【話題の人】 アートの世界で最新テクノロジーの可能性を探求 | ねぇ、マロン!

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おーい、天国にいる愛犬マロン!聞いてよ。
今日、こんなことがあったよ。
今も、うつ病と闘っているから見守ってね。
私がどんな人生を送ったか、伊知郎、紀理子、優理子が、いつか見てくれる良いな。

曽田歩美様に頼んでマロンの絵を描いていただきました。

【話題の人】アートの世界で最新テクノロジーの可能性を探求

三田評論ONLINEより

  • 草野 絵美(くさの えみ)

    アーティスト
    塾員(2015 環)。生成AI などの最新テクノロジーを用いたNFTアートや写真作品を発表。多くのコラボレーションも展開。

  • インタビュアー荒木 夏実(あらき なつみ)

    東京藝術大学美術学部先端芸術表現科准教授・塾員

面白いクリエイターが集まる場所

──草野さんには私が教える東京藝術大学(藝大)にもデザイン科の非常勤講師として来ていただいています。どのようなことを教えているのでしょうか。

草野 藝大には2019年から呼んでいただいており、AIやNFT(Non-Fungible Token)アートについて講義をしています。藝大の学生は吸収が早いのですが、まだAIへの偏見を持つ人も多く、(生成AIによる描画アプリの)Stable Diffusion やMidjourney に触ったことがある人は10%に満たないほどでした。ですが、AIの専門家を呼んでディスカッションをすると偏見が取り払われ、皆すぐに使いこなせるようになりました。

──草野さんはNFTアートの作品を発表されています。どのような可能性を感じておられるのでしょうか。

草野 表現する場所として今、面白いと感じる人が最も集まるコミュニティの1つがNFTアートの世界です。NFTにおいてイノベイティブな点は何かという時、よく「それが本物であることを証明できる」と技術ばかり先行して語られますが、それでは皆さんにピンとこないと思うんです。

本質的に何がイノベイティブかというと、ブロックチェーンの技術にアーティストを応援するという大義名分がこの上なく相性が良かったこと、それによって新たな市場と文化が生まれていることだと思います。それが最も面白いところ。

インターネット黎明期やSNSが登場した頃のような“世の中変わるかも”という感じがあります。イノベイター気質の人が世界中から集まり、この技術をどう生かそうかと新たな実験が始まっています。

NFTアートとひと言で言っても、とても多面的なものです。クラウドファンディングのような使い方もあれば、デジタルコミュニティのチケットにもなり、ファッションアイテムのような側面もある。皆がいろいろな文化を持ち寄って実験しています。

──それは学生にもぜひトライしてもらいたいです。

草野 NFTアートというと高額なものばかりが注目を集めますが、月に1作品など小規模にアート作品をブロックチェーン上にのせ、小さなコレクターベースで生計を立てているアーティストはたくさんいます。彼ら彼女らは、陶芸家のように毎日コツコツと作品をつくり、時にはリアルで展覧会も行い、経済的にも自立できています。

──藝大には経済的に自立するための可能性を教える場がなく、草野さんの周りのリアルな状況とギャップを感じます。

草野 クリスティーズやサザビーズもNFTアートに力を入れていますし、「ジェネラティブアート」と呼ばれる、コードで書いた作品をブロックチェーン上で発表すること自体を作家のコンセプトとして捉えられることも増えました。美術館のキュレーターとのネットワークも生まれています。AIアートやNFTアートはアートじゃないと言われることもありますが、美術史ではそういうものが残ってきました。アートには時代に応じて意味を拡張していく性質があると思います。私にはコンテンポラリーアートの先端にいるという自負があります。

ジェネラティブアートとは何か

──ジェネラティブアートとはどのようなものなのでしょうか。

草野 さまざまな定義がありますが、「ジェネラティブアート」とはおもにアルゴリズムや機械学習などの計算プロセスを利用して作品を生成するアート作品のことを指します。昔からある分野ですが、特にNFTが登場したことでジェネラティブアートの希少性と所有の概念が強化され、アート市場で大きな注目を集めています。

Art Blocks はジェネラティブアートの中でも特に注目されているプラットフォームで、ブロックチェーン技術を利用して独自性と希少性のあるアート作品を生み出しています。Dmitri Cherniakの〈Ringers #879 (The Goose)〉が約8億円で取り引きされるなど、高額の作品が多数あり、ジェネラティブアートがアート市場において重要な位置を占めるようになっています。

実はそのプラットフォームから、私自身の初のジェネラティブ作品として〈Melancholic Magical Maiden〉を発表しました。これは画面を更新するたびに異なる画が生成されるもので、これまでに制作した作品の中で最も複雑なプロジェクトです。一見、単純な絵に見えるのですが、それらはすべてコードから生成されています。

