【三人閑談】 フライフィッシングに行こう! | ねぇ、マロン!

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おーい、天国にいる愛犬マロン!聞いてよ。
今日、こんなことがあったよ。
今も、うつ病と闘っているから見守ってね。
私がどんな人生を送ったか、伊知郎、紀理子、優理子が、いつか見てくれる良いな。

曽田歩美様に頼んでマロンの絵を描いていただきました。

【三人閑談】フライフィッシングに行こう!

三田評論ONLINEより

  • 相馬 義郎(そうま よしろう)

    国際医療福祉大学薬学部・基礎医学研究センター教授、慶應義塾大学医学部薬理学教室客員教授(元准教授)。
    大阪医科大学医学部卒業。博士(医学)。専門は膜輸送生理学。フライフィッシングを長年趣味とする。

  • 星野 尚夫(ほしの ひさお)

    一般社団法人札幌観光協会特別参与、北海道科学大学理事、札幌学院大学理事。
    1970年慶應義塾大学商学部卒業。慶應義塾大学釣魚会OB。趣味でフライフィッシングを嗜む傍ら、北海道の自然保護活動にも尽力。

  • 柴 光則(しば みつのり)

    エッセイスト。2010年慶應義塾大学総合政策学部卒業。慶應義塾大学釣魚会OB。民間系シンクタンクに勤める傍ら、釣り雑誌「鱒の森」(つり人社)に連載を持つなどエッセイストとしても活躍。

フライを始めた頃

星野 私は武蔵小金井で生まれ育ち、多摩川によくおじと釣りに行った記憶があります。慶應義塾大学では釣魚会という釣りのサークルに入りました。

 当時の釣魚会には、釣種別にパートが4つあったそうですね。

星野 渓流部門のパートに入りました。山形、新潟、青森などに釣りに行きましたが、中でも北海道が好きで、北海道拓殖銀行に就職したんです(笑)。しばらく釣りから離れていたこともありましたが、30年ほど前、釣り仲間とヤマメ(北海道、東北での呼称はヤマベ)の餌釣りを始めまして。

相馬 最初は餌釣りだったのですね。

星野 ええ。でも逆に餌釣りだと釣れ過ぎてしまってつまらないんですね。そんなある時、水生昆虫に反応して、ライズ(魚が水面で動く捕食行動)するヤマメを見て、これをフライで釣ったら面白いだろうと思ったんです。それで仲間と一緒にロッド(竿)とフライ(疑似餌)を買ってきて、始めたのがこの世界に入ったきっかけです。フライ歴30年くらいですね。

相馬 私は大阪医大出身ですが、大学院を終えた時、イギリスの同じ分野の先生から、1、2年の予定でイギリスに勉強に来ないかというお誘いがありました。そのボスがフライフィッシングが好きでして。

その時は勉強ばかりで、結局フライフィッシングは教えてもらわずに日本に帰って来たのですが、その後もその先生のところによく行き来するようになり、そのうちイギリスに行く度に釣りをするようになって。

当時は釣具のハーディーとかが幅を利かせていた時代で、古いイギリスの釣り道具をもらったりしました。

 ハーディーは素晴らしいリールですよね。私の釣りとの出会いは家族との釣りです。中学の頃、決まって土曜日だけは朝から晩まで父親と釣りに行って、そこで話をする時間を持っていました。

ある時、父に誘われて1本の映画を見たのです。『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年)という映画で、ロバート・レッドフォードが監督でブラッド・ピットが主演を初めて務めた映画として有名ですが、これがフライフィッシングを通じて心を通わせる家族の絆を描いた映画なのです。

初めてそれを見た時、正直、内容はよくわかりませんでしたが、アメリカの雄大な川の中で、カワゲラが夕焼けの中でハッチ(羽化)をして空に飛んでいく。その中で、4拍子でロッドを振る親子のシーンがあって、それに強く心を惹かれました。

それは単に釣りをするという行為ではなく、何かしら家族の関係性だったり、人生だったり、そういったものが私の中で重なったのですね。それでフライを始めたのがきっかけです。

