座談会:大学からよりよい未来をつくる――スタートアップへの期待 | ねぇ、マロン!

ねぇ、マロン!

おーい、天国にいる愛犬マロン!聞いてよ。
今日、こんなことがあったよ。
今も、うつ病と闘っているから見守ってね。
私がどんな人生を送ったか、伊知郎、紀理子、優理子が、いつか見てくれる良いな。

曽田歩美様に頼んでマロンの絵を描いていただきました。

【特集:大学発スタートアップの展望】座談会:大学からよりよい未来をつくる――スタートアップへの期待

三田評論ONLINEより

  • 今枝 宗一郎(いまえだ そういちろう)

    文部科学副大臣、衆議院議員

    2008年名古屋大学医学部卒業。医師。12年衆議院議員総選挙愛知14区にて初当選。17年財務大臣政務官、23年文部科学副大臣。スタートアップ議員連盟事務局長を務める。

  • 中村 雅也(なかむら まさや)

    慶應義塾大学医学部整形外科教室教授

    塾員(1987医)。慶應義塾大学医学部専任講師、准教授等を経て2015年より現職。専門は脊椎脊髄外科・脊髄再生等。16年株式会社ケイファーマを設立、創業科学者/取締役CTO。

  • 白坂 成功(しらさか せいこう)

    慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長・教授

    塾員(2012SDM博)。1994年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。三菱電機を経て現職。専門は宇宙工学、システムズエンジニアリング。2018年株式会社Synspectiveを創業。

  • 田中 晃子(たなか あきこ)

    慶應義塾大学イノベーション推進本部スタートアップ部門特任講師

    塾員(2004商)。東京大学大学院新領域創成科学研究科修士課程修了。在日スウェーデン大使館商務部を経て、朝日放送シンガポール現地法人取締役としてスタートアップ支援に携わる。2023年より現職。

  • 山岸 広太郎(司会)(やまぎし こうたろう)

    慶應義塾常任理事、慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)代表取締役社長
    塾員(1999経)。2004年グリー株式会社を共同創業、同取締役副社長、同取締役副会長等を経る。15年株式会社慶應イノベーション・イニシアティブを設立、代表取締役社長。21年慶應義塾常任理事。

なぜ大学でスタートアップが重要か

山岸 現在、日本全体でスタートアップの振興が言われる中で、世界的に競争力のある研究成果、いわゆるディープテックを活用した大学発スタートアップへの期待というのは非常に高まっていると考えています。今日は慶應の中での取り組みと、国レベルから見た時に、大学発スタートアップに対してどのような期待があるのか、また国の政策について今枝さんからお話を伺えればと思っております。

まず冒頭、慶應でのスタートアップ支援の取り組みを私から少しお話しさせていただければと思います。

2015年に大学発ベンチャーキャピタル(VC)である慶應イノベーション・イニシアティブ(KII)を立ち上げた時から、なぜ慶應にとってスタートアップは重要なのかという話がありました。それは1つには、大学の社会的使命の変化があると思います。

今まで教育と研究が大学の社会的使命と言われてきましたが、その成果を具体的に使って社会貢献をしていくことがより求められるようになってきたということです。その1つの方法として、スタートアップによって研究成果を世の中に使われるようにすることが求められているということですね。

福澤先生の「慶應義塾の目的」の中に「全社会の先導者たらんことを欲するものなり」という言葉があります。明治の時代も、福澤山脈と言われるように、慶應から実業界に出て業を起こす人はたくさんいたわけで、それは慶應のDNAと言ってよいと思います。

それから、社会において日本の課題を解決していく、経済を活性化していくことも、スタートアップに対して期待されているという背景があります。

KIIは、1号ファンドは45億円で19社投資をしまして、今、IPO(新規上場)が3社でできている。2号ファンドは103億円で、そこからケイファーマにも出資させていただいていますが、IPOが1社ということになります。今、3号ファンドを去年の10月から立ち上げていますが、この3号ファンドはインパクト投資(社会的なインパクトの創出を目的とする投資手法)というところを明確にしています。

もともと慶應の研究成果を使って社会課題を解決するスタートアップを育成していくというミッションがありますが、最近、世の中でも、主に金融サイドのほうからESG投資の発展形として、環境や社会に対して、ポジティブなインパクトを創出するインパクト投資に関心が高まっています。そこで、3号ファンドからはベンチャー投資にグローバルなインパクト評価の手法を導入しています。

2015年にKIIを立ち上げた時は、塾内でも、お金が集まらなかったらどうするのかとか、リスクサイドの話がよく出ていました。また、2年くらい前にインパクト投資の話を始めた時は、出資いただいている金融機関の方たちから、まだ早いのではという話も出たのですが、去年から完全に風向きが変わって、ディープテックやインパクト投資に対する社会の期待がすごく高まってきました。

小型衛星の社会実装へ

山岸 さて、中村さんと白坂さんは、KIIが立ち上がったのとほぼ同じタイミングでスタートアップをやられていて、慶應の中でもまだ空気が温まっていない中で頑張ってこられました。白坂さんは宇宙への小型衛星の事業を行う、Synspectiveを立ち上げ、運営されています。その取り組みの経緯、現状をお話しいただけますでしょうか。

