(「まあ、こんな田舎道だったら会話が盗み聞きされることはないと思いますが...」とビーグル犬まろさんオス9歳)

 

 今日は「3分間電話の日」というそうで、1970年の1月30日に公衆電話の市内通話の電話料金が3分10円になったそうです。それまでは通話一回10円、長電話防止のために時間制限が設けられたそうです。

 電話と言うと、この頃の「個人のプライバシーが大切」と言う時代ではあるのですが、いつももの凄く不思議に思っていることがあります。

 現代は携帯電話・スマートフォン、何でもいいですが個人にかかってくる/かける電話を持つのが当たり前になった時代になってはいるのですが、でもその分、自分の部屋にいる以外はプライバシーが漏れるのだし、それについて何も気にしないのだろうか、というのが私にはもの凄く不思議な感じがするのです。確かに、携帯電話とかに電話がかかってくると、その場の席を外す、というのはよくあることですが、であっても外した先で電話をかけている場所は特に個室という訳でもない、直前まで話していた人たちからこそ離れはしたけど他の人がいたりするのです。もっと極端だと公園のベンチに座って大声で話している人、人通りがかなりある場所で人混みの中で歩きながら大声で話している人だって普通に街中では見かける光景です。この頃ではハンズフリーの機器で一人で大声で話してるから、アタマのおかしい人かと思えてしまうような人もいます。

 で、何が言いたいかと言うと、そんな会話は周囲に丸聞こえです。

 この頃は学校だって「プライバシー保護のため」なんて言って、クラスの連絡網を名前を入れないで作るとか妙なことになっているのに、人が話す会話の内容が周囲に丸聞こえになっても問題ないと思うその感覚が私にはわからないのです。確かに周囲の人はとりたてて聞き耳を立てているわけではない、大部分の周囲の人だってそうに違いない、話してる内容が「あ、あのことだ」なんて分かる人だって、おそらく稀ではあるとは思うのですが、でも、そんな程度の意識であるのなら、いまさら取り立てて「プライバシーが大切」とか言って色々な情報を秘匿するようにして世の中に不便をもたらすようなことまでしてきたことの意味が分からない。

 仕事関係の電話をしているらしい人だったらなおさら、周囲に聞こえても構わないみたいな勢いの声で電話する人がいたりします。そういうのって、社外に漏れたらとてもまずいことだってあるでしょうに、なんなんだろうと思うのです。私の社会人経験からすると仕事って、本当に、外部に漏れるとマズイことが多い気がするのですけどね。なんなんでしょうかね。

 公衆電話が今よりずっと多かった時には、電話をする必要があれば硬貨を用意して或いはテレフォンカードを使って電話ボックスに入って電話をかけたものでした。周囲に対しての音漏れは今の解放空間で電話するのと比較して大違いで、今よりずっとプライバシーが守られていたと思います。でも携帯電話などの普及によって必要性が低くなったのか、緊急時用に設置されているような最低限のもの以外はいやおうなしに取り払われて、個人の会話は周囲に「おおっぴら」にされたのでした。でも、それに対して特段に異議を唱える意見もそんなに見たことはありません。

 だったら、「プライバシーが...」って、なんなんだと。

 

 昔は電車の中で会話をするのは普通でしたし、今もそうでしょう。電車の中での会話については、より何について話しているかわかる複数人による会話は人は気にしない、たとえそれがプライバシーだだ洩れでも。くだらない噂話だの、学校の先生の評判だの、会社の誰かの評判だの、誰かの悩みだの、そんなのをどんどん聞かれても、話の中で自分の名前が周囲の人に判別しても、全く気にすることもない。で、その同じ人々が「プライバシーは大切」とか言っているのか、「プライバシーは大切」と言うのは別の種類の人たちなのかというと、私には、同じ人々が一方ではプライバシーだだ洩れの会話をしながら一方ではプライバシーに妙に気を遣うとかしている不思議な状態になっているように見えるのです。それが何だか習慣、社会の常識、みたいになっているからということで。それって私は変だと思います。

 

 ついでに、電車の会話と言えばそれが特段に「マナー違反」だなんて話は聞いたことがありません。よっぽど大声で話しているんだったら別ですが。ところが、携帯電話等で話をするのは「マナー違反」だという。そのせいで、電車が止まってしまうなどの緊急な連絡をする場合は座っていても「電車を降りろ。電話をするなら電車を降りて、座っていても他の人に席を譲って、電話が終わったら車両に戻って立ってぎゅうぎゅう詰めでいつ果てるとも分からない時間を過ごすように」なんて言う人たちの意見が大手を振っている。不便この上ありません。おそらくそういう「電車内では電話の会話はお控えください」は携帯電話が普及し始めたときの人々の嫉妬とやっかみが勢いを得て作られた「マナー」だったんじゃないかなと思うのです。