大仏鉄道。
1898年(明治31年)から1907年(明治40年)まで、京都府木津川市の「加茂」から「奈良」まで走っていて、営業していたのがわずか9年だけという幻の鉄道。
深紅の蒸気機関車が走っていたとか。
で、昨日、昭和の日。突然思いたって朝8時、家を出ました(^^)
天気は上々、日本晴れ(^^)
法蓮町というところに、起点となる「大仏駅」(後に奈良駅まで延伸するけど)の跡地があって本当ならそこから始めるべきですが、かものはしの住んでる場所の都合、若干遠回りになるので法蓮仲町、大仏駅からを少し出た辺り「やすらぎの道」から出発します。
法蓮町というところに、起点となる「大仏駅」(後に奈良駅まで延伸するけど)の跡地があって本当ならそこから始めるべきですが、かものはしの住んでる場所の都合、若干遠回りになるので法蓮仲町、大仏駅からを少し出た辺り「やすらぎの道」から出発します。
「やすらぎの道」は南京終から北へ奈良阪辺りまで続く道。おっと、ここ「南京終」が読めない方もいらっしゃいますね。
「みなみきょうばて」と読みます。
平城京の東側、外京の端になります。
たぶん、その辺りから京の終わりと書いて「きょうのはて」…「きょうばて」になったのでは?とかものはしは昔から思ってます。
確かめたわけではないので、ガセならごめんなさい(笑)
閑話休題
その、やすらぎの道を北へ北へ。
野球場とか陸上競技場とかがある鴻ノ池を通ります。
今、ここの池の畔にスターバックスができて、景色がいいスタバと話題だとか。
そのまま北へ。
これもたぶんですが、もう少し行くと京都府。
昔の山城の国。大和の国との境なので国境とつけたのではないかと。かものはしの個人の想像です(^^)
そのまま、進んでいくとあるのが「鹿川隧道」
妙な建物が聳えています。さながらバベルの塔。
あ、大仏鉄道とはなんも関係ないですよ(^^)
そのまま歩き続けます。
なにやら看板みたいなのが。
このマークの右手
が、この続きはまた次回。
写真が15枚しか貼れないので(^◇^;)
ちなみに加茂駅までの道のりの3分の1くらい。先は長い(^^)