白坂 もともと私たちは内閣府の革新的研究開発推進プログラム「ImPACT」の中で技術の開発をしてきました。ImPACTの募集があったのが3.11の後でした。宇宙開発は国のお金でずっとやってきたわけですが、宇宙業界は災害への対応を訴えてお金をいただいていたのに、3.11では、日本の宇宙技術があまり貢献できなかったことに悔しい思いをしていました。

人工衛星というのは、軌道によりますが、同じ場所に戻ってくる周期が、10日に1回ぐらいになったりします。震災の時もその少し前に日本上空を通り過ぎたばかりで、すぐに来るチャンスがなかなかなかったんですね。結局、発災後すぐに観察するには人工衛星の数を増やす以外に方法がない。そこで合成開口レーダー(SAS)という、雲があっても、夜でも、自から電波を出して計測する小型の人工衛星を開発、提供することにしたのです。

しかし、例えばこの前JAXAさんが打ち上げたALOS-4という人工衛星は、1機で250億円します。すると10日に1回を1日に1回にしようと思ったら2500億円かかる。それではとても数を上げられないので、人工衛星をとにかく安くする必要があります。そのためには小さく軽くする技術が必要になるので、既存の合成開口レーダーを小さく安くする研究開発のためにImPACTで計19.9億円の資金をいただいて、小型化する技術に成功したのです。

それは当時世界先端の技術でしたが、社会に実装することを考えた時、国にお願いする形だと、予算措置をして、実際に衛星を作って打ち上げるまでかなりの時間がかかってしまう。一方、日本は自然災害が頻発する国で、南海トラフ地震も予想されていますので、とにかくスピードが必要です。そこで内閣府と相談し、スタートアップで社会実装するしかないと決めたのです。

ImPACTは技術開発、研究開発のプログラムだったので、そのメンバーは技術の研究者ばかりでした。実際スタートアップを作るとなると、経営など全然違う人材が必要になります。だから一番立ち上げで時間がかかったのが経営者探しでした。

こちらがイメージする条件に合う人に出会うまで、約6カ月近くかかりました。それで今のCEOの新井元行氏に出会い、それも絶対にフルタイムでやってもらいたかったので、そこから約3カ月説得し、約9カ月かけてやっとメンバーが揃い、Synspectiveを立ち上げました。

お蔭様で、立ち上げ後は資金調達もそれなりに上手くいき、つい先日、4機目がちょうど上がり、今年あと2機打ち上げる予定です。今回打ち上げた衛星も順調に動いていて撮影もできる状態で、国内はもちろん、海外からも結構引き合いが来るような形です。

山岸 順調に進んでいて素晴らしいです。

白坂 立ち上げてすぐにシンガポールオフィスも作り、グローバルできちんとお金を稼ぎながらやっています。

ミッションは災害時にいかに人命を救助できるか。もう少し明確に言うと、発災後2時間以内に被災地の状況がどうなっているかを首相官邸の対策本部に何とか情報を入れられないかということです。南海トラフのような大きな地震が仮に起きると、大変広域の被災になるので、一部の地域の情報だけだとどこに自衛隊を送ればいいのかの判断すらつかなくなります。それに何とか資するものを作ろうと思い、今、30機の打ち上げを目指しています。

山岸 大学発スタートアップの中でも少し特殊で、ImPACTのプログラムで、かつJAXAの方や東大の方などいろいろな方が入って技術をつくられ社会実装された。逆に、ある意味、大学と離れていたので話がまとめやすかったところもあったのでしょうか。

白坂 そうですね。当時はまだ大学発でディープテックをやっていく環境が十分熟していなかったと思います。ImPACTというのは、山岸さんがおっしゃった通り、トッププレイヤーを集めたチームだったので、慶應発でもあり、東大発でもあり、東工大発でもあり、JAXA発でもあるということでいろいろな知見を集めてやりました。ですので、大学という場ではありますが、フリーに動けていた分、難しさもある一方、制約はそれほどなかったかもしれません。

ただ、うちも出資はKIIさんにもすぐにお願いをしています。

再生医療を難病の人たちに届けたい

山岸 では次に、医学部のど真ん中でやられてきた中村さんにケイファーマの話をお願いします。

中村 私たちがケイファーマを立ち上げたのは2016年11月。立ち上げた理由は非常にシンプルで、治療法がない患者さんを治したい、というその思いだけです。

2000年から生理学の岡野栄之さんと整形外科の私で、再生医療の基礎研究、橋渡し研究をずっとやってきました。の中で文部科学省や厚生労働省から多くの研究支援をいただきました。AMED(日本医療研究開発機構)の再生医療実現拠点ネットワーク事業や再生医療実用化研究事業などの大きな支援もいただき、基礎研究のデータが蓄積し、いよいよこれは臨床に行けるなと思い始めました。

ただ、われわれが研究に没頭しているだけでは、患者さんに医療として届けることができない、ということに遅ればせながら気が付きました。医学部は社会実装に関してはとても遅れていたんです。目の前の患者さんを治すという日々の診療と、日々研究をして論文を書いたり、競争的資金をとることには、熱意を持っていますが、僕自身の反省も込めて言うと、それを実際に社会に届けるところに気が回っていませんでした。

だから、なぜスタートアップを作ろうと思ったかというと、何らかの産学連携のシステムを作り、事業として新たな治療法を患者さんに届けるためには、われわれだけではできないということに気付いたからです。