「釣れない」魅力

相馬 フライフィッシングは諸説ありますが、500年以上前にイギリスの貴族が始めたと言われますね。普通の日本の釣りとは道具もやり方もかなり異なります。

星野 日本の渓流では毛鉤(けばり)を使う釣りがありますが、大きな違いは、日本のそれはリールがない。一方、フライフィッシングは色のついた太いライン(糸)とリーダーと呼ばれる透明で細いラインを使って、ロッドが生み出す反発力をラインに伝え、まったく重さのないフライを錘もつけずに遠くへ飛ばして魚を釣るのです。

フライフィッシングの魅力の1つは、逆説的な言い方になりますが、「釣れないこと」だと思うのです。一緒に行った餌釣りをしている仲間が3匹釣ったのに、こちらは1匹も釣れないこともよくあります。

でも、だからこそ「なぜ釣れないんだろう」と考えるのです。フライが駄目なのか、システム(仕掛け)が駄目なのか、流す場所が駄目なのか、ライズしていないから釣れないのか……。そしてフライを替え、流し方を変えて釣る。要するに工夫の余地がものすごくあるのです。

それだけに、釣れた時の喜びというのは、餌釣りよりも数倍大きい。そこがやはりフライフィッシングの神髄ではないかと思うのですが。

フライフィッシング用のロッド(竿)とリール(撮影:柴 光則)

 いろいろな魚がその時にどのあたりにいるかということで、狙う川のポイントや層が違う。この面白さが相当ありますね。

だから、狙う流れに応じてロッドやライン、フライの組み合わせが豊富にあります。これらシステムを使ってどこを流すか。魚が羽虫を狙って水面に飛び出してきた瞬間をどうやって狙うのかなど。

相馬 ドライフライといって水面を流れる虫を模した、浮くタイプのフライがあるのですが、これの場合、投げるポイントを読むのが非常に重要です。魚というのは、エネルギーを使わず、餌がたくさん流れてくるところに必ずいます。

魚自体を目で見ることができないことが多いので、川の表面の流れを読んで、魚のいる位置を把握して釣っていく。そこが面白い。

実は私は医学では分泌・吸収が専門です。胃液の分泌は体の膜を横切って液体が流れるのです。細胞の中はいかにもまるで石があって、その間を水が流れるような構造をしているのです。それと同じような感覚が川の流れにもあって。

 共通するものがあるのですね。

星野 どこか違和感があったら絶対に魚は来ないですから。自然に虫が流れていくように工夫する。ここが難しいのです。

 フライフィッシングの魅力は大きく分けて4つぐらいの面白さがあると思うのです。

1つはキャスティング(投げ)ですね。これがフライの要所で、重いラインを使っていかに狙いたいところに投げるのかということです。次にファイト。フライというのは昔から形も原理も変わってないリールを使うので、魚がかかった時のファイトが非常にエキサイティングです。3つ目はタイイング、つまり自分でフライを巻くことですね。鳥の羽根や、獣の毛などを使って作るのです。

最後に、これがやはりフライフィッシングの哲学かと思うのですが、自然観察です。お二人もおっしゃっていた通り、水の流れや水生昆虫の動き、釣り場の特徴に沿ってフライを選ぶ。そうした楽しみもあります。

多種多様なフライ

星野 その通りですね。タイイングですが、フライの材料(マテリアル)は、クジャクの羽根や獣の毛などを集めてそれを巻くんですね。もっとも、年を取ってくると根気がなくなって、材料ばかり余ってしまう(笑)。

相馬 僕は下手なので、何を巻いても毛玉のように見えてしまいます(笑)。

星野 ただ、フライが精巧に作られているかどうかで釣果が違ってきます。プロの釣り師の中には、キャンプをして、釣った魚の胃を調べて、今はどういう虫を魚が好んでいるかを見て、その晩にフライを巻いて翌日使う人もいます。

 フライを分類すると大きくは4種類に分けられると思います。

1つが、先ほど相馬さんが言われたドライフライ(Dry Fly)という浮力を持つもの。水面上に浮くように設計されていて、水生昆虫や陸生昆虫の成虫の形状を表現しているのが特徴ですね。

