2017年6月初旬 紹介状 初診 | 認知症の母と家族について

認知症の母と家族について

父のがんステージ4発覚後亡くなった。
母は3年前から認知症。
子供を2人育てながら、闘病や疑問について思いつくままに書く
最近は次男の受験や家族の愚痴など

私の地元の病院へ予約を取った。

 

私は基本的にいろいろと調べてから動きたい。

しかし、今回はがんということもあり、早く治療を開始したかったから、自分で詳しく調べずに決めてしまった。

それが最悪な医師にあたってしまう結果となった。

 

まず、泌尿器科の予約。予約からかなり遅れて診察。

しかし、腫瘍科の先生とどちらで観るかを相談するの腫瘍科の先生に判断してもらうと言われる。

診察時間は5分・・・。

それから、腫瘍科へ。

ここで会った医師の言葉が本当に許せなかった。

 

初対面早々に治療途中でなんで病院を変わったか。

私が埼玉が単身赴任先で何かあったときに通いきれないからというと、

「そんなの治療が始まるまでに考えておくことでしょう」

「途中で病院をころころ変えてさ、治らない病気だって知ってるんでしょ」という。

その言葉を聞いて、ぽかんとした父に向い

「ねえ、治らないって聞いてないの?」と馬鹿にしたような口調でいう。

父はもちろん告知されたときに居たので知っている。

その人に対して、物の言い方がひどすぎた。

 

治療についてもドセタキセルを続けるというので、

「前の病院では前立腺がんではないと言われましたので、ドセタキセルですか?気管が狭くなっているのでそちらの治療は?」と質問したら

「前の病院でもさ、原発がわからないんだから前立腺がんではないという確証はないんだからさ、ドセタキセルをやりますよ」と。

それはしょうがないとは思うんだけど、終始、治療の途中からきて迷惑っていう口調。

 

最後に質問はありますか?と聞かれ、父も母も私も無言。次の泌尿器科に行くように言われて診察室を出た。

 

書類ができるまでの間、待合室で私の怒りが収まらず、キレまくっていた。

先ほどまで診察室に居た看護師さんが心配して出てきてくれ、声をかけられた瞬間、私は涙が止まらなくなった。

 

看護師さんが別室でしばらく私の話を聞いてくれてた。

あの先生は時々傷つけてしまう言い方をしてしまう。初診なので驚いたでしょうと。

驚いたよりも、私たちの判断を否定されたことに怒りがおさまらなかった。

通えるから単身赴任先の病院がよかった。

でも、それは病気が悪化したら無理。

何かあれば私たちが支えられる場所で治療したかっただけなのに。

 

その後、泌尿器科の先生との話で次の予約をした。

 

夜は会社でお世話になった社員さんのお通夜。

とてもお世話になった。

最近辞めてしまったので、どうしているか気になっていたが、突然死だった。

まだ、亡くなられた実感がない。