そこで山中伸弥先生がつくられたiPS細胞の技術を活用し、脊髄損傷に対する再生医療を行う。もう1つ、iPS創薬によって神経難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)に対する治療を可能にするということを2つの柱にして、これを患者さんのところに届けよう、という合言葉でケイファーマを立ち上げました。

2016年頃の医学部では、診療科の教室のトップに「何だ、スタートアップって?」という空気がありました。そして、スタートアップを作るにしても、やはり経営者を誰にするかが問題になる。岡野さんも私もサイエンティフィックファウンダーとしてかかわるけれど、当然経営の知識も経験もないので、経営する方をどう見つけるかは、白坂さん同様、われわれも苦労しました。たまたま機会があってエーザイにいらした福島弘明さんをお呼びすることができました。その時はKBS(経営管理研究科)の人脈を使わせていただき、非常に有り難かったです。

山岸 立ち上げてからはいかがでしたか?

中村 苦しい時期が続きました。これは資金面もそうですし、われわれにノウハウが全くないところからのスタートだったからです。当時の慶應義塾、いわんや信濃町にはスタートアップを支援する体制もなく、なかなか厳しい状況でした。ほとんど手弁当で手探りの状態で、道なき道をいくという時期が続いたという印象です。

ところが、有り難かったのは、2021年に今の伊藤塾長、山岸常任理事の体制になり、慶應義塾が、アカデミアから出てきたシーズを社会実装する1つの手段として、スタートアップが重要だ、と後押しをしてくれました。そういった機運の高まりもあり、昨年何とか上場することができました。これでわれわれの夢の実現に一歩近づいたなと思います。

ただ、これはまだスタートラインに立ったに過ぎません。これからわれわれがこのスタートアップを通して、本当の意味で患者さんに役に立つ再生医療を届けるためには、国や義塾の皆さんとともに、しっかりとわれわれのミッションを継続しながら進めていきたいと思っています。

山岸 岡野さんが医学部長の時代から、医学部発ベンチャー100社構想というものも出て、医学部の中では着々とベンチャー/スタートアップが出てきています。この5年ぐらいで本当に雰囲気が変わってきたという感じがします。

中村 変わってきましたね。あの頃から考えると、今の空気感は考えられないです。スタートアップというと何となく異端児みたいな見方をされていましたから。

ところが、若い人たちは全然違って、むしろスタートアップというのは手段であり、自分たちの研究成果や臨床の経験を社会実装する、社会貢献するものだと理解している。その結果として収益が上がり、それがきちんとまた研究に回り、実装していくという考え方は、われわれシニアよりも、若い世代のほうが自然に感覚として身についていると感じます。

イノベーション推進本部による支援

山岸 中村さんがおっしゃったように、2021年5月に伊藤公平さんが塾長になられて、私もそのタイミングで慶應の常任理事も兼任させていただいています。伊藤さんが理工学部長だった時に、私が言っていたのは、慶應義塾としてのスタートアップの支援体制が全然なく、知財の移転に関してもスタートアップを考えた体制は作られていないということでした。例えばスタートアップの数をカウントすることもしっかりやっていなかった。

でも、ポテンシャルはすごくあるはずだから、きちんとやったら全然違うという話をしていたのですが、伊藤さんが塾長になって、私にやってくれという話になったという経緯です。

そこでイノベーション推進本部の中にスタートアップ支援の組織を作りました。田中さんにもそこから入ってもらっていますので、スタートアップ部門の紹介をお願いします。

田中 お話がありましたように、今、イノベーション推進本部の中に、オープンイノベーション部門、知的資産部門、スタートアップ(SU)部門、戦略企画室があり、3部門1室で慶應義塾大学のイノベーション推進の支援をしています。スタートアップ部門は2021年11月に新設され、部門長以下全員実務家教員で私も民間から転職してきました。

慶應義塾大学発のスタートアップ、特に白坂さん、中村さんがされてきたようなディープテック、研究成果型のスタートアップを多く創出し、成長を支援していくのがミッションです。

これまでも各キャンパスでスタートアップの創出に取り組んできたとは思いますが、慶應義塾全塾でイノベーションを推進するために各キャンパスのハブとなり、また外部ステークホルダー、行政機関や投資家、士業、事業会社、金融機関などの皆様とのマッチングを一括して行い、それを全塾に展開していきます。

5つの活動方針を元に活動しています。まずスタートアップをしたい塾内の方々に向けて支援窓口を設置して、多くの起業相談を受けています。中村さんがおっしゃったように、特に若手の研究者の方や学生さんはとても起業マインドが強く、様々な支援のご相談をいただいています。

外部の方からの支援策を塾全体に広げていく全学展開もしていまして、最も注力してきたことが「スタートアップ創出・成長支援」「インキュベーションプログラム検討」「インキュベーション施設整備」です。今後、学内でも、研究成果をどのようにスタートアップにつなげていくかという実証実験の資金などに使える、「ギャップファンド」というものも検討しています。

さらに、大型研究助成事業、例えば、COI-NEXT、MOONSHOT、SIP、AMEDなどに採択された学内の研究シーズを起業化できるかを検討し、インキュベーションプログラムなどでインキュベートして、社会実装することに取り組んでいます。

