【特集:エンタメビジネスの未来】 座談会:最前線から考える日本のエンタメの可能性 | ねぇ、マロン!

ねぇ、マロン!

おーい、天国にいる愛犬マロン!聞いてよ。
今日、こんなことがあったよ。
今も、うつ病と闘っているから見守ってね。
私がどんな人生を送ったか、伊知郎、紀理子、優理子が、いつか見てくれる良いな。

曽田歩美様に頼んでマロンの絵を描いていただきました。

【特集:エンタメビジネスの未来】座談会:最前線から考える日本のエンタメの可能性

三田評論ONLINEより

  • 吉田 さをり(よしだ さをり)

    角川青羽(上海)文化創意有限公司董事長・総経理

    1998年角川書店(現KADOKAWA)入社。漫画編集者として数々の作品に携わる。2008年より中国事業を担当し、10年~広州天聞角川動漫有限公司第一編集部総監、雑誌「天漫」特別主席顧問。15年~角川国際動漫教育(台湾)特別顧問を経て、18年より現職。

  • 安部 幸枝(あべ ゆきえ)

    アーチ株式会社プロデューサー

    塾員(2001総)。デジタルハリウッド大学大学院DCM修士(専門職)。株式会社アミューズ、株式会社クリーク・アンド・リバー社、株式会社ジェンコ等を経て現職。映画『この世界の片隅に』『ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語』アソシエイトプロデューサー等。

  • 山田 兼司(やまだ けんじ)

    映画・ドラマプロデューサー(東宝株式会社 所属)

    塾員(2003政)。大学卒業後テレビ朝日入社。報道局を経て、映画・ドラマプロデューサーとして勤務。ドラマ『BORDER』シリーズ、『dele』などを手がける。2019年東宝に移籍。『怪物』(カンヌ映画祭受賞)、『ゴジラ-1.0』(アカデミー賞受賞)等をプロデュース。

  • 三原 龍太郎(司会)(みはら りょうたろう)

    慶應義塾大学経済学部准教授

    文化人類学者。2017年オックスフォード大学大学院博士課程修了・博士(人類学)。専門はアニメを中心とした創造産業の海外展開。ロンドン大学東洋アフリカ研究院(SOAS)金融経営学部講師等を経て2020年より現職。2018年よりアーチ株式会社海外展開顧問を兼務。

日本のエンタメビジネスのステージが上がった?

三原 本日はエンターテインメントビジネスの最前線でご活躍されている皆さまにお集まりいただきました。

日本のエンタメビジネスはここ数年でステージが1つ上がったのではないかという印象を私は持っています。

私は文化人類学という学問分野を専門としており、その観点からアニメの海外展開をフィールドワ―ク(現場密着取材)という手法で追いかけてきました。『涼宮ハルヒの憂鬱』というアニメ作品の北米展開を2007年から2年ほどフィールドワークしたのが始まりですが、その当時日本のアニメは「海外で人気があるがその人気を収益につなげられていない」とよく言われていました。

その理由の1つとして「流通の仮説」と私などは言っていましたが、例えばインターネットはまだアニメ作品の海外への正規の流通チャネルとして確立されていませんでした。ネット空間は海賊版の巣窟というイメージが今よりずっと強かったのです。

また、『千と千尋の神隠し』がアカデミー賞(長編アニメ部門)を受賞したことが日本アニメの世界的人気の象徴的事例として語られていた時期でもありますが、その一方で日本の映画ビジネスが北米の劇場配給網にどれだけ食い込めているのかを疑問視する議論もあったように思います。

しかし、ここ数年でそういった「流通」のボトルネックが解消されつつあるようにも見えます。ネット配信ではネットフリックスやアマゾンプライム、中国のビリビリなどが海外へ向けたアニメ作品の正規の流通プラットフォームとして定着してきました。

また、まさに『ゴジラ-1.0』がそうだと思うのですが、東宝が北米で直接配給をやる動きが出てきたり、漫画では集英社の「MANGA Plus」のように、自社作品を海外の読者に直接配信するサービスも出てきました。

