【三人閑談】カワセミの棲む街
三田評論ONLINEより
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大田黒 摩利(おおたぐろ まり)
イラストレーター&ネイチャー系絵本作家。短大時代から野鳥観察を始める。主な作品に絵本図鑑『鳥のくらし図鑑』『鳥(はっけんずかんプラス)』『つばきレストラン』等。茨城県つくば市在住。
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柳瀬 博一(やなせ ひろいち)
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。
1988年慶應義塾大学経済学部卒業。「日経ビジネス」記者等を経て2018年より現職。著書に『国道16号線』『カワセミ都市トーキョー』『親父の納棺』等。 -
岸 由二(きし ゆうじ)
慶應義塾大学名誉教授。
1976年東京都立大学大学院理学研究科単位取得退学。博士(理学)。NPO鶴見川流域ネットワーキング代表理事。著書に『利己的遺伝子の小革命』『生きのびるための流域思考』等。
東京のカワセミを観察する
柳瀬 僕も東京のカワセミは2021年に初めてちゃんと観察をし始めたのです。その結果を踏まえて近著『カワセミ都市トーキョー』を出しました。「いる」という話を聞いていたんですけど、真面目に見たことはなかったんですね。
岸 カワセミの生育環境が都市でどんどん有利になって増えているのは間違いないですね。都市の自然というものを、カワセミをきっかけにして、もう1回、見直さなければいけないと私は思っています。
柳瀬 コロナでどこにも行けないので、都心を流れる自宅近所のA川のコンクリート3面張りの都市河川を歩いてみたのです。こうした人口河川は生き物にとって暮らしにくいと教科書に必ず出ていて、カワセミが暮らせないとも昔は言われました。コンクリートだから巣穴も掘れないと。だから私も「カワセミがいる」という目で見ていなかったんです。
それが5月のある日に歩いていたら、「カワセミがいるよ」と近所のおじさんが指さしてくれた。A川の次にその上流のB川、そして大学への通勤途中のやはり都市河川のC川の3カ所を観察したら、すぐに見つかったんです。繁殖の始まりのシーズンでカップルができていた。
ただ餌を運ぶ巣は、最初の1年は場所がわからなかったんですよ。
大田黒 巣はどこだったんですか?
柳瀬 コンクリート側面の水抜き穴です。最初はまさかそんなところが巣だと思っていなかったのです。近所の緑地の土手のどこかに掘っていると思っていたんですね。
A川ではお父さんが主にヒナの面倒を見ていた。ここはお母さんが割と冷たくて、お父さんがワンオペに近い形で餌をあげてました(笑)。
C川は、桜のシーズンだとものすごく大勢の人が出るところですがその真っ最中にも普通にいました。そのうち川のコンクリート側面に白い糞が付いていればカワセミがいるというのがわかるようになりました。
大田黒 餌は主に何ですか。
柳瀬 A川はボラと外来種のシナヌマエビ、B川はシナヌマエビ、C川は汽水性のスミウキゴリがほとんど。東京のカワセミは川の生物多様性が低いので偏食せざるを得ないんです。
岸 都心の河川は純淡水魚が、1960年代に川の汚染で一度全滅してしまっている。だから、海から上がってくることができる魚しか生息できないのです。ボラが典型的ですね。
スミウキゴリというのはウキゴリという名前のハゼですが、5月から6月頃、3、4センチぐらいの稚魚が何千匹という集団で川を上がってくる。特に東京のコンクリート3面張りのような川が大好きなんで、いくらでも餌として捕れてしまう。
柳瀬 みんな狙いすまして、ご飯、ご飯と取り合いになるんです(笑)。
岸 ボラは速く泳ぐから捕るのが難しいでしょう。でもスミウキゴリは川底にへばりついて移動しますから、もう楽勝で捕れる。
大田黒 うちのほう(茨城県つくば市)より状況がいいかもしれない(笑)。
柳瀬 そうですね。B川は比較的上流で、海と分断してしまっているので魚が全くいなくて、放された外来種、シナヌマエビとアメリカザリガニしか餌がない。
岸 オタマジャクシはいない?