〈Melancholic Magical Maiden〉は、私が子どもの頃に好きだった魔法少女もののアニメをモチーフにしています。画面上に字幕でメッセージを重ねており、その言葉もAIで自動生成されます。1990年代のアニメのヒロインが言いそうなことをAIが生成し、それに“女の子はこういうもの”というジェンダーステレオタイプの要素を掛け合わせることで今見ると皮肉めいた言葉が並びます。これらの要素がコードから作り出されることで、誰も見たことのないビジュアルが生成されます。こうしたものがおそらく今、一般的にジェネラティブと呼ばれるアートです。

ジェネラティブアートの魅力は機械に委ねることによって、自分が予測できない要素が出てくるところです。〈Melancholic Magical Maiden〉の制作はコーダーであるYurika Sayo さんとの共同作業で、すべての情報をアップロードするのに随分コストがかかりました。ですが、それに見合う市場が存在している。周りのアーティストたちからは、これほど複雑なコードはほとんどないからとてもレアな作品になるだろうと言われています。50分で300点が完売し、作家として大きなマイルストーンとなるプロジェクトでした。

──面白いですね。美術館やギャラリーでお客さんに自由に触ってもらうのも楽しそうです。

草野 それはやってみたいです。昨年、〈Neural Fad〉という写真作品を発表した時には、動画バージョンを金沢21世紀美術館と東京都現代美術館で展示し、デジタルの垣根を超えたところで作品を見てもらえました。

Melancholic Magical Maiden(2024年)

魔法少女カルチャーからの影響

──草野さんの作品には女の子がたくさん登場し、女性の連帯のようなものを感じます。女性をエンパワーメントしたいという意識があるのでしょうか。

草野 私は日本のサブカルチャーやポップカルチャーが大好きで、こうしたものをモチーフにしてきました。アニメをモチーフにした作品は今ポピュラーですが、男性目線のものが多いと感じています。〈Melancholic Magical Maiden〉は子ども時代に見た「セーラームーン」や「レイアース」、「ウェディングピーチ」、「おジャ魔女どれみ」などからの影響を強く受けています。

こうした作品は今見るとジェンダーロールの押し付けが強いと感じます。それはバービーやディズニープリンセスのような海外の作品からも感じますが、こうした観点から日本文化を考察して発信する人が少ないのも、私の作品から女性をエンパワーメントする要素が感じられる理由かもしれません。

日本のサイバーパンクアニメには、「攻殻機動隊」や「エヴァンゲリオン」など私が敬愛する作品も多くあります。しかし、多くの作品では主体性の強い女性はあまり描かれていません。〈新星ギャルバース〉も主体性を持った女の子が主役のSFをつくろうと考えて制作したプロジェクトでした。

昨年9月に発表した〈Pixelated Perception〉もフェミニズム的な要素が強い作品です。この作品ではピクセルと立方体をモチーフにさまざまな肖像をモザイク状やタイル状のオブジェクトで表現しました。それはiモードやビデオデッキの普及だったり、ピンクチラシだったり、日本の1990年代のメディアトラジションに夜、闇の部分をあえてポップに再現しようと、YouTubeで見られる80、90年代を舞台にした小説や写真などを参考に、当時の景色を生成AIで再現して制作しました。

──ご自身ではリアルに体感していない時代を映像や雑誌などを通じて追体験しているのですね。

草野 私は自分が生まれる前の時代に惹かれる性格で、とくにインターネット以前の文化はマスメディアによってつくられた部分が多いと感じます。

私が幼稚園の頃にはアムラーやシノラーが流行っていましたが、そうしたインフルエンサーは今無数にいて、1人のアイコンのファッションを皆が真似る文化はなくなってきています。若い人たちの消費は情報に傾いている。私はその中で、物に溢れ未来に希望を抱いていた80年代“らしさ”みたいなものにも強い憧れがあります。

Neural Fad(2023年)

アートと社会の多面性

── 一方で80、90年代はジェンダーロールが厳しくあった時代です。日本の社会構造の変化について意識している点はありますか。

草野 私はステレオタイプを壊す存在でありたいと考えています。アートだけでなくビジネスもやりますし、子どもたちの母親でもあります。それぞれにいろいろな人を頼りながら、多面的な生き様を見せることは意識します。

欧米ではこの10年でポリティカル・コレクトネスが進みました。日本はまだそれほどの水準には至っていませんが、一方で社会的正義を追求したが故に分断が生じた面もあります。こうした状況の下でおそらく皆全然違う真実を抱えて対立したり歪み合う。私はもう一歩踏み込んだアプローチをしないと互いに歩み寄れないと思っています。あらゆる面で多面的なところを複雑に表現していかなければいけないと感じています。

例えば、映画『バービー』はとても多面的です。バービーには女の子たちをエンパワーしてきた部分もあれば美の基準を押し付けてきた歴史もあり、それをマテル社が自ら認めつつコメディに落とし込んだ優れた作品です。キラキラしながら少し暗い面もあり、それが美しいビジュアルで表現されている。私もそういうものがつくりたいと考えています。