このように、海外への「流通」という観点で見た場合、日本のエンタメビジネスはやはりここ数年でステージが一段上がったと言うことができるのではないかなと思っています。

翻って国内を見ると、最近起きた『セクシー田中さん』事件がある意味で象徴的ですが、エンタメビジネスを進める際にクリエイターの方たちとどのように向き合うべきなのかという論点があります。

日本のエンタメの人気を人気たらしめているのはひとえにクリエイターの創造力なわけで、彼ら彼女らにいかに気持ちよく仕事をしていただきながら、なおかつお金も儲けるかというのは、ある意味でエンタメビジネスの永遠の課題かと思います。

本日は、そのような問題意識を念頭に置きながら、新たなステージに入りつつある日本のエンタメビジネスが世界でさらに飛躍するためには何が必要か、皆様と議論できればと思います。

中国でメディアミックスを展開

三原 まずはこれまでのキャリアや携わってきた作品などについて、簡単に自己紹介をいただければと思います。

吉田 私は、1998年角川書店(現KADOKAWA)入社後、漫画編集部に配属となり、漫画事業をメインとして仕事をしてきました。

漫画の編集者は、作品をゼロから作るところから、メディアミックスのプロデュースまで、基本的にすべてを担当しています。私が入社した頃は、ちょうどKADOKAWAがメディアミックスを本格的にやり始めた時期で、多数の作品に参画してきました。

そうした中、海外で私の担当作品をドラマにしたいという話があり、それが海外との最初の仕事となりました。その当時はまだ「海外で作られるドラマってどんなもの?」という時代でしたが、台湾の制作会社の有名プロデューサーさんより、台湾ドラマにしたいというお話をいただいたんですね。

そこからしばらく東アジアを中心に、原作出版社としての立場で、ドラマへの原作許諾や作品開発、作品に出演する海外のタレントさん絡みのお仕事などを行っていました。

2000年代に入り、いよいよKADOKAWAも中国大陸に進出しようという話になり、2008年から中国大陸の担当となりました。第1社目として、2010年に中国広州に合弁会社の広州天聞角川を設立しました。天聞角川は出版事業をメインにしている会社ですが、商品化をはじめとするメディアミックス事業なども行っており、KADOKAWA本体にある機能を同じように持っている会社です。

そして、2018年に100%子会社の角川青羽上海を作りました。出版事業は天聞角川ですでに成功していましたので、もう一歩先の、中国のオリジナル作品で世界へ進出していく、作品をゼロから作ってメディアプロデュースもしていく、そんなメディアミックスをメインとしたプロデューサー集団の会社として運営しております。

映像の仕事がやりたくて

三原 では、安部さんお願いします。

安部 私は学生時代、ドキュメンタリー制作のゼミに入っていました。就職活動の時には、テレビ局など映像業界を中心に受けましたが叶わず、2001年、アミューズという会社に入社し、IT戦略室というところで、Webコンテンツの制作などに携わり始めました。

それでもやはり映像の仕事にかかわりたいと思い、2005年に開学2年目のデジタルハリウッド大学院で、資金調達やコンテンツ産業についてなどを勉強し、そこで学ぶうちに、プロデュースのほうに進みたいという気持ちが一層強くなりました。

そこから広告会社へ転職し様々な手法でのアニメーションのプロデュースに携わりました。その後、2015年にジェンコというアニメを中心とした企画・プロデュースの会社に転職しました。そちらで、映画『この世界の片隅に』という作品にアソシエイトプロデューサーとして参加し、その作品が国内だけでなく海外でも多くの方に見ていただき、国内外の映画祭でも賞をいただくことができ、海外はそこから意識したところがあります。

そこから、また新しいことに挑戦できる場を求め、今のアーチに転職しました。先頃、サウジアラビアの企業マンガプロダクションズ様と東映アニメーション様の合作劇場アニメ『ジャーニー 太古アラビア半島での奇跡と戦いの物語』に携わらせていただきました。

最新としては、昨年末にYouTubeで公開されたMIXI様製作の『モンストアニメ マサムネ-使命の赤き刃-』に参加いたしました。

報道からエンタメの世界へ

三原 では最後に山田さんお願いします。

山田 私は就職活動の時、ジャーナリズムのほうに行こうと思い、テレビ朝日に報道の採用で入りました。でも、それから1年間ADをやって、2年間報道ディレクターをやっていたのですが、テレビの報道のあり方に自分の目指すものとの違いを感じまして。その時、テレビ局というのは実は映画やドラマも仕事にできるんだと気づいたんですね。