柳瀬 川なのでいないですね。近所の池にモツゴ(クチボソ)はいます。都心は池にモツゴが結構残っている。
岸 「バケタマ」と呼ばれるウシガエルのオタマジャクシ。カワセミはあれが大好きなんです。小網代(こあじろ)(三浦市)ではそれを捕っていました。
飛翔するカワセミ(撮影 柳瀬博一)
カワセミのタワマン暮らし
柳瀬 東京都心でカワセミを観察していて意外だったのは、図鑑などによく出てくる従来のカワセミがいる自然環境の図と異なり、コンクリート3面張りの川で繁殖しているということ。そして人を全く恐れなくなっているということ。
それと、餌は日本本来の淡水魚でなくても、偏った食の環境でも毎年きっちり子どもを育てているということ。つまり、明らかに都市環境に適応しているのが、今の東京のカワセミの特徴なんです。
岸 僕も昔、カワセミの観察を年中していましたが、1950年代後半、鶴見川下流の低地には二ヶ領用水という水路の断片があちこちに残っていた。木杭で直立の2メートルぐらいの板の護岸が崩れているようなところにザリガニが大量にいて、それを食べにカワセミが来ていました。
ところが、そこから2、3キロ中流に行くとカワセミは一度も見たことがなかった。その頃の鶴見川はまだ自然河川だから、護岸が直立していなくてなだらかで、オギやアシが生えている。するとカワセミが巣なんかつくれない。
ところが今、同じ中流の横浜市港北区綱島に、カワセミが年中いるんです。浚渫をして護岸を直立にしたからです。3メートルぐらいの泥の壁に巣をつくっている。川を人工化したら綱島にも帰ってきた。
柳瀬 A川では高さ10メートルのコンクリート壁の水抜き穴の奥の巣に餌を運びに入っていきます。
大田黒 食住が近くて幸せですよね。うちのほうはため池があり、そこで餌を捕るんですが、周りに適当な土がなく、かなり遠くの巣まで行ったり来たりしています。
柳瀬 東京のカワセミはある種タワマンに暮らしていて、1階で中華料理とハンバーガー、つまり外来種を食べている生活なんです(笑)。
A川では落ちている自転車が漁礁になり、ここに魚とエビがやたら集まり、カワセミのお気に入りの餌場です。一見汚いところが好きで、大体シナヌマエビを捕っている。そしてその真上に1メートル半ぐらいのアオダイショウがいます。
岸 時々カワセミのヒナを食べているんだろうな。ヘビとカラス。あと、水に落ちてしまえばコイが狙う。
柳瀬 スッポンも普通にいます。ほぼ野生の王国のような状態です。
大田黒 認識変わりますねえ。
柳瀬 そうなんです。僕も岸さんと40年近く、自然豊かな小網代や鶴見川の源流域を見ていたので、都心の自然そのものは近くにいながら意外と見ていなかった。ところが近所を見ると、無茶苦茶面白い(笑)。
岸 無意識に、都会の世界はこういうものだと決めているから。ここにはいるはずがないと思っていると見えないけれど、いるはずだと思うとどんどん見つかってしまう。
柳瀬 三田のそばの古川も四之橋にしょっちゅうカワセミが来ています。近くの有栖川記念公園の池にもいます。本拠地は白金の自然教育園で、あそこに暮らしているのが出張している。
岸 昔は金魚屋さんに行って金魚を食べていたんでしょう。
柳瀬 六本木ヒルズがあるところはもともと崖地で湧水があり、有名な金魚屋さんがあったんですね。白金自然教育園の矢野亮さんというカワセミの有名な研究家の方が書いていましたが、いつも赤い金魚を捕ってくるので調べたら、六本木の金魚屋さんからだったと(笑)。