2022年12月には慶應義塾大学関連スタートアップ制度というものを開始いたしました。慶應義塾大学での研究や教育の成果の社会実装を目指し、例えば慶應義塾大学と共同研究をしているスタートアップや、KIIから資金を提供しているスタートアップも幅広く支援対象と定義して、様々な支援策を提供しています。

山岸 今、人材支援も始めていますね。

田中 はい、何を支援できるかと言えば、経営の3大要素、ヒト、モノ、カネですが、特に、先ほど先生方からお話があったように、経営者になる人材がなかなか見つからないということが課題の1つに挙げられます。それを踏まえて、1つのスキームとして、ビズリーチさんと連携協定を締結し、スタートアップ起業準備を担う外部プロ人材を探す取り組みを始めました。スタートアップ部門の客員起業家(Entrepreneurship in Residence, EIR)として、まず副業で学内研究シーズの事業化までを伴走していただき、その後、マッチングが成立した場合には新会社が経営人材として採用します。

このスキームは、われわれスタートアップ部門のメンバーがファシリテーションをするところがポイントです。事業化、起業するまで大学の中からも研究者チームに伴走しチームビルドを支援します。これができるのは、やはり事業会社などで実務経験を積んで大学に戻ってきた人材がいるからこそで、他大学に比べても慶應の強みかなと考えています。

これまでに、ビズリーチを活用して、客員起業家を3回公募しました。支援の事例として、環境情報学部の研究成果を社会実装する株式会社DigitalArchiが昨年6月設立されましたが、その際、この公募スキームを使って、外部プロ人材の方を1人、客員起業家としてマッチングしました。

同時に、われわれのほうから、外部と連携した、公認会計士、弁護士、銀行、創業融資の紹介も行っています。KIIとも連携しながら、スタートアップの法人設立という1つ目のゴールまでたどり着いた事例です。

このDigitalArchi社は、様々な外部のプログラムなどでも評価をされ、少しずつ成長をしていて、先月KIIの新しいインパクトファンドのプレシード枠から1号案件として出資をいただきました。こういった事例をどんどん増やしていきたいと思っています。

昨年10月には、これまでの支援活動を体系化した慶應スタートアップインキュベーションプログラム(Keio Startup Incubation Program, KSIP)を始め、年10件ほど、ディープテックシーズを持つ研究者のチームを支援し、ビジネス人材のマッチングや、学外の皆様のご支援もいただきながら、法人設立、資金調達を達成しようとしています。

慶應には強みの1つである、三田会という卒業生コミュニティもありますので、例えば会計士三田会、ベンチャー三田会、メンター三田会などからもご支援いただき、支援の輪を広げながらコミュニティを作っていきたいと思います。

最後に5月にオープンする「CRIK信濃町」(信濃町リサーチ&インキュベーションセンター)というインキュベーション施設をご紹介します。未来のコモンセンスを作る研究大学の実現に向け、慶應の中にある知的資産や医療・ライフイノベーション分野のサイエンスナレッジ・データなどを利活用し、その中でスタートアップも育成し、オープンイノベーションも推進していくという施設です。

山岸 今までは白坂さんや中村さんのように、自分で起業までたどり着ける人たちにKIIが出資するスキームになっていました。それを研究者が社会実装したいと思った時、SU部門が支援して、外部人材を入れていく形にするということですね。

実際いろいろな外部のコンテストなどでも、SU部門と一緒に連携しながら、KIIも支援する形でブラッシュアップし、慶應のシーズ案件が上位にたくさん入るようになって来ています。

国から見たスタートアップの必要性

山岸 慶應義塾としてはこのような現状なのですが、次に今枝さんに、国から見た視点を慶應に対する期待も含めてお話しいただければと思います。

今枝 白坂さんや中村さんたちを始めとした慶應の取り組み、またそれをKIIが8年も支援されていることに敬意を申し上げたいと思います。何しろ大学ファンドというものは国際卓越研究大学みたいな話ができるようになって、ようやく国が本格的にやっていこうという話ですから、KIIが8年も前から先導しているのは本当に有り難いと思っています。

スタートアップの話をする際、まず今の日本の置かれている現状として、よく「失われた30年」と呼ばれる状況があるわけです。国際競争力を示す指針の世界の企業の時価総額トップ50では1989年、30年少し前は30社以上日本企業が占めていましたが、今や残念ながらトヨタ1社のみになってしまっている。日本企業の国際競争力が非常に下がってしまっています。

さらに、デフレが続いて賃金が上がらなかった。この30年でたった5パーセントしかわが国は賃金がアップしていません。他の国では、先進国でも2倍近くまでいっているところもありますし、大体どの国も1.5倍ぐらいにはなっています。この30年、いかに日本が企業業績も、賃金も伸びてこなかったということかと思います。

一方、アメリカも、成長の源泉はいわゆるGAFAM(Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoft)で、これを除くと、わが国の成長率とほとんど変わらないということもあります。ですから、スタートアップ企業が本当の意味でユニコーンになっていけば、他国のような成長もでき、雇用についても、非常に多く生み出していくというデータも明確にあります。

さらに、スタートアップは当然生産性は高い。そういうことからわれわれにとってこの失われた30年を突破するにはスタートアップが必要だという背景があるわけです。

私はスタートアップ推進議員連盟というものを、6、7年前に作りました。実は僕自身、学生時代に当時で言う学生ベンチャーの推進のようなことを少しやっていましたが、あまり盛り上がらなかったという悔しさがありました。それ以来、大学も含めてスタートアップ/ベンチャーをわが国の大きな潮流にしていきたいという夢を持ち続けていて、議員連盟という組織を作り活動を始めたのです。