異動願いを出し、テレビ朝日で映画プロデューサーとしてほぼ2年ちょっとやらせていただき、ほぼ同世代のクリエイター、プロデューサーたちと向き合える機会を得ました。その時やった作品としては、小栗旬君主演の『岳』という山岳漫画の映画化が一番大きい仕事の1つです。

その後、ドラマ部に移動せよと言われ、10年以上ドラマプロデューサーをやり続けました。当時は世帯視聴率至上主義で、視聴率を取るためにどうやっていいドラマを作るかというと、やはりいい原作を探すのが常道なんです。でも、テレビ朝日という局は当時ドラマは後発で、ヒット漫画はコンペに勝てず原作権が取れない。

しかし、これが実は僕のキャリアにとっては功を奏しています。なぜなら、「じゃあオリジナルで作るしかない」となったからです。オリジナルドラマは基本的には作家さんとプロデューサーで、ゼロから物語を作らなければいけない。その時に必要になるのは、優れた作家と関係をつくり、書いてもらうことです。一緒にどんな企画がいいのかゼロから開発し生み出す、極めてクリエイティブな作業をずっとやらせてもらえました。

代表作でいうと、小栗旬君主演の『BORDER』という作品。金城一紀さんという直木賞作家の方のオリジナル作品ですが、これが自分では最初の成功体験かなと思っています。

ドラマのキャリア後半で自分の中で一番やりきったなと思った作品が『dele(ディーリー)』というドラマです。これは深夜ドラマの枠だったのですが、今までのテレビドラマの作り方に革命を起こそうと思い、テレビドラマ業界には来てもらえないクリエイターたちを集めて、作り方そのものから変えた渾身のプロジェクトでした。

これが自分の中では一番のテレビドラマ時代の成功体験で、テレビ朝日の歴史で初めてドラマでギャラクシー賞の優秀賞をいただき、その後、カンヌのMIPCOMという世界中のドラマのマーケットでグランプリをいただきました。それが僕が最初に、世界でしっかり日本のドラマが勝負できるんだという経験をしたことでした。

三原 ドラマで輝かしい成果を挙げられたわけですね。

山田 しかし、日本のドラマは国内を向き過ぎていて、いい意味でも悪い意味でもガラパゴスで、このまま自分のキャリアが終わるのは嫌だなという思いもあったんです。その時、東宝の人たちから映画を作らないかと声をかけられ、移籍しました。

東宝で、最初に発表できたのは僕の友人でもある川村元気君が初監督をする作品『百花』です。最初からどうやったら世界で賞を取れるかを考え、コアなクリエイティブチームで、まるで映画研究会みたいな作り方をしました。そうしたら運良くサン・セバスティアン映画祭で最優秀監督賞を取り、世界で勝負する上で、自分たちの方法論は間違っていないと自信を深めました。

その後、『怪物』という作品を発表しました。テレビ朝日時代から脚本家の坂元裕二さんと2人で開発していたのですが、この物語は世界で勝負できるというプロデューサーとしての手応えがあったので、是枝裕和監督にオファーしたら、この物語だったら演出したいと言っていただき、カンヌ映画祭のコンペに入り、脚本賞までいただききました。音楽は坂本龍一さんです。

その『怪物』撮影と同時期に、まさに『ゴジラ-1.0』のプロジェクトが動いていました。自分に白羽の矢が立ち、どうやったら『シン・ゴジラ』を超えて勝負できるかという難題を背負いました。途中コロナで延期になったりしたのですが、ふたを開けてみたら、日本の映画の歴史を塗り替え、まさかアカデミー賞(視覚効果賞部門)にノミネート(注:その後3月10日に受賞決定)されるとは思っていませんでした。

自分は『ゴジラ-1.0』と『怪物』でアカデミー賞とカンヌという、エンタメとアートの二極の世界戦を戦った、現状唯一のプロデューサーなのかなと思います。ですので、まさにこれから世界で日本のコンテンツがどうやって勝負できるかを、日本全体にシェアすることに使命感を持っています。

