家臣だったことや、臣従礼を採らないとフランス国内の領土を没収すると脅されては、スコットランドに手を焼いていたイングランドとしてはむげに断るわけにもいかず、皇太子エドワード(3世)にイザベルをつけて、代理としてフランスに派遣し臣従礼をとらせます。(1325年)
さて、ここからがイザベルの活躍です。
イングランドに戻るとき、何と軍隊といっしょに上陸して夫であるエドワード2世に戦いを挑み反旗を翻します。王に不満を持っていた多くの貴族たちを取り込み、エドワード2世を王位から引き摺り下ろし、寵臣たちを処刑してしまいます(1326年)。翌年(1327年)エドワード3世を戴冠させ、その7ヶ月後にはエドワード2世を殺害してしまいます、しかも残虐に。
こうなればイザベルの天下です。新王が若いこともあり、愛人を取りたてて自分が寵臣政治を始めます。その政策はもちろん親仏的で、イングランドの不利になるようなことばかりしていました。ここでただの傀儡にならなかったのはさすがのエドワード3世。イザベルが愛人といっしょに寝ているところを押え、愛人を処刑してしまいます。(1330年)この後、エドワード3世の親政が始まり、フランスの後継者争いに参加して、百年戦争(1337年)に突入することになります。
結局イザベルはこのまま日の目を見ること無く、27年間の幽閉の後に亡くなりました。
映画ではあれほど素敵で賢く思えたイザベルも(ソフィー・マルソー好きです)、翻弄された人生でした。
嫁しても終生フランス王家の娘として生き、最後までイングランド人になれず、現在まで「フランスの」というあだ名を付けられてしまった哀れなイザベル。夫が頼りならず、息子には裏切られたイザベル王妃。このような王家の女性の人生は彼女ばかりではありませんが、今となっては同情するばかりです。