まず初めに、J-Startupというスタートアップの選定プログラムを作るところから始めました。わが国はスタートアップ/ベンチャーと言うと、何だそれ、という印象が強い。そこで、J-Startupという国からの認定を始めたわけです。その翌年には、いわゆるスタートアップ・エコシステム拠点形成事業としてグローバル拠点と地域拠点を各方面に4つ作りました。その流れの中で「GTIE( ジータイ:Greater Tokyo Innovation Ecosystem)」という、世界を変える大学発スタートアップを育てるプラットフォームが生まれてきました。

そのうち、岸田総理になり、「新しい資本主義」を唱え、いろいろな施策の中で明確にスタートアップ推進を入れていただきました。そこで、2022年をスタートアップ元年とし、翌年から5カ年計画をやっていくということを新しい資本主義の目玉としてやらせていただいている最中です。

世界のエコシステムとの接続という課題

山岸 スタートアップ5カ年計画ではどのような施策をお考えでしょうか。

今枝 5カ年計画は、スタートアップ元年、ゼロ年目の大きなテーマは、とにかくエコシステムをまず作り、それを何としても循環させるということでした。スタートアップへの投資で、最大20億円までの売却益が非課税となる日本版QSBSを作りました。いわゆるストックオプションで儲けた人は、次のスタートアップへの再投資が、アメリカの約1.5倍の額まで非課税でできるという仕組みです。

5カ年計画1年目の2023年の大きなテーマは2つ、グローバルとディープテックです。グローバルに関しては、「グローバル・スタートアップ・キャンパス」を作り、またグローバルのエコシステムと上手くつなげられるようにアクセラレーションプログラムを設けて人を送ったり、シリコンバレーに出島を作らせていただきました。

もう1つ、SBIR(Small Business Innovation Research)制度の大拡充をしました。これは金額的にもそうですが、1つ大きな改革として、文科省だけはSBIRの前払い制度というものを作りました。この補助金前払いというのは日本の霞が関史上初めてのことです。スタートアップはお金が入ったとたんに吸い取られてしまって資金繰りが大変苦しくなるので、この前払い制度を文科省では何としてもやるぞと、立ち上げたのです。

5カ年計画の2年目の2024年の大きなテーマは、大学発スタートアップとスタートアップ人材育成の2つです。まさに文部科学省の足元で、この推進を一生懸命やっています。大きくは2つあり、1つはアントレプレナーシップ教育です。これは小学校の高学年からアントレプレナーシップ教育を徹底して全国に届けようと、教育大使を派遣しています。去年は10人しかいなかったので、これを早急にあと数カ月で10倍の100人にし、さらに1,000人まで増やす計画を進めています。

もう1つ、実際にスタートアップを立ち上げる際、特に大学発ベンチャー、スタートアップは経営人材の問題が本当につらいと思います。ですので、CxO用の人材バンクの全国プラットフォームを作り、かつ、地方の拠点、GTIE、東海地方はTongali(トンガリ)、関西はKSAC(関西スタートアップアカデミア・コアリション)などそれぞれの地域プラットフォームごとにマッチングをして顔が見える関係を持ちつつ、全国でも情報交換して大学発スタートアップを進めていこうとしています。

山岸 非常に活発に活動されているわけですね。

今枝 残念ながら、やはりわが国の弱みとしまして、世界のスタートアップ・エコシステムとの接続が弱いのです。5カ年計画の2027年にはスタートアップ投資額を10兆円にしないといけない。これは2021年の段階の8,000億円の約10倍超ですが、こうなると日本の中だけでなく世界中のVCなどのエコシステムとの接続をいかにしていくかが非常に大事です。

さらに、ユニコーンも今の10社弱から100社にする10倍計画も目標になっていますので、初めから世界で通用するプロダクトにしていきたい。世界で売っていける、提供できるモノやサービスにするにはどうすればいいのかというビジネスプランを描いていくことが大事です。

慶應は本当に世界中の大学とのネットワークが強くおありだと思いますので、ぜひ、世界との接続点になっていただきたいと思いますし、グローバル・スタートアップ・キャンパスでも、ぜひ連携をしていただけると有り難いと思っています。

一方で、私は日本の強みは技術・研究力だと思っています。博士人材が少ないとか、論文のインパクト数が減っていると言われますが、それでも貴重な技術の種はたくさんある。白坂さんはじめ宇宙の分野もそうですし、もちろんヘルスケアの分野もそうです。

しかし、残念ながら、そういった強みがスピード感を持って、リスクを取ってでもそこに投資をしていくという部分が弱いのかと思います。日本の大企業はM&Aが少ないので、CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)をたくさん作りますが、なかなか大きなものになっていかないという問題もあります。そこはCVCを強化し、意識的に投資やM&Aをしていただきたいと思っています。

グローバル展開をにらんだ人材登用

山岸 大変勉強になりました。世界のエコシステムとの接続、いかに技術を生かしてスケールさせていくかという課題の話がありました。これについては白坂さん、中村さん、それぞれいろいろな角度でされていると思います。