中国の規制の実情

三原 大変インスパイアリングなお話をありがとうございました。

それでは次に、海外とのかかわりについて、お三方のこれまでのご経験と、そこから感じられている問題意識をお伺いできればと思います。吉田さん、中国の書籍出版流通と、関連する規制はどうなっていて、ご自身はそこにどのようにかかわられていらっしゃるのでしょうか。また中国でのメディアミックスはどのようにやられているのでしょうか。

吉田 中国における紙の出版は非常に厳しい規制があり、作品の内容審査もあります。書籍などの出版は、国の制度としても外資が事業を行うことが制限されており、中国国内での出版は、中国の出版社から行う必要もあります。

また、媒体メディアによって管轄部門が違い、電子と紙ではレギュレーションも審査する部門も違うので、各出版社や配信プラットフォームはこういったことをきちんと認識した上で、対応を行っています。

海外では海賊版の問題も大きく、日本のコンテンツは知名度はとても高いですが、正規版よりも海賊版の方が目立つような時代もありました。そこで、版元から海外ライセンシーに対し正規に版権を許諾し、現地できちんとした正規版を作り流通することで、世界各地の市場が整備されてきた流れがあります。

三原 出版する原作を選ばれたり、中国の作家さんを発掘する際、内容的には、センシティブではないものを選ぶような感じでしょうか。

吉田 内容審査があるため、表現に関しては慎重に対応しています。主に、性的表現や暴力表現などですが、これは中国に限ったことではなく、例えばアメリカにも表現のレギュレーションはありますし、イスラム圏やインドはもっと厳しく、各地域の宗教観や文化・価値観に合わせて対応していく必要があります。

三原 具体的に作品を作られていく中で、最初は大丈夫だと思って進めたけれど後から駄目になってしまうといったことはあるのでしょうか。

吉田 中国案件の経験が少ない場合は、そういうことが起こることもあるかもしれません。弊社の場合は、進出から14年になり、事前対応のノウハウも蓄積されてきたと思います。例えばオリジナル作品の場合は、プロットの時点から内容的に問題がないかを社内で検討していますし、映画やアニメも、皆さん同じ作業をされていると思います。

三原 メディアをまたぐときはどうなるのでしょうか。出版やネットなどメディアごとの規制が異なると、メディアミックスがシームレスにできなさそうな印象がありますが。

吉田 そうですね、メディアごとに審査する部門が別になりますから、タイミングが難しいことはあります。

ただ、日本でもシームレスといっても、1つ1つの流通やそのメディアに合わせた展開を、それぞれの担当部門や会社が行っていますよね。協業することで外から見るとシームレスに見えていますが、1つ1つは丁寧に作りこんでいく必要があります。同じように海外でもそれぞれに対応して、プロデューサーがシームレスに見えるようにセットしていく必要があります。それがプロデューサーの大事な仕事の1つだと思います。

サウジアラビアとの国際共同製作

三原 わかりました。では、安部さん。私も会議に参加させていただいたことがありましたが、サウジアラビアと日本の合作アニメ映画『ジャーニー』は、どのように作品を作っていかれたのでしょうか。特にイスラム圏だと、規範みたいなものが強くあって、キャラクターデザインや服装には結構気を遣うことが多いですよね。

安部 どこに対してどう懸念を持っているのか、通訳された文字だけだと、上手く理解しきれないところがありました。例えば色について言えば、アラビアでは太陽が赤色だというイメージがないということなど、詳しく説明いただきようやく私たち日本側の制作スタッフは理解できました。

また、「青」と「緑」の言葉だけでは、お互いに受け止めている色が同じかどうかはわからない、印象がすごく違うことがあるのだなと、キャラクターの衣装の色彩を検討する中で知りました。言葉だけではなく文化としてわかり合って作っていくことがとても重要なんだと勉強させていただきました。

あとは女性の肌を隠す範囲についてや、アクションシーンでターバンがどのくらい乱れてもいいか、ということなどが話題になりました。

三原 結構、従来のステレオタイプとは違うキャラクターに調整が入った印象がありますね。

安部 大人の男性の見た目はひげを生やしていることがスタンダードだと教えていただきました。

髪の色についても、あるキャラクターで灰色っぽい髪色を提案したところ、実際にこの地域にはそういった髪色の人はいないと指摘をいただきました。そのキャラクターの出自が外から来たという設定ということで調整させていただきました。