──アートとはまさにジャーナリズムや政治では表現できない多面性を見せられるのが最大の魅力だと思います。

草野 そうですね。今はポスト・トゥルースの時代だと言われますが、生成AIが一般化すると、おそらく皆が見たいコンテンツを自分で生成できる時代になると思うのです。するとディープフェイクも出回るようになり、情報の洪水の中で「スターウォーズ」のファンが自分で生成してエピソード100・・・・・・・・を見る日がくるかもしれない。そうした時代になっても私たちはニュースを見るかどうか。

今、戦場の動画が出回っていますが、私たち自身はそれを実際に確認できません。この動画はフェイクかもしれないけど、やがて気にも留めなくなることにもなりかねません。そうなった時のために物事は多面的であり、真実は1人1人異なることを知っておいたほうがいいと感じています。

Pixelated Perception(2023年)

アーティストとして、母親として

──草野さんは20代前半で出産を経験されています。育児とアートとライフについてはどうお考えですか。

草野 私は、子どもがいなかったらおそらくここまでNFTアートに入れ込んでいなかったと思います。若いうちに子どもが欲しいと強く思っていたので、子どもをもつことが優先事項にありました。その中で時間のある学生時代に子育てを経験したほうが良いという発想に至りました。22歳での出産は周りから早くないかと言われましたが、一方で皆、25歳になると結婚の話を始めたりする。この3年の違いは何だろうと思います。

3年前に2人目の子どもが生まれました。子育てはもちろん大変ではありますが、自分より二回りも三回りも若い人が家にいることで得られるアイデアもたくさんあります。特にメタバースについては息子と話す中でとても多くの気づきを得ることができました。

NFTアートに対する理解も制作当時8歳だった息子はとても早かった。彼はポケモンカードのトレードで相場観を養っていたので、物事すべてに流動性があることを体感的にわかっていました。

──今の時代は子どもをもつことに慎重な人が増えていますが、チャレンジしないと前に行けないこともあります。

草野 そうですね。私は子どもの頃から勉強の得意不得意にばらつきがあり、苦手なことを得意にするために時間を費やすのはやめようと早いうちに意識しました。子育てしながら仕事をするのはわりと得意で、他人に頼る勇気もあったので腹をくくることができたのだと思います。

コラボレーション志向の源

──草野さんはこれまでいろいろな人とコラボレーションをしてこられましたが、それは意識的にそういうスタイルを選んできたのでしょうか。

草野 私はアーティストとして表現したい世界を実現するために、自分だけで手を動かすよりもその領域が得意な人と組んでより良い作品を作ろうと考えるタイプです。そして自分では予期できない要素があるほうが好きです。AIやジェネラティブアートにもそういう側面があり、機械とのコラボレーションから予期せぬエネルギーを取り込んでいます。

こうしたコラボレーション気質は学生時代にスプツニ子!さんと出会えたことがきっかけです。お会いできた時に、80年代の特撮の魔法少女に憧れていると話したら、その世界観をビデオにしては? と言っていただけました。でも私には動画や曲づくりの技術もない。そう言うと、「作りたいものが明確にあるならできる人と組めばいい」とアドバイスをいただきました。

その言葉からSatellite Youngというバンドを始めることになりました。この活動で私は音楽よりもTシャツをつくったりCDジャケットのデザインを決めたり、ミュージックビデオを撮ることに取り組みました。クリエイターとのコラボレーションを通して制作の魅力を感じるようになったのです。

──草野さんが美大ではなく慶應のSFCを選んだのはなぜだったのでしょう。

草野 アーティストとして経済的に苦労しないようにビジネススキルを身につけたかったから、そしてやりたいことがいっぱいあったからです。SFCは学際的でプログラミングを学びながらデザインや起業も学べました。先生も社会で活躍している方ばかりでした。

SFCにはAO入試で入った個性的な人たちもいましたし、一般入試で入ってきた優秀な人たちやマルチカルチュラルなニューヨーク学院出身の人や留学生がいて、互いに刺激し合う多様性がありました。起業している人もいれば小説を出版している人もいました。皆、学生でありながら何かをしている人が当たり前のような環境で、本当に刺激を受けました。

──そういう気風が藝大にも欲しい。

草野 今までも音楽を作ったりインスタレーションを作ったり、さまざまなかたちで創作活動を行っていましたが、2023年に美術の文脈で本格的に、自分名義の作品を発表するようになりました。海外での展示を行い、現地のアーティストと交流を持つようになると、セルフブランディングにもより意識が向くようになりました。

それまではなんとなく書いていたプロフィールもキュレーターの目に留まりやすい客観性が必要だと思うようになりましたし、今ではコレクターとの関係の築き方もアーティストとして重要なスキルだと考えています。

逆に言うと、それができれば好きな作品やより大きな作品を作り続けられます。表現活動をしたい人たちにはそうしたことにも意識を向け制作の自由を獲得してもらい、皆がハッピーになることを願っています。

──これからも新しい表現を切り拓いていかれるのを楽しみにしています。有り難うございました。

 

(2024年2月26日、オンラインにて収録)

 

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。