大田黒 金魚屋さんもたまらないですね。
水抜き穴の巣に餌を運ぶ都心のカワセミ(撮影 柳瀬博一)
高級住宅街が好き
岸 カワセミは何となく清流でアユを食べているイメージがあるけど、あれは嘘かもしれないね。そういうのもいるだろうけれど。
大田黒 私は都会にカワセミがいることも、水抜き穴を巣に使っているらしいことも、うすうす知っていましたが、こんなに使っていて、かつ餌がこんなにもあるのは驚きです。
本当にうちのほうよりも棲む環境というか、労力的な面が楽ですよね。うちのほうがたぶん餌を捕るのが大変だと思う。
岸 「都市なのに暮らしている」のではなく、あえて言えば「都市だからどんどん繁栄している」。そういう都市鳥になってしまったんです。
柳瀬 東京の都市河川は、今は下水道が発達したのですごくきれいになっています。しかし、ほとんどの生き物は1回絶滅してしまったために、在来種の魚が少ない。結果、外来種が目立ちます。でも餌になれば、カワセミは選り好みもしない。
東工大の近所の洗足池のカワセミは、池に大量繁殖しているブルーギルの子をバンバン食べています。
岸 でも、カワセミは日本の魚を食べる子だから、外国の魚やエビを食べているカワセミは日本の子ではないというようなことを言う人たちがいて。
大田黒 そんな人がいるんですか。発想が面白いな。
柳瀬 中華料理を食べたら駄目なのかなと(笑)。
あともう1つ、東京のカワセミですごく面白いのは、カワセミは川とため池のような、止水と川の両方を行ったり来たりしていますよね。
大田黒 そうですね。
柳瀬 調べてみると、都心でカワセミのいる場所は地形のパターンが決まっているんです。東京の西側は武蔵野台地があり、台地の下にものすごい帯水層があるんですよ。標高50メートルぐらいのところで、それがあちこちでボコボコ表面に出てくるんですね。それが井の頭公園や石神井公園です。
ここにポコポコと出てきた結構大きい湧水が川となって流れていく。石神井川や白子川、神田川、目黒川など、東京の都市河川は全部そのパターンでできています。さらに川が削った崖のところでまた湧水が出てきて小流域源流ができます。この小流域源流が東京都心ではだいたい公園や緑地、皇室の土地になっているんですね。だから都心のカワセミは、公園の中の湧水と川がセットになったところで暮らしているんです。
大田黒 なるほど、そうなんですね。
柳瀬 神田川だと、すぐ横に例えば椿山荘や肥後細川庭園があります。ここは小さい谷ができていて真ん中に湧水があるんです。こういう場所は旧石器時代から人が暮らしているところなんですよ。要は湧水地は人が暮らしたいところなんです。
人は水場を求めますよね。そしてそこから川が流れていて生き物を捕まえられるので、旧石器時代から近代まで湧水のある緑地で暮らしてきた。その湧水の目の前には必ず都市河川があるんですね。面白いのが、実は現在も超高級住宅街がその湧水の周りにあることです。
大田黒 一等地なんですね。
柳瀬 そう。高台の縁にあたります。麻布台の有栖川公園のところだったり。一番は皇居です。慶應のある三田の周辺もそう。白金台の自然教育園、目白台、田園調布、成城学園など、高級住宅街にカワセミが生息できる場所が多い。小流域源流の湧水地を中心にできた集落が東京の高級住宅街で、それはカワセミの好きな場所でもあるということです。
水抜き穴の巣は快適?