白坂 私の場合、もともとImPACTだったということもあり、海外に出て発表し、開発した技術や衛星のイメージなどを海外に展示していたので、海外の技術の人たちとは当時から接点がありました。そのおかげで、Capella Spaceという合成開口レーダーをつくっているところや、ICEYE(アイサイ)などとは仲が良く、今でもよく相談しています。

宇宙はお金がかかるものです。実はシンガポールオフィスはシンガポールの国交省などがやっているインキュベーションの施設に入っていて、シンガポールのVCからも出資してもらっています。ただ、気を付けなければいけないのは、少しセキュアなタイプの事業なので、出資比率の話と、そのVCに出しているお金はどこの国から出ているかという点は注意が必要です。

Synspectiveが海外のエコシステムと連結しやすかった理由の1つは、CEOを選ぶ時に、海外との接点を持っている人材を意図的に探していたからでもあります。CEOの新井は東大に雇用されてサウジアラビアの政府に派遣され、エネルギー政策をしていて、その後、アフリカの電気の来ていないところに太陽電池を使ってランタンの充電をする仕事に従事していました。

グローバル展開が必要だと思っていたので、そういう人材をCEOとして意識的に選びました。彼のネットワークで入ってきた人材や世界銀行とのネットワークを持っている人材を意図的に入れたお蔭で、上手く海外との接点ができていると思っています。

1つ言えるのは、海外に打って出る時、まさに今枝さんに作っていただいたJ-Startupの肩書は結構効くんですよね。海外から見ると、国のお墨付きが付いているということから安心してコンタクトしてくださることも多い。弊社は日本スタートアップ大賞の2022年文部科学大臣賞もいただいたので、それだけで海外からの見え方が違うようです。何らかの形で、国がいろいろな施策の中で評価をしていくと、すごく大きいかなと思っています。

SBIRの前払い制度は、うちは恩恵を受けていませんが、やはり、宇宙関係とかインフラ系は、キャッシュフローが回らないのが一番きついです。われわれもこれだけ出資いただいて売り上げがあっても、衛星を打ち上げるまで10億円程度かかり、打ち上げた後にしかキャッシュが入ってこないのはとにかくきついので、前払いというのはインパクトが大きいと思います。

グローバル展開へのハードル

山岸 宇宙がそもそもグローバルだということと、最初からグローバル人材を採用したということがポイントだったということですね。さすが先見の明があると思いました。中村さんの分野はいかがでしょうか。

中村 アカデミアではiPS細胞の領域は日本がイニシアティブを取っています。眼科の高橋政代さん、パーキンソンの高橋淳さん、心筋の福田恵一さんなど、慶應も含めてわれわれの日本の中のコミュニティがグローバルなiPS研究に関しては先導的な役割を果たしていると思います。またアカデミア間、例えば国際幹細胞学会などでの連携、研究所同士のつながりも密なものができています。実際に岡野さんがISSCR(国際幹細胞学会)のプレジデントに来年以降なられます。

このように、アカデミア間の連携では強みがあるのですが、では事業としてこれをグローバルに展開する上で、何がハードルになっているかというと、例えば原材料です。再生医療等製品は生ものの細胞が原材料ですが、その規制などについては欧米がイニシアティブを取っていて、向こうに振り回されているのが現状です。原材料という最初の段階で躓いたら日本の研究成果のグローバル展開はできないんですね。

そこの議論は今、日本再生医療学会でもしていますが、そのルール作りからわれわれはグローバルな人たちと一緒にイニシアティブを取ってやっていかなければいけないという意識を強く持っています。

まだiPS細胞を使った再生医療は、爆発的に大きな成功事例がないんです。ここはやはりわれわれが真価を問われているところで、この数年で何らかの大きな成功例が出てくることこそが、グローバルとのアライアンスをどう作っていくかで一番重要な点だろうと思っています。

アカデミアネットワークは十分あり、特に米西海岸の人たち、スタンフォードやUCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)などとはかなり強い協力関係があるので、そのあたりを軸にグローバルな企業との連携等々を進めていければと思っています。

チャレンジを支援するシステムに

中村 今枝さんの話を聞いて刺さったのは、人材教育の面です。アントレプレナーシップ教育とか、若い世代の人たちに大きなビジョンと夢を持ってこういうところに行ける、という教育が必要だと思います。

慶應全体でだいぶ空気感は変わってきてはいても、やはり今の医学部は、よい研究をしたらその研究をした人は医者になって医療に従事してほしいという空気感があります。だから若い人たちが自分の研究成果を持ってスタートアップに飛び出すのは相当ハードルが高い。大学が本気でそういう人たちを支援するのであれば、人事的な支援制度が必要だと思います。

チャレンジするマインドに対して頑張ってこいと。チャレンジに背中を押してあげて、失敗してもまた戻ってきていいよというような、期間限定付きのチャレンジを促すような人事制度があったら、もっと飛び出していく人が増えると思うんですね。

さらにイノベーション推進本部のスタートアップ部門の方々が、よちよち歩きの、飛び出したばかりの人たちにしっかりと寄り添っていただけるのであれば、よりチャレンジする空気感が醸成されるのではないかと思います。

今枝 それを大学の側で先生が言っていただけるというのはすごく心強いです。今、博士人材タスクフォースというものを、僕が座長代理をして文科省でやっているんですが、博士人材がとにかく今少ない。実は博士のキャリアパスの多様化の話の中で、スタートアップが大きな選択肢になるはずなのですが、大学教授陣に残念ながらそういうマインドがあまりないんですね。