そして2つ目がウエットフライ(Wet Fly)。ウエットフライは水面下に沈むように設計されていて、幼虫、若虫、さなぎ、溺れた昆虫などを模しています。

そしてニンフ(Nymph)という水生昆虫や小型の甲殻類の未成熟な形状に似せて設計されているものもあります。

あと1つがストリーマー(Streamer)ですね。これは肉食魚の捕食対象となる小魚を模したフライで、比較的大型のものです。

星野 ストリーマーは比較的大きな川で、遡上魚などの大きな魚を狙う時に使いますね。北海道では十勝川という大きな川がありますが、ここはアメマスが海から上がってくる。それをダブルハンド(竿を両手で握って行う釣り)の長い竿でストリーマーで狙うのです。

川の状況とか季節によって、様々なフライを使い分けるんですね。虫が羽化するタイミングなどもありますから。

 あと、フライにはパターンと言って、何百年の間に、色々と試されて、これは釣れるぞという形、素材の組み合わせや配色などがあります。数百万単位と数えきれないほどのパターンがあるのです。中でも有名なものの1つが、ロイヤルコーチマンというフライです。

星野 有名なパターンですね。これは何でも使えます。それから、エルクヘア・カディスとかも有名なパターンですね。変わったものだと、チェルノブイリアントというのがあります。

 あれはチェルノブイリで巨大な蟻が見つかったことから、皮肉ったネーミングをされた、大型の蟻を模したフライですね。フライは毎年雑誌やネットで新しいものが出るので、追いかけるのが大変です。

多種多様なフライ(疑似餌)

湖の釣り、川の釣り

相馬 フライフィールド(釣り場)で言うと、北海道は本当にユートピアですね。

星野 それでもだいぶ釣れなくなりましたけどね。ストリーマーを使った遡上魚狙いは北海道の大きな川がいいですね。

湖での釣りも川とはまた違う別の面白さがあります。支笏(しこつ)湖にニジマスを釣りに行った時、セミのフライをポンと湖面におくと、川と違って流れがないので、ふわふわと浮いているのです。そこへ60センチぐらいの大きなニジマスがどっと来たのですが、その時は上手く食いつかなかった。3回目に行って、やっと50センチぐらいのものが、フライにバッと食いついて釣れたのが感激でした。

また、自分でボートを漕いで、好みのポイントに移動できるのも魅力です。川が湖へと流れ込んでいるようなところが最高のポイントで、そこへドライフライを浮かせておくのです。そうすると魚がガバッとくる。この面白さは、やめられないですね。

相馬 川とは違う面白さがありますよね。私も北海道には何回か行っています。

石狩川の上流、大雪湖に行ったのですが、湖のワンド(入り江状に深く抉られた地点)で、大きなニジマスがずっと泳いでいて、上から本物のセミがばさばさと落ちてくるからチャンスだと思って早速始めたんです。そうしたら、本物のセミではなく僕のフライをパクンとくわえたのですね。

魚は賢くて、ちゃんと本物を見分けるかと思いきや、あの時はそうではなく私のフライを食った。あれが印象的でした。

星野 魚といえどもパーフェクトではない(笑)。

 川は流れがあって、湖にないというのは、エッセイを書く側からすると非常に面白いところです。

我々フライフィッシャーは、釣りへ行く前日は、子供の頃の遠足の前夜のようなワクワク感が必ずあるんですね。ただ、皆様がおっしゃったように、フライって釣れない釣りなのです。「本当に今日はいい日だった」というような日はもう1年に何度もない。

そういう中で、釣れない時間が多いわけですから、いろいろなことを考えるんですよね。川の流れというのは、いろいろな文豪が書いているように、非常に釣り人の心を惹きつけるものがある。その流れの中で釣り人は様々な思いをめぐらせるんです。風が流れて、水が流れて、いろいろな思いが、うれしいことも悲しいことも、人生のつらいことも、いろいろなものが流れに重なって、そこに川がある。