柳瀬 1990年頃までは川が汚染されて生き物が死滅したから都心の川にカワセミはいなかった。一方、1980年代から先に明治神宮や白金自然教育園や皇居にカワセミは戻ってきているんですが、それはきれいな湧水があって魚がいたからです。その後に川がだんだんきれいになり、湧水にいた子たちの中から、都市河川でマンション暮らしを始めるのが出てくる。
意外だったのが水抜き穴で繁殖する生態を記載した論文があまり見つからなかったこと。数少ない論文が、黒田清子さんが皇居や白金自然教育園にいたカワセミが2010年代に皇居の近くの水抜き穴を使ったと記載されていたものですね。
大田黒 カワセミの巣の中はふんや食べ残しがあったりして汚いので、毎年巣穴を掘ると聞いています。その水抜き穴を毎年使っていると、中がえらいことになっているのではないかと思うのですが。
岸 水抜き穴はいっぱいありますから。
柳瀬 C川の場合、去年使ったのを翌年も1カ所使っていますが、春と夏では別の巣穴を使っていました。他の川では毎年変えています。
大田黒 では、ローテーションを組んでいると。
柳瀬 そうだと思います。去年、1日追いかけて見ていたら、朝から晩まで2羽で延々1キロ半ぐらい、穴をずっと探しているんですね。しかもトラップ用の穴をもう1つ用意して、こちらでも育てているふりをして天敵をだますケースもあると。
大田黒 そうですか。オオタカみたいですね。
うちのほうもボコボコ泥の崖に穴は開いている。開けるときは泥の崖に突撃して、オスもメスもすごくにぎやかに鳴きますね。
柳瀬 キョキョキョキョって、高い声で。
大田黒 そんな感じです。オスが穴づくりをやっていて、メスは何かさかんに鳴いていて。
岸 メスがあおるんですよ。枝の先に2匹並んで、行きなさいよと。するとオスが突撃する。メスはお囃子していて、気に入らなくなると、プイッとどこかに行ってしまう。
大田黒 実はうちの近所でも泥のところもあるのに、わざわざ水抜き穴を使っているみたいなんですよ。調整池に2つがいいて、1つは土の巣穴で、もう1つはどうも水抜き穴を使っている感じがします。
柳瀬 私は実家が浜松ですが、全く一緒です。川沿いに土壁があって穴を開けられるのに、どうも水抜き穴を使っている。水抜き穴のあるコンクリート壁の下のほうが餌捕りも楽なんですね。巣の下にオイカワの稚魚がいて、もうバンバン捕れる。
岸 水抜き穴の後ろをどう施工するかがあるんですね。穴の後ろに砂利を入れる工法がありますが、砂利を入れられてしまうと巣を広げられない。でも、土のものだったら広げられるじゃないですか。カワセミ自身がもう水抜き穴が楽だという文化を身に付けてしまい、それが広がっている可能性もありますね。
柳瀬 都市河川は水深が10センチくらいしかなくて目茶苦茶浅いんです。でも、その浅さでもちゃんと加減して入水して餌を捕る。
岸 そういうところは斜めに入るのでしょう。真っすぐ入ったら衝突してしまう。
柳瀬 あとは低いところでホバリングしてパッと捕ったり、すごく器用なことをやっています。
大田黒 熟練しているというか、ちゃんとやり方があるんですね。
柳瀬 場所によってたぶん飛び込み方も変えていますね。ちゃんと都市の子になっています。
岸 数千年すれば遺伝的な習性も変わっていくだろうと思います。
都会で増える猛禽類
柳瀬 大田黒さんの『鳥(はっけんずかんプラス)』(GAKKEN、上田恵介監修)を見てすごく楽しかったのが、いろいろな鳥の中でカワセミだけが複数のページに登場するんですよね。まず、町の鳥として冒頭に出てきて、それから里山の鳥としても紹介されている。
大田黒 これは私が追加してもらったんです。カワセミを入れましょうよと言って。
柳瀬 里山のほうはオーソドックスなカワセミの感じですね。田んぼのヘリのところにいて。
大田黒 うちはこんな感じです。
柳瀬 面白いのは、カワセミだけではなくて街中に猛禽類が増えてきている。特に目立つのが日本最小のタカ、ツミです。うちの近所の公園では、去年は本当に人間のいるところから5メートルぐらいのところで、普通に子育てをしていた。
大田黒 東京は猛禽が結構いますね。
柳瀬 カワセミのいる椿山荘の上は、オオタカがしょっちゅういる。今は餌が多いんですね。
大田黒 ハトがいますからね。
岸 ハトとワカケホンセイインコ。