世界の賞レースで勝つには

三原 それでは最後に山田さんにお話を伺いたいと思います。あえてストレートにお聞きしたいのですが、海外の映画賞というものはどうやったら取れるのでしょうか(笑)。

山田 僕も聞きたいです(笑)。賞というのはいろいろなものがあって、それこそアカデミー賞からゴールデングローブ賞など、特にアメリカでは無数の賞があります。ヨーロッパではカンヌ映画祭を始め、ベネチア、ベルリンと三大映画祭もあります。他にサン・セバスティアン映画祭など、それぞれ傾向の違う賞が多様に存在します。

世界の賞レースは日本と全然違うと思ったのは、コンセプトが大事だということです。そして、きちんと映画史に対するリスペクトが要る。つまり、連綿と続く世界映画史の中で、今この作品が生み出されているコンセプトと、何が他の作品と違い、何を表現したいのかが、作品としての徹底したオリジナリティとしてしっかりプレゼンできていない限り、受賞は難しい。

作り手には、自分たちが作りたいものを作るということを超えた、広い視座というか教養が要る。そういう部分は実は賞レースに食い込む海外のフィルムメーカーたちは、プロデューサーも含めて当たり前に持っていると思います。

先ほどガラパゴスという言葉を使いましたが、日本は日本のマーケットの中だけで成立してきました。日本人が楽しんで、日本人の感性に合う細やかなハイコンテクストな物語で、なんとかリクープ(回収)できるヒットが生み出せることも多いので、そこがかなり断絶しているかなと。

それは頭で考えても、外に出てみないとやはりわからないことなので、まざまざと体感してみるしかない領域かな、という印象ですね。

三原 日本では芸術のための芸術というか、クリエイターが作りたいものを作りたいように作ることをよしとするところがあり、映画評論みたいなものは敬遠されがちであるようにも思うのですが、海外だとそのあたりは一体化しているという感じなのでしょうか。

山田 映画評論・映画ジャーナリズムが、賞レースや賞を取る作品の評価とつながっている印象です。きちんと機能していますね。日本の批評と製作側はちょっと距離がある印象なので、日本映画界自体が岐路に立っているところだと思います。

三原 『ゴジラ-1.0』はまさにガラパゴスというか、日本の中のいわばジャンル映画的な作品がアカデミー賞にノミネートされたケースだと思うのですが、これは向こうの映画史的な文脈にも乗っていたということなのでしょうか。

山田 すごく大事なことはコンセプトと普遍性だと思います。『ゴジラ-1.0』は、まずどういうコンセプトでこの映画を作るのかという部分で、日本だけではない視座を持っているコンセプトが組めていたのではないかと思っています。

「史上最も近くて怖いゴジラを体感する映画を生み出す」とか、「国が全く役に立たず、民間だけで立ち向かうしかないゼロ状態の時代設定の物語にする」など、です。

普遍性という部分では『ゴジラ-1.0』で描かれている特攻から逃げ帰ってきた主人公の敷島が背負う帰還兵の苦悩の物語が人種と言語を越えて世界中の人たちの感情が動く物語になりました。その両方が満たせたからこそ届いたという手応えは持っています。

三原 それは作っているときに意識していたのですか。

山田 意識していましたね。世界で大ヒットするとは思っていませんでしたが、少なくともプロデューサーの僕は、そういう強度を持つ物語、映画にしたいという思いで作っていました。

三原 クリエイターの方たちにも、そういったコンセプトや普遍性のお話はされたのですか。

山田 巧妙に、このキャラクターはこうあるべきだということは言っていたと思います。頭のどこかで、そういった普遍的な物語、歴史的な視座が多くの人に訴える見え方をするはずだ、という仮説があるからこそ、ディテールの提案によって深めて作品の方向性をガイドしていくんですね。

映画の海外配給を自ら手がけるということ

三原 なるほど。もう1つ『ゴジラ-1.0』でとても興味深いと思ったのは、北米での配給を東宝が直接行ったことです。あれは東宝の会社としての方針だったのですか。これまではあまり見られなかったような取り組みだったと思うのですが。