逆に湖というのは、水が止まっていますから、特に朝など、風が凪いだ時は鏡のようです。そこに否応なく自分の人生が映し出されているような感覚を私は抱きます。

星野 確かにそうですよね。本当に風のない時に、セミを模したフライを湖に浮かべて、いつ来るか、いつ来るかと待つ。こういうドキドキ感やいろいろものを考える面白さがありますね。こちらはあまり目立たないようにして、木などに腰を下ろして見ているわけです。

釣果も30センチ超えぐらいのある程度の魚が続けて釣れる時もあるのですが、しばらく続くと、面白くなくなってしまう。贅沢な話ですが、釣るからには大物を釣りたい。だけど大物は警戒していますからね。そうすると、それをどうやって食わせるかということを静かに考える。そういう緊張感と、釣れた時の楽しさがいいんですね。

相馬 イギリスでは、その土地のオーナーとおぼしき人が川に来て、ロッドも振らずに、やにわにベンチに座って本を読みだすのです。それで魚が水面で跳ねだすと、ふと本を閉じて立ち上がってキャストを始めて一発で釣って帰っていく。本当に貴族的な釣り生活だなと(笑)。

 釣れればいいというわけではないのが面白いところです。

イギリスの釣り場(手前側が地元の釣りクラブの釣り場、奥が個人所有の釣り場)(撮影:相馬義郎)

フライフィッシングは日本で人気?

相馬 フライフィッシングはある程度時間に余裕がないとできない釣りだとは思います。そこが新しく始めようとする人たちには少し難しいかもしれませんね。

星野 ただ、この20年ぐらいで日本でも人気は出てきているとは思います。なぜ日本でもやる人が出てきたのかを考えた時、やはり昔は渓流でも湖でも、狩猟感覚で魚を釣っていたと思うんですね。

要するにそれは持って帰って食べるためだった。でも、実際今はそんなにたくさん釣っても食べられないですよ。それに現在の日本は他の食もたくさんあります。

むしろ今はアウトドアのスポーツとしてフライフィッシングが人気になっているのではないでしょうか。だから、釣れない釣りでも楽しめるということではないかと思います。

 調べてみると、フライをやる人は実は減っているのです。ただ、市場は伸びている。フライフィッシング人口を客観的に調べる資料はないのですが、日本の釣用品工業会が出している釣種別の市場推移と『レジャー白書』の釣り全体の人口を見てみると、長期トレンドで人口は減っていますが、直近5年のフライ用品の売上げは伸びている。1人当たりの消費量が上向いているのです。

相馬 道具に凝る方が多くなった、ということでしょうか。

 フライフィッシャーには年配の方が多いため、時間もお金も余裕がある方々が道具にお金をかけ、売上げが伸びているのだと思います。

一方、近年、ファッション業界でフライフィッシングに着想を得た服が非常に増えているのです。バブアーのショートブルゾンは元々はフライフィッシング用に作られた服ですが、若い世代にも大人気ですし、釣りの流行した90年代のファッションが今またトレンドになる中で、ハイブランドも釣りの要素を服飾デザインに取り込んでいます。こうしたファッションに惹かれてフライを始める若い方もいると思います。

星野 ファッションで言うと、今、アメリカのシムス(Simms)が、いろいろな意味で圧倒的です。今札幌などでも大きなオーバーなどを着る人はほとんどいなくなり、女性も男性もみんな、シムスが作るような素材が軽くて丈夫なジャケットを着ている。若い人が釣り用に作ったものを加工し、ファッションとして楽しむこともあるようです。

キャスティングの楽しさ

相馬 キャスティングなどはある程度練習しないと、狙ったポイントに投げるのが難しいというのもありますね。

星野 キャスティングが好きな方もいるのです。釣魚会OBで多摩川でキャスティングの練習をしている人がいますが、これも楽しみなんですね。要するに、ゴルフで言ったら練習場プロみたいな人がいるわけです。多摩川などではそういうクラブというか集まりがありますね。