中村 そこなんです。いい研究をやって、トップジャーナルに載って、研究費を取って終わりなんですよ。

そうではなく、実学でしょう、社会実装でしょうと。論文を書いても、それだけで社会は変わっていかない。せっかくいい研究をして医療につながるシーズはあるのだから、それを社会実装するステップとしてスタートアップに行けるのだったら、育児支援があるように、スタートアップ支援枠というのがあってもいいのではないか。

今枝 日本はそこが少し弱み、阻害要因の1つなのかもしれません。再チャレンジがなかなかしにくい。

シリコンバレーは、10回失敗して初めて1人前みたいな感じで、失敗が経験としてカウントされるんですが、わが国は失敗したらもう次がないみたいなところがある。でも、スタートアップは結構皆失敗するのです。チャレンジをすることが称賛されるようなカルチャーが、わが国にあまりないのはつらいところではあります。

だから、アントレプレナーシップ教育みたいなものをあまねくやることで、「チャレンジすることはいいことだ」とマインドを変えていければと、アントレプレナーシップ教育大使100倍計画、受講生1万倍計画みたいなことをやっています。

シンガポールのスタートアップ支援

山岸 田中さんは前職でNUS(シンガポール国立大学)などシンガポールの大学スタートアップの支援などもやられていたのですね。

田中 はい。シンガポールに計6年ぐらいいまして、前職では本社のCVCと連携して、スタートアップ投資案件発掘から投資後の支援までをやっていました。

シンガポールではNUSを中心とした、コミュニティ、エコシステムを国全体で作る取り組みをものすごい勢いで進めています。当時、ディープテック創出プログラムをNUSが始めて、5年間で250社を創出する計画を発表しました。資金源は国ですが、修士、博士課程の学生や研究者がチームアップして、3カ月で起業を目指すプログラムを開始して、一気に数を増やしていました。

たくさんのディープテックのスタートアップの案件を見ましたが、ディープテックの中でもアントレプレナーシップ教育の裾野を広げて、その中からユニコーンを目指すスタートアップを創出させるというようなプログラムに非常に刺激を受けました。

またシンガポールは海外からのVCのマネーをうまく呼び込んでいます。

今枝 どうやってやっているんですか。

田中 国策になっていると思いますが、スタートアップ・シンガポールというブランド化をして、国外向けにプロモーションしています。それは、NUS発だったり、A*STARという国の科学技術研究庁の支援するスタートアップが多く、グローバルなVCなどの投資家や人材もシンガポールに集まってきています。

もちろん税制優遇のような政策的な側面もあると思いますが、大学の中でインキュベートしたら、まずVCから資金調達につなげるスキームになっています。デモデーには、独立系のVCもたくさん集まり、そこで接点を作っていくことを大学のプログラムとしてやっています。

今枝 国の主催でVCとスタートアップをマッチングするようなイベントなどもやっているんですか。

田中 政府機関と民間企業、そして大学が連携して実施していますね。シンガポールと比べても、日本は技術、研究面でより強いスタートアップがあるはずですから、海外VCとのマッチングを強化してグローバルに展開していくやり方も、最初から海外でスタートアップを始めるという選択肢もあると思います。

山岸 慶應のスタートアップ部門では、田中さんも他のメンバーも海外経験がある人を採用したり、KIIでも、日本人でアメリカでそれこそ治験をやったことがある人なども今回採用したりしています。

そのような日本人で海外できちんとビジネスをやったことがある人を呼び戻さないといけませんね。私の知り合いの中国人で、一度天安門事件で中国から逃げてアメリカへ行って、CIAに保護された人が、ビジネスマンとしてアメリカで成功したら、中国から絶対安全を保証するからと、すごいお金が付いて北京大学や精華大学のポストを用意されて戻っていった人がいます。日本人もグローバル競争をして勝っている人を連れてこないと、グローバルに勝てるスタートアップは作れないと思います。

インパクトスタートアップを育てる

山岸 最後に、今までの議論を踏まえた上で、ここから先、皆さんの中でどんなチャレンジをしていくか。白坂さんからこれからのチャレンジをお聞かせください。

白坂 Synspectiveは、淡々と、そしてとにかくスピードを上げてやっていくしかないです。一方、SDM(システムデザイン・マネジメント研究科)のほうはアントレプレナーシップ教育的なものをこれまでもやっていましたが、今、私が全体を取りまとめ、ディープテック系ではなく、ソーシャルアントレプレナーシップ側をやり始めています。

日本にゼブラ投資の概念を持ってきた陶山祐司氏という元経産省にいた人が私の研究室の卒業生にいます。また、政策投資銀行さんと組んで、ソーシャルアントレプレナーシップにフォーカスした教育プログラムを作っていて、ソーシャルアントレプレナーシップの教育をちょうど4月から立ち上げます。すぐにお金にはならないけれど、社会のためにいいことをやりたい、頑張りたいという若者たちを生み出すことを支援したいと思っています。

J-StartupでImPACTもいただいた通り、われわれはもともと災害対応で作った会社です。しかし、災害対応はお金にならないのに、災害先進国と言われている日本では、今回の能登半島地震でもフィードバックがたくさん返ってきました。