山田 これはちゃんとお伝えしたほうがいいのですが、誰も予想していなかったし、誰もやろうなんて思っていなかったんです。本当に偶然と奇跡が重なったんですね。

北米展開は、せっかく作ったし、レジェンダリーゴジラが北米でもこれだけ出ているので、和製ゴジラもそれなりに可能性があるかもしれないから一応北米プレミアをやろうという感じでした。そうしたらすごく評判が良くて、「もしかしたら、北米でもヒットがあるんじゃないか」と思った時、たまたまハリウッドでのストライキが長引いて、アメリカ全土で全然作品が揃っていなかったのです。

そのようなこともあって、これはもしかしたら自社配給できるのではないかと。Pixelogicという会社との関係構築など自社配給を実現できる環境は揃っており、うまく転がって、どんどん上映館数が増えていったのです。当初は数百館しか動かせないし、やってもわずかな週ぐらいみたいな話だったんですが、そこからどんどん増えて、気付いたら2千数百館埋まっていたみたいな。

これも「実は全部戦略的にやっていました」と言えたらかっこいいんですが、誰も戦略などしていない。全部偶然と勢いなんです。勢いでやってみたらこんな結果(歴代邦画実写作品の中で全米興行収入1位)になったという感じでしたね。

ストライキもそうですが、アメリカの全国津々浦々にデジタルでデータで送れるという環境が整っていたことも大きいです。これが一昔前だったら現地の配給会社がしっかり根付いていないと、各劇場とのコネクションとか、対面のやりとりがどうしても必要になって、ここまで一気に機動力を持ってできなかったと思うんです。テクノロジーの進化もそういうことを可能にしています。

三原 今後、他の作品でも海外の直接配給をやろうという気運はあるのでしょうか。

山田 この結果が何かしらの扉を開いたのは間違いないと思います。結局、マインドセットが変わることで全ては変わるじゃないですか。だから今回は偶然が重なってすごくいい形になったわけですが、この効果はすごく大きくて、たぶんアニメ映画でも自社配給ということは今後あり得ると思います。

北米でも劇場側が欲しいと思えるようなパワーがある作品であれば自社配給できることを証明してしまったので、そういう意味でのゲームチェンジが起きたかなと思います。

エンタメの地産地消

三原 それでは次に、クリエイターの方々との向き合い方についてお三方のお話をお聞きしたいと思います。

吉田さん、先ほど中国の作家の発掘もやられているというお話がありましたが、それは具体的にどのようにして行うのでしょうか。

吉田 一般的に、日本のIP(知的財産)企業や、版元と言われている企業は、海外に進出する際、日本で作ったものの輸出や、ライセンスビジネスを行うことが多いんですね。

特に出版の版元で海外進出している会社は、以前はほとんどがライツ事業で、基本的に版元の海外展開はライセンスビジネスの延長で、現地拠点もライツ部の出先機関みたいなイメージで考えられているところが多かったように思います。

その中でKADOKAWAは、中国大陸に進出し始めた2008年から、中国現地でのオリジナルIPの開発こそ重要であると考えてきました。全世界の海外拠点でも、日本作品の翻訳出版がメインではありますが、現地のクリエイターや現地の合弁相手の事業を生かし、その地域で一番的確な事業を行っており、これが他社さんとはかなり違うところだと思います。

場合によってはKADOKAWA本社が行っていない事業を海外でやっていることもあります。特に角川青羽上海は、本社でやっていない事業を行うことも多く、逆に本社へのフィードバックも重要な役割になっています。

漫画や小説だけではなく、例えば中国のゲーム会社と一緒にゼロからゲームを作ったり、中国発でミュージカルを作ったり、ドラマや映画も作っていますし、中国産のコンテンツを中国から世界に展開するということをしています。クリエイターは中国の方でなくとも、日本の方でも、どこの地域・国籍の方でも構いません。上海から生まれるクリエイティビティを世界に広げていきたい、と考えています。