 投げることが楽しい。

星野 遠くへ投げる競争をするとか。全然釣らないわけではないでしょうけれども、そういうキャスティングの楽しみもあるのです。

相馬 私は毛鉤を巻くのも下手だし、キャスティングも特に習ったことはないのです。

習ったといえば、ラインメンディングといって、川の流れにラインが乗って引っ張られないよう、あらかじめそれを回避するキャストの技術です。フライがラインに引かれてピュッと水面を走るともう魚が食いつかないので、なるべく自然に流れるように、ラインをあらかじめ投げた直後にロッドを返して、フライを上手く上流側に倒して、時間を稼ぐのですが、これが難しい。

星野 場所場所で投げ方も違ってきますからね。キャスティングは基本はオーバーヘッドという投げ方ですが、前後にラインを伸ばしてロッドを振るので後ろに木があるところだと引っかかってしまう。

だから20年くらい前に、スペイキャストという水面にラインを置いてロッドに負荷をかけて投げるやり方が生まれて大流行なんです。この投げ方は、スコットランドにスペイ川というのがあって、そこが発祥地です。

でも、むしろ北海道の猿払(さるふつ)川などでのイトウ釣りは、もうオーバーヘッドで、いかに遠くへ投げて範囲を広げるかという釣りになります。場所と魚によって、どういうライン、システムを使って釣るかというのがなかなか難しい。理屈はわかっても、どれをどう選んで組み合わせたらいいのかは実際の場所や時間帯で異なってきます。それもまたフライフィッシングの面白さです。

ガイドの役割

星野 日本と違い海外では、ガイドがつくことが多いです。釣り人の面倒を見ることで、生活をしている人です。

日本では、去年あたりからヒグマなどに釣り人が襲われるケースが増えていますよね。昨年、北海道の朱鞠内(しゅまりない)湖で1人で来ていたベテランのフライフィッシャーが不幸にもクマに襲われてしまいました。

 そのためにも日本にも常にガイドがいた方がよいという方向になるでしょうか。

星野 そうです。実際に被害も出ているため、安全面からもフィッシングガイドの見直しの時期だという意見が出ています。

釣り人は釣りに熱心になりますから、クマが現れたことに気づかない恐れが高い。だからこそガイドが安全面を確認をしながら釣りを教えてある程度の報酬を得ることが必要です。今、日本にもガイドはいるのですが、個人個人でいろいろなやり方があるため、難しいところもあるのですが。

相馬 私も何回か、北海道でガイドに案内してもらって釣りに行ったことがあります。皆本当によく知っていて。海外はガイドがつくのは当たりまえなのですよね。

星野 ニュージーランドなどはガイドがいないところもありますが、実際はあまり釣れないですね。やはりガイドがつくと釣果は全然違う。同じ川へ行っても釣れる場所と釣れない場所が当然ありますから、現地のガイドしかわからないような場所がたくさんあります。

世界のフライフィールド

星野 カナダに行った時の話ですが、カナダには警官と同じように拳銃を腰にさしている森林警備隊がいて見回りに来るのです。

何を調べているかというと、持っていってはいけない魚を船に隠しているのではないか、といった違反を調べていることが多い。我々のところにも来て何を調べていたかというと、針の「返し(バーブ)」を潰さないと駄目というレギュレーションを検査されました。要するに返しで魚を傷つけないようにするということですね。

もちろんカナダとはエリアも広さも全然違いますが、私も北海道で、これからはそういう感覚で魚を守る、自然保護について考えなければいけないのかなと思います。

カナダ駐日大使のイアン・マッケイさんに、この間札幌で講演をしてもらった機会に、私がその話をしたら、「私も釣りをします」と盛り上がりました。フライフィッシングはイギリスもアメリカもあるクラスの人が趣味としてやっていることが多いですね。

相馬 イギリスだと大学の先生でやっている方が多い印象です。

星野 元々イギリス発祥ですが、今はどちらかというとアメリカが盛んですね。メーカーも多いですし、フライフィッシャーの人口もやはり多いと思いますね。それだけ場所が多いですから。

 海外で釣りをする際には、ガイドを事前に予約するのですか?