アメリカが世界の警察になるんだったら、日本は世界のレスキュー隊になれるのではないかと思っています。災害はグローバルにも起きるし、国内でも困っている方々がたくさんいるので、そういったところを支える教育システムに力を入れていきたいと、今、考えています。

今枝 素晴らしいですね。スタートアップ議員連盟の中にもインパクトスタートアッププロジェクトチームというものがあり、そこでインパクトスタートアップをどう成長させていくかを考えています。

J-Startupインパクトもそこで提案をしたり、日本版Bコープみたいな話、認証制度をどうやって作っていくかなどを考えています。本当は新しい法人を作りたいのです。つまり、株式会社やNPOではなく、ベネフィット・コーポレーションみたいなことをやりたいと思っています。

白坂 やはり今の仕組みというのは、お金儲けをするための仕組みになっていて、社会価値のために頑張りたい人たちに対して、お金で無理やり引っ張っていく傾向がある。でも、今枝さんが言われたことは素晴らしい視点だと思っています。

社会を変えていくスタートアップ

山岸 中村さんはいかがでしょうか。

中村 ケイファーマの立場でいくと、今年中に現在行っている亜急性期の完全脊髄損傷に対する臨床研究がデータ固定をして結果を出せるので、それを受けて1日も早く治験に持っていき、患者さんに届けたいと思います。そしてALSに対する創薬に関しても、今、PMDA(医薬品医療機器総合機構)と非常に密な議論をやっています。これも、治療法がなく一日千秋の思いで待っていらっしゃる患者さんたちに早く届けたいという思いでいます。それはケイファーマとして一番大事なミッションです。

一方、医学部の話では、先ほど出た、CRIK信濃町をプラットフォームとして若い人たちが自分たちの研究成果で世の中を変えたい、少しでもこの超高齢社会を迎えた日本が世界に先んじてロールモデルになるような、健康長寿大国日本の姿を示して社会を変えていくようなスタートアップを作れるようにしたい。

そこに慶應義塾として寄り添うスタートアップ部門の皆さんや、義塾の人事制度支援、そしてもちろんKIIからの資金が集約され、多様なステークホルダーの皆さんが一堂に会してどんどん新しいものが出てくるようになってほしいと思っています。

一方、私は殿町タウンキャンパスにもかかわっているんですが、殿町を日本の再生医療のハブにしたいんです。研究だけではなく社会実装をするためのハブです。再生医療と医工連携のロボティクス、医療機器開発で慶應を軸にして数多くのアカデミアの強いシーズが集まって、世界に飛び出していけるようなハブになっていけばいいなと。これは私の夢です。

山岸 田中さんはいかがでしょうか。

田中 スタートアップ部門の活動は、まだ塾内での認知度があまり高くないと思っています。次のユニコーンを狙えるような研究シーズを発掘していくところで、各キャンパスの研究者の方に起業という社会実装の方法があるということを広く知り、関心を持っていただくというところから進めていかないといけないと思っています。

もう1つ、それを支援いただくコミュニティを拡大していく必要もあると思っています。そこは塾員ネットワークを使わせていただき、『三田評論』の読者の皆様にもこの活動に賛同いただけるようなスキームを作っていきたいと思いますし、支援のマッチングも進めたいと思います。

山岸 KIIのほうは3号ファンドが立ち上がったので、まさしくインパクト投資の形を新しく作っていくところに注力しています。もともと基本的に社会課題解決型の会社に投資をしてきているので、Impact Measurement and Managementという新しい手法を入れていくということで、その発信も含めてやりたいなと思っているのが1つです。

それから、J‐PEAKS(地域中核・特色ある研究大学強化促進事業)に慶應も採択され、CRIKでもやらせていただきますが、加えてアントレプレナーシップ教育の全塾的なところをしっかり整えていくところで、ぜひ白坂さんとも連携させていただきたいと思います。インパクト評価、人材育成にしっかり慶應としても取り組みたい。

では、最後に今枝さんお願いします。

今枝 先ほど言ったように、今年は、スタートアップに関して人材育成の部分と大学発のスタートアップを伸ばしていきたいです。

特に国際卓越研究大学を選び、そこに大学ファンドを大きくドーンと投じることを考えているわけです。大学というものが、わが国は他の国に比べると社会と少し距離があるように思われる中、大学ファンドというものが大きくしっかりした形で存在することで、中にいる人たちがどんどん外に出て成功しやすくなると思うので、そこを伸ばしていきたいと思っています。

アメリカは寄付の文化があるとはいえ、大学ファンドも何千億どころか兆の桁までいってしまうような大学もあるぐらいですから、そういう状況にわが国の大学もなってほしいと思っています。まさにファーストランナーである慶應さんがその大学ファンドを、規模も質も、大きく成長させていただければと思います。

三田会さんのネットワークという強い同窓会組織があるのも、大学ファンドが成長する大きな大きな力になると思います。日本一の大学ファンドで社会に研究成果を実装できる大学として日本を引っ張り、世界に冠たるものを作っていただけることをぜひ慶應に期待しています。

山岸 素晴らしいメッセージを最後にいただきました。今日はお忙しい中、皆様有り難うございました。

 

(2024年3月14日、三田キャンパス内で一部オンラインも交えて収録)

 

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。2024年5月号