大田黒 東工大(大岡山キャンパス)に、たくさんいますよね。
柳瀬 もともと大岡山キャンパスに1960年代後半からいついた子の子孫が、2015年までに3千羽ぐらいになり、銀杏並木にインコがなって、うるさいんですね(笑)。
ところが、2016年に散り散りになってしまった。どうも多摩川のオオタカとハヤブサが目をつけて、狩りに来たため、インコは都内に分布を拡散させた。さっきも慶應三田キャンパスで見かけました(笑)。
大田黒 羽を拾いたい(笑)。
岸 僕は小さい頃、1950年くらいからずっと鶴見川の景色を見ていますが、1990年ぐらいまでオオタカが鶴見川の上を飛んでいるのは見たことがないです。それが90年代に入り突然増え始め、ドバトやコサギなどを食べている。
1つの要因は、ちょうどその頃に戦後植林されたスギ、ヒノキなどの針葉樹木が直径3、40センチになり、巣がつくれるようになったことがあるでしょう。あとは、やたらにドバトが増えた。そしてコサギやゴイサギも増えて餌が増えた。
昔に返ったのではないんですよ。昔は何もいなかった。都市化してから来ているんです。日吉キャンパスにツミが来たのは2001、2年です。蝮谷(まむしだに)のテニスコートの脇のモミのてっぺんに巣をつくり、カラスを撃退していました。
大田黒 ハイタカもいますよね。
柳瀬 ハイタカのほうが少し早かったかな。ノスリは町田の奥に時々います。
大田黒 新宿御苑にもいました。
岸 ノスリは割とどこにでも見られますね。僕はツミもオオタカも都市鳥になったと思う。チョウゲンボウなど、大きい体育館などに2つがいも3つがいも巣をつくっています。
柳瀬 最新の鳥の図鑑ではオオタカ、カワセミは都市鳥となっている。たぶん2000年代の頭だとそうではなかったと思うんですよね。
大田黒 オオタカの巣があったら、建設計画を即止めるという感じでニュースになりましたものね。
柳瀬 猛禽ではないですが、カイツブリも今は神田川とかに普通にいます。
岸 カモやカイツブリなど、いわゆる水の上を泳ぐような鳥は、全く違う事情があるのです。日本人は、水がきれいになればなるほど鳥の種類が増えると思っていますけど、そんなことはないんですよ。
環境ごとに最適汚れ度があるわけです。例えば鶴見川の綱島あたりだと、1990年頃が渡りをするカモやカイツブリなどカモの類の種類数がいちばん多く、今は2、3種類しかいなくて激減している。なぜかというと、水がきれいになってしまったから。
かつて下水処理が完備されていない頃は、家庭用のディスポーザーで野菜を粉砕すると、その野菜くずを目当てに雨の時、支川と本川が合流するところに、オナガガモなどありとあらゆるカモやカモメが集まってきたものですが、今は何もいない。来るのはオオバン。なぜ増えたのかよくわからない。
都市の生物の多様性は、鳥だけで見ても、単純な思い込みを壊してくるのが面白い。生態学の新しい時代の演習場のようなものです。
都市の多様な生物たち
柳瀬 今の東京の環境は、小流域という古い野生が残っているので、カワセミが戻って来れるだけではなく、実は古くからの貴重な生き物が結構残っているんですね。
例えばノコギリクワガタが都心の庭園に大量にいて、1日に50匹ぐらい見られます。また、やはり都心の別の緑地では夏になるとタマムシがたくさん発生しています。
遠くに飛べる生き物ではないですから、小流域源流の緑がずっと残されていて、高度成長期も絶滅せずに生き残っていたんでしょう。これが山手線の内側です。カブトムシもカラスがよく食べに来ています。
大田黒 そんなにいるんですね。
柳瀬 変な話、浜松の田舎よりも見られる。神田川にはハグロトンボもいます。
大田黒 ハグロトンボなんて、川で生まれて森に行き、成長してから川に戻ってくるイメージがありますが、全然関係ないですね。
岸 ハグロトンボについては本気で調べなくてはいけません。鶴見川では1回、河口から源流までハグロトンボは全滅したんですが、2000年ぐらいから突然増え始め、それも普通の増え方ではなく、塩水がさすようなところにもいるんです。
僕は、在来のハグロではなく、塩水にも耐えられるような別種が入ってきていると思う。どこから来たかはわかりません。
大田黒 うちの庭の池にリュウキュウベニイトトンボが発生したんです。たぶん、私がホームセンターで買ってきたホテイアオイに付いていたのだと思う。増えてしまうといけないし、池の水質も悪くなったので池をつぶしてしまったんですけど。