星野 そうですね。そのほうが全部面倒を見てもらえるので。

相馬 イギリスは釣り場が貴族の個人所有である場合が多いんです。川が流れて、落ち込んでたまって、流れ出して次のたまりがあってという、その一単位を「ラン」と呼ぶのですが、そのランごとに、個人所有の人たちは釣り場として貸すのです。

僕らが釣りをするためには、そのように貴族の方が貸しているところにエージェントを通じて交渉するんです。もう年の初めには予約が埋まってしまうことも多く、どのタイミングで魚が上がってくるかがわからないので、1つの賭けですよね。

星野 そこに入場料を払うのですね。パタゴニアでは、牧場を運営している人が多いのですが、あれだけ広いところで羊を飼ったりしていて、そこを川が流れているわけですよ。そこで釣りをしたい人は、入場料を牧場主に払うのです。

相馬 パタゴニアは何か変わった魚が釣れるのですか。

星野 ブラウントラウトの降海型であるシートラウトが有名です。ブラウントラウトが川で生まれた後、海に下り、産卵のために川を上るということを、パタゴニアのこの魚は8回も繰り返すため、とても大きくなるのです。最初はイルカが川で泳いでいるのかと思いました(笑)。

パタゴニアは立って歩けないくらい風が強い。そこでやっと少し風が収まった時に、自動車の横に隠れながら、体を出して、キャスティングをするのです。風向きを考えないと、とんでもない方向へフライが行ってしまうんですね。

キューバの海でフライフィッシング

星野 昨年10月、コロナ禍が終わったから久しぶりに海外に行こうと、アメリカのオレゴン州のデシューツリバーに行きました。そこにはスティールヘッドというニジマスが海へ下って戻ってきたものがいるのです。60センチぐらいになるのですが、これもまた釣りの仕方が面白い。

ストリーマーとかウェットフライを使ってスイープ(流れを掃くようにフライを動かす動作)させて流すのですが、去年は2回アタリがあってやっと1匹釣れたぐらいですからね。

 スティールヘッドは釣り人の夢の1つですからね。

星野 お勧めしたいのは、キューバです。北欧の人がリゾートをつくっているのですが、そこには釣りのガイドもいて海で釣りができるのです。

魚は何種類かいますが、一番引きが強いのがボーンフィッシュ。船首から船尾まで平らなボートに乗り、手を使ってポールで海底をつついて漕ぎながら、行けども行けども浅いきれいな海を進むのです。

釣り人より1段高い位置に立って海を見渡すガイドの指示で11時の方向へ投げろ、2時の方向へ投げろと言われる。

我々はどこに魚がいるかよくわからない。彼らは魚を見慣れていますから、あそこにいる、こっちにいる、とわかるんですね。これがまた非常に面白いんです。

相馬 すごいですね。本当に世界の釣りにはいろいろありますね。

馬に乗って釣りへ

星野 キューバは2回行きましたけれど面白かったです。相馬さんは、イギリス以外はどうですか。

相馬 アメリカで釣り友達ができて、その仲間たちと一度、モンタナ州の山の上にある湖に行ったことがあったんです。そこまで行くのに車がないので、馬に荷物を載せて、隊列を組んで上がっていくのです。前の日になって、「義郎、お前、馬に乗れるよな」と言われまして(笑)。あのへんの人は、自転車に乗る感覚で皆、馬に乗るのです。

それでいきなり乗馬の特訓を受けました。1日かけて山に上がって、山上湖で釣るのですが、カットスロート(北米原産のニジマスの仲間)が釣れて、面白かったです。

ほぼ底が見えるくらい透明なんですね。真ん中の一番深いところだけが暗くて見えない。見ていると、暗いところから大きなカットスロートがゆっくり泳いでくるのです。だからそこで釣る時は、深いところから上がってくるのをずっと見て待っていて、向こうからのっこらのっこら泳いでくるやつをドライで釣る。

ここはクマとか恐くないのかと聞いたら、「クマはもっと下にいる。ここは標高が高いから大丈夫」ということでした。

星野 日本ですけど、北海道の千歳川という、支笏湖から流れている川には小さな湖がいくつかあって、ボートも降ろせませんから、フローター(釣りに特化した浮き輪状のボート)に乗って釣るのです。

ブラウントラウトだったと思いますが、岸にフライをぶつけるようにして投げると、どんとくるのです。それを1日フローターで浮いていながら釣る。トイレに行くのが大変でしたけどなかなか面白かったですね。