KADOKAWAには「グローバル・メディアミックス with Technology」というキャッチフレーズがあります。例えばニューヨークの会社やマレーシアの会社がそれぞれ自分たちで作ったコンテンツが、全世界のいろいろなところで展開していく。日本から海外という一方通行だけではなく、海外のいろいろなところから生まれたコンテンツが世界中で行ったり来たりして広がれば、もっと才能も、作品の数も増えるはずだと思います。

その一例として、角川青羽上海は中国国産作品の制作を行っており、2022年には『齢5000年の草食ドラゴン』という日本のライトノベルを原作として、中国でコミカライズとアニメをセットにした作品制作を行いました。KADOKAWAとしても中国産アニメは初の試みでしたが、配信だけでなく中国でのテレビ放送も実現でき、また中国から全世界への展開も行い、日本では日本語吹き替え版を放送したり、欧米エリアではCrunchyrollが配信してくれたり、というような展開を行いました。

中国のクリエイターとの付き合い方

三原 中国の作家や漫画家といった才能はどうやって見つけてくるのですか。

吉田 広州天聞角川の設立の際に、「現地オリジナルを作りましょう!」と言ったら「いや、そもそも漫画家を指導できる編集者がいないんです」という話になって、最初は編集部を作り、編集者を育てるところから始めました。

その当時、中国には日本的なやり方で作家さんに寄り添う編集者はほぼいない状態だったため、現地の大卒の若い子を採用してゼロから日本の漫画編集の方法を教えて、漫画編集部を作り、そこから中国市場向けの漫画雑誌を発行していました。当時のやり方は、ある意味泥くさい感じで、作家を探して育成して、作品を練って作っていくという感じでやっていましたね。

三原 中国のクリエイターさんと日本のクリエイターさんとでマインドが違うなと思ったことはありますか。

吉田 中国に限りませんが、その産業がその地域にそもそもない場合は、当たり前ですけど違いがあります。日本でクリエイターが育つのは、物語作りが好きなのはもちろんですが、きちんと仕事になってお金が儲かるからですよね。そもそもその地域に映画やアニメ、漫画などが産業として成立していない場合もあるわけです。

三原 中国のクリエイターさんの方が編集者との付き合い方にあまり慣れていなかったりするのでしょうか。

吉田 それもあります。日本式の漫画編集者のやり方は、日本以外でやろうとしても、地域によってはそこまで上手くいかない場合もあると思います。一部の会社さん、例えば韓国や台湾では似たような形でスタジオ形式にしているところもありますが、世界的にはそこまで多くないと思います。

ウェブトゥーンへの挑戦

三原 なるほど。安部さんの会社は、ウェブトゥーンもやられているんですよね。

安部 そうですね。アーチはウェブトゥーンなど新しいものに対してもフットワークよく挑戦しています。

今、アニメは製作費が、いろいろな要因で上がってきており、特にその中でもオリジナルの企画を成立させることがとても難しい状況になってきていると思います。

そこでオリジナルIPを開発していく中で、まずウェブトゥーンで世に出してみるのもいいのではないか、という考えもあるのではと思います。ウェブトゥーン作品原作のアニメ化も増えています。

三原 ウェブトゥーンは、いわゆる伝統的な漫画の作り方というよりは、いろいろなやり方が今実験的に行われているみたいな感じなのでしょうか。

安部 各社さん、いろいろ試みていらっしゃるのだと思います。もともと“横読みの漫画(単行本など従来の形式/専用ビューアーなどを使い横にページをめくっていく漫画)”を作られていた編集プロダクションの会社さんもいらっしゃったり、私たちみたいにアニメ業界から出てくるところもたくさんあります。

ウェブトゥーンはコマ数も非常に多く、毎週更新でフルカラーがベースです。日本の横漫画ですと、伝統的に1人の作家が、アシスタントさんに入ってもらうこともありつつも全ての工程に携わって描く作り方が多いのではないかと思うのですが、ウェブトゥーンの場合、初めから分業制で、細かく工程が分かれているのが特徴的だと思います。

そういったところもアニメと親和性が高いのではないかと思っており、参入して試行錯誤しているところです。

作家性を賞レースに接続する

三原 山田さんが現在身を置いていらっしゃる実写映画の世界というのは、ある意味で非常に伝統的で、特に監督との向き合い方がとても大事であるように思います。他方で『ゴジラ-1.0』では新しい取り組みも多くされていますね。