でも、とてもかわいいんですよ。赤くて小さくて。いるときはとっても幸せでした。生物の先生に来てもらい同定していただきました。
岸 いろいろな生物が都市に来ると思います。
柳瀬 都心の緑地の湧水にはオニヤンマがずっと暮らしています。山手線の駅から3分の公園にカワニナがいっぱいいるんですよ。もともとホタルで有名な場所でした。サワガニも普通に見かけます。東京都心に案外、自然が残されていて、皆が思っているより生物多様性の厚みがある。
大田黒 またきっかけ次第で、そこから復活するかもしれないですね。
柳瀬 特にトンボや鳥は飛べますから。オニヤンマなどは都心で増えていると思うんですね。高尾山などに行かなくても見ることができるわけです。
ただし、都心の河川に一番いないのが、もともといた在来の淡水の魚やエビなどです。都心の川では、カワセミは見られても、日本でいちばん普通種だった淡水魚、ギンブナが滅多に見られなかったりします。
岸 ギンブナはほとんどいない。放さない限り絶対増えないですから。ただ、ギンブナ、モツゴ、メダカは空を飛ぶと僕は思っています。僕は小さい頃、鶴見川へりの空襲でほとんど破壊された世界で育ちました。そういうところは爆弾穴という池がいっぱいあったんですが、そこにメダカとモツゴとギンブナは必ずいた。
大田黒 どうしてだろう。
岸 もちろん氾濫して広がるのもあるけれど、サギが来て、足に水草を引っ掛けて50メートル、100メートルとか飛んで隣の池に行くんです。魚卵のついた水草で空を飛ぶんだ思います。ギンブナは単為生殖だから、1匹入ってしまえば、オス・メス要らず増えていきます。
カワセミの羽の色の秘密
大田黒 今日、カワセミの羽と私の書いた羽図鑑の絵本を持ってきたんです。
カワセミの羽一覧(画:おおたぐろまり、『この羽 だれの羽?』[偕成社]より)
柳瀬 すごく面白い、カワセミの羽は1枚1枚で見ると、意外と地味なんですね。
岸 あれは構造色で、光が当たった時に発する色だから、1枚1枚見てもあのコバルトブルーに見えない。物自体が持っている色ではないんです。タマムシなどと同じで、構造色は色がついているわけではなく、表面より少し深いところにいろいろな色素があり、光の透過・反射でできる色だからです。
これを見て、カワセミの羽とはあまり思わないよね。
大田黒 思わないですよね。風切も意外と地味です。派手なのはカワラヒワぐらい。これはきれいです。
柳瀬 本当だ。カワラヒワの黄色がバンと出るわけですね。
大田黒 カワラヒワは丸のままでなかなか手に入らないので、本を作る時に困っていたんです。そうしたら、近所の方がきれいな鳥が死んでいましたと持ってきてくれたのがカワラヒワのオス。これは神様のプレゼントだなと。
柳瀬 カワセミの羽は相当密に生えているんですね。先端しか見えていないわけだから。
岸 色彩そのものも、きれいにブルーではあるんだね。カワセミは描くのは難しいですか。
大田黒 やはり色が難しいですね。
水彩だとなかなか派手な色にならないので、アクリルを使うと近い色になります。
柳瀬 長年、鳥をご覧になっていて、最近の鳥で変わったなと思うことはありますか。
大田黒 うちの周りはヒクイナが増えました。茨城では越冬しないと言われていましたが、一冬中いて、個体数もかなりいます。
あと、キビタキが平地で繁殖するようになりました。
岸 綱島では、キビタキはマンションのベランダで鳴いています。夏場、渡りで移動しているだけですが。
大田黒 キビタキは平地で増えているので、東京でもそのうち増えるのではないでしょうか。
柳瀬 ヒクイナが増えているのは面白いですね。僕も去年、実家の近くのカワセミがいた川沿いの草の中で、変な声が聞こえるなと思ったらヒクイナでした。ヒクイナって、かなり変な声じゃないですか。
大田黒 そうですね。警戒音がカイツブリに近くてユルルㇽみたいな感じ。面白いのは、時報と一緒にキュルルルルと鳴いたりするんです(笑)。
柳瀬 なぜヒクイナが増えたのでしょうね。あんなアシの原からなかなか出てこないような子が。
大田黒 なぜですかね。ここ5、6年です。茨城では普通に越冬しています。若鳥が休耕田の中で走り回って遊んでいるんですよ。
声の高さが生き残る条件?