 北海道にもいろいろなところがあるのですね。

釣りを通した人との出会い

 フライフィッシャーであれば、やはり自分が楽しいことをたくさんの人に知ってもらいたい。この釣りを後世に伝えていきたいという思いは、皆持っていると思うのですね。

私も、20代、30代の若い人に、この面白さを共有できればと思うのです。道具は面倒くさいし、お金もかかるし、キャスティングも奥が深いのですが、まず下手でも何でも行ってみて、とりあえず2、3匹釣るところから始めればいいのではないか。極端な話、上手く投げられなくても釣れますから。

根源的な楽しさを、やはりいろいろな人に知ってもらいたいと思います。そのために私もエッセイを書いているんです。

『鱒釣り: アメリカ釣りエッセイ集』という面白い本があるのですが、この中には元アメリカ大統領ジミー・カーターさんが書かれたスプルース・クリーク日誌という1編があります。元大統領という偉い方がどういうことを書いているのかと思って読んでみると、私たちと何も変わらないのですね。

誰よりも朝早く起きて、川へ行って、マナーの悪い釣り師に文句を言って、大物に逃げられて、かんしゃくを起こして帰ってくる。大統領も私たちと何も変わらない。同じ思いで釣りをしているので、まずは敷居を下げて、たくさんの人に楽しんでもらいたいと思っています。

相馬 私はイギリスが多かったですが、フライフィッシャーに限らず、周りの人たちが皆、釣り人に優しいのです。先ほど言いました高いお金を払って釣る川ですが、そのさらに上流はもっと細い川に分かれていて、そこはもう完全に個人の土地なので、そこで釣りたい時は、農家さんに釣ってもいいかと聞くのです。

すると、「お前、どこから来た」と言われ、「日本から来た」と言うと、「日本からこんなところまで来たのか」と驚かれる。そして必ずどこでも同じ質問をされる。スコットランドでは「お前、イングランドとスコットランドはどちらが好きだ」。ウエールズの時は「ウェールズとイングランドとどちらが好きだ」と(笑)。

そうして許可を得て釣りをしていると、その農家の人が車で来て窓から顔を出して、「もっと上、もっと上」と釣り場を教えてくれる。答えは決まっているので、初めから釣らせてあげようとわかりやすい質問をしてくるのです。釣り自体もそうですが、日頃行かないところへ行って、いろいろな人と会える経験ができるのが本当によいなと思っています。

自然との共存を目指す釣りへ

星野 先ほど釣れないのも面白いと言いましたが、やはり釣れなければ究極的には面白くない。これからは自然保護をしっかり考えて、北海道も環境保全をしていくことが大事ですね。

クマが出ることによって守られる川もあるかもしれませんけれど、やはりレギュレーションをしっかり作って、何匹も持って帰らないようにしようということを決めるといったルールをしっかり作ることが大切です。

北海道ではすでに渚滑川(しょこつがわ)などでやっていますけれど、そういったルールを皆で守っていかないと、これからのフライフィッシングは先が厳しくなると思います。

フライフィッシングというのは、情報交換をするにしても奥が深い。単にあそこで釣れる、ここで釣れるだけではなく、システムやフライはどういうものを使ってやるかなど、同好の人との情報交換の量が多くなりますから、非常に面白い。

そういった意味ではフライフィッシングというのは、1つの趣味としてとてもよいものだと思います。

 作家の開高健さんが生前よく言っておられたのが、「釣りは3つある。運と勘と根である」ということ。それにプラスするとすれば、相馬さんも言われた人とのつながりということで、これはものすごく大きい。

初めて会った、国籍も年代も思想も違う人たちがこれだけ打ち解け合えるような趣味はなかなかないと思うのです。もっとたくさんの人が楽しんでくれるとうれしいですね。

自然保護も必要ですし、いろいろな文化を理解することも必要で、もっと若い層に魅力をわかってほしいという思いで私もエッセイを書いていきたいと思っています。

 

(2024年3月1日、三田キャンパス内で収録)

 

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。