山田 監督や、いわゆる作家の方が作りたいものはたくさんあると思うのですが、それだけではどうしてもビジネスにならないわけです。だから、そもそも強い原作、それが売れているという前段がないと、日本の映画界でオリジナルで映画を作ることはかなり難しくて、ほとんど企画が通らない。

そこがまず大前提となる非常に難しい世界ですが、じゃあどういうコンセプトだったらヒットするのかという時、プロデュースサイドが、少なくともプログラムピクチャ―的なヒット可能性の高いジャンル群をきちんと歴史的に分析しておく必要があると思います。作家性のある監督がやりたいことと、ある程度以上の商業的ポテンシャルのあるジャンル性を上手く融合させることが必要です。

それをきちんとやれるかどうかで、まず国内で作れるかというハードルを超えられる。でもその先に世界にどうやって打ってでればいいのか、というところで言えば大きく2つの軸があります。1つはアート寄りでも、賞レースにノミネートされることによって商業性を担保しリクープできる可能性を追求するという方向性。もう1つは日本ならではの強力なIPを実写作品として日本のリソースで世界的な強度で創造するエンターテインメントど真ん中の方向性です。そのどちらかですが、後者はゴジラが奇跡的に成し遂げてしまいましたが、本来は無理ゲーです。

なぜなら製作費の規模が10倍から20倍ぐらい違う。日本のエンターテインメント作品のハイバジェットと呼ばれているものが、ハリウッドのそれの10分の1とか20分の1なので、その時点で勝ちようがないというところがまずあるのです。日本作品が世界でヒットすることから逆算して、製作費をたくさんかけられる自信をつけていって、少しずつそのギャップを埋めていかないといけないのですが。

一方、アート寄りのほうは、是枝裕和監督や濱口竜介監督の作品など、ある程度低予算でも、カンヌ映画祭とかベネチア映画祭とか、世界的にプレゼンスのあるところで賞が取れるということがわかっていますので可能性がある。

これは作家性と、今の賞レースの中で、ベネチア向きの題材は何かとか、カンヌの過去の傾向から、こういう題材が今までなかったので狙えるのではないかということをどう接続させていけるか。もちろんそこに大前提として作家として現代の世界に必要な物語とは何かという切実な問いがなければなりません。

かなりの教養と情報量と見立てのセンスが問われますが、そこはプロデューサーと監督が幅広い視座で考える必要があると思います。

三原 そういった議論は監督と直でされるのでしょうか。「賞のために映画を作っているわけではない」といった反発はありましたか。

山田 そうですね。そこは難しいのですが、作品性を追求するという意味合いでかなりディスカッションします。是枝監督とも、賞を取るためという話し方は一切しませんでした。そういうことではなく、『怪物』がどうすればこのテーマをより深く掘り下げられるか、黒澤明が作った『羅生門』とは違った表現としての多角的な視点の物語にどうやったらこの物語を深めることができるのか、といったことを何度も議論して生み出していきました。

また、特にヨーロッパは三大映画祭をはじめ各種の映画祭に、必ず仕切るディレクターがいて、最終的にどれをチョイスするかは、そのディレクターの影響力が大きい。だから理想はある程度そのディレクターから作家性を認知されている必要がある。非公式にそのディレクターたちとのコミュニケーションができると、結果的にある種のクリエイティブ・ロビー活動みたいなこととなり、実は世界中で作家性のある監督は大なり小なりそういうコミュニケーションを行っている。日本はまだそういうところに疎く、実は大きな差につながっているのではというのが自分の1つの仮説です。

三原 そういったロビー活動はプロデューサーの仕事になるのですか。

山田 プロデューサーであり、配給会社のトップとか、コミュニケーションが取れている人ですね。誰がやってもいいんですが、そこの世界映画村の住人になる必要がある。そうしないと認知してもらえないですから。

大学に期待すること

三原 様々なお話を伺ってきましたが、このように様々な可能性と課題のある日本のエンターテインメントビジネスについては、大学としても、研究や教育、人材育成の体制をこれまで以上に整備していく必要があるのではないかとも思われます。そのような問題意識の下で、私どもも実際に慶應義塾大学の中でエンタメに関する各種