柳瀬 都会のカワセミは隣りに工事車両がいても、平気。うるさくても全然大丈夫なんです。
岸 もともと、せせらぎの音とか、川の世界は低音が充満しているので高音でないとコミュニケーションができない。都市は自動車や何かでブンブン低音がはびこるのだけれど、逆に声が高い鳥は楽にコミュニケーションができるんです。
大田黒 なるほど。それで声が高いんだ。
岸 田舎のカワセミと都心のカワセミでは都心のほうが絶対声が高いはずです。都市音響生態学というんですが、都市では鳴き声が高い鳥がどんどん増える。例えばセキレイでも、今、ハクセキレイが非常に増えているんですよ。
大田黒 トラツグミとか、駄目ですね。
柳瀬 難しそう。声が聞こえなくなってしまいますね。
岸 セキレイもセグロセキレイはちょっとジェーというような声を出しますよね。ハクセキレイが都会でどんどん増えるのはコミュニケーションが楽なのだと思う。
大田黒 ハクセキレイは今、コンビニの駐車場にいますね。
柳瀬 むしろ川から離れ、普通にそこらへんにいて。飛ぶのを面倒くさがって道を歩いている(笑)。
岸 都市生態系は確実に新しいフェーズに入っています。1950年代から80年代初めの都市の水環境の破壊のされ方はすさまじく、一度在来の生態系の構成要素が大幅に崩壊している。
その後どんどん水質がよくなり、いろいろな生物が戻ってくると、それに対応した、これまでとは異なる生物のグループが定着してくる。それが安定するのに時間がかなりかかるはずですが、次のフェーズに確実に入っている。今まで生態学者が見たことのない、新しい生態系ができてくると思います。
都市と田舎、都市と自然の世界を対立させ、都市は駄目だと言うのではなく、都市はそれ以外のところと全く違う場所で、そこに適応したものしか暮らせない環境になっている。でも、まだまだ都市生態学を本気でやっている日本の生態学者はいるようでいない。柳瀬さんがそのはしりをやっているのかもしれない。
柳瀬 また、明らかに変わったのは、東京もいまナラ枯れの木がすごく多いこと。先ほどのタマムシがいたところもクヌギやコナラがナラ枯れで伐採されている。年輪を数えてみたら、樹齢が100年を超えていた。明治神宮もナラ枯れが多く、一番古いコナラの年輪が110年でした。明治神宮ができた当時に植えた苗がいま巨木化して枯れてきている。
ブナ科の木で70年から100年という半分枯れた巨木がいま都心にたくさんあることが、たぶん都心の自然環境に影響を与えています。昔、岸さんと一緒にコゲラを初めて日吉キャンパスで見ましたよね。
岸 日吉ではコゲラは1985年に1羽確認されていて、その翌年ペアになり、それからずっと繁殖しています。日吉蝮谷の場合、明らかに1985年前後にクリティカルな転換があった。コゲラが巣を掘れるぐらいに木が太くなったんです。その頃の平均的なコナラのサイズが10センチから15センチ。中に少し大きい20センチぐらいのものがあると巣が掘れるんです。
2000年になったらツミが来たのだけれども、それは針葉樹が巨木になり、ツミが巣をつくれるぐらいの密な葉っぱの樹冠ができたということです。あの頃から本当に都市はあちこちで変わってきています。
鳥たちの戦い
大田黒 コゲラは、確かに昔はいなかったですよね。急に増えてきて。エナガもそうなりますかね。
柳瀬 エナガは去年、洗足池で子どもたちを見ました。皆、写真を撮りに来て。
大田黒 かわいいものね。
柳瀬 バーッと連なっていて。エナガはいくつかの公園では普通に見られるようになった。
大田黒 昔はどこかに行かないと見られないものでしたよね。
岸 エナガはたぶん、町にコケが帰ってきたことが効いている。巣を作るときに、メジロもそうだけど、コケやクモを使うでしょう。ただの葉っぱでは巣を作れないんです。
大田黒 あと、鳥の羽がないと作れないですよね。エナガの巣を私は拾ったことがあります。
巣材のコケが緑に光っていて絵に描いたりしましたが、だんだん周りがクズクズになってきてしまったので、全部分解したんですよ。かなりいろいろな種類の羽があり、ハトも入っていました。バンもカラスもあったし、コジュケイやキジもありました。たぶんタカにやられたものなのだと思います。とにかくいろいろなものが入っていた。
岸 タカが帰ってきたから、エナガが巣をつくれるようになったということですね。
日吉キャンパスは、ツミが来たときに2千羽ぐらいいたカラスが激減したんです。空中戦をやりますが、ツミ1羽でハシブトガラスを5、6羽やっつけてしまう。
大田黒 すごいですね。あんなに小さいのに。
岸 傷ついたカラスがあちこちにいると、まずオオタカがカラスを食べに来た。驚くことに、ノスリもカラスを食べに来た。ノスリがカラスを食べるなんて思わないでしょう。
大田黒 皆よく見ているね(笑)。
柳瀬 まさに生態系ですね。
岸 本当によく見ているんです。カラスはツミには絶対勝てない。旋回速度が違いますから、パーンと蹴られてしまう。殺すのではなく、ケガをさせるんですね。
柳瀬 ケガしたものがオオタカやノスリに食べられてしまうんですね。
都心のノスリはカラスにいつもいじられ、羽がボロボロです。
岸 旋回半径が全然違うからね。オオタカも旋回半径が大きいから、カラスと戦うのがいやなんです。ハイタカは旋回半径が小さいけど、質量が小さいのでカラスに蹴られるとすっ飛んでしまう。タカとカラスのけんかを見ていると飽きない。
大田黒 面白いですね。私はタカが出てきたときの周りのピリッとした緊張感、あれがすごく好きです。
岸 まず、シーンとしてね。それからカラスがキャーキャーキャーと騒ぎますね。
柳瀬 あ、来たなというのがわかりますよね。都心でも時々あります。
誰も経験したことのないエコシステム
柳瀬 都市のドブ川に見える河川は、生物にとって急峻な渓谷のようなものかもしれないんですね。そこにいるのはアユやヤマメではなく、シナヌマエビとアメリカザリガニなので、情緒はないけれど。
岸 ユキヤナギが今、都会のビルの乾燥して水がないところで咲いているでしょう。あれはもともとどこの植物かご存じですか? 石川県の渓流のいちばん奥の岩壁にある、水しぶきが上がるような、岩の隙間から生えている木なんです。ところが、それが都会のビルの間の環境にピッタンコだった。
大田黒 そうなんですか。知らなかった。
岸 そういうことが都市でどんどん起こっていて、単純な世界ではない。自然が戻ったのかというと違うんですよ。新しい誰も体験したことのない都市型のエコシステムができてしまっているので、それを昔風の自然であるとかないとか外来とか言ってもしょうがない時代になっている。
極端に言えば、もう温暖化が起きているのだから地球全体が都市みたいなものです。地球の生物多様性全体を考える時、そのモデルは北上山地や尾瀬ヶ原ではなく、実は東京かもしれない。ここでモザイク的に起こっていることを組み合わせると、これからの都市の世界の生物多様性の未来が読めるかもしれない。
大田黒 なるほど。
岸 このあたりは日本の自然保護をやっている人たちはついてこられない。あくまで原生自然と奥山、里山、都市があり、自然を保護するのは、都市の駄目になった自然を元に修復することだと言う。でもすでに全然違うものができているんですよ。柳瀬さんが見たカワセミの世界は、もともとは何だったかと考えても、解はどこにもない。
柳瀬 東京の地形の特徴は台地の縁の湧水がつくった小流域が連なっていること。小流域源流地形がいっぱいあって泉を一番偉い人が取っていた。権力の中心だったから、逆にその自然が残されたんですね。
地形的に生き物が暮らしやすい場所で、点のようでいて実は河川流域の構造が意外と体系的に残っている。今、カワセミを一番観察しやすいのはたぶん都心だと思います。
大田黒 そうですね。人への警戒心がないのが一番すごい。そのうち手乗りになるのではないですかね(笑)。魚を持っていたらやって来そうです。
(2024年3月22日、三田キャンパス内で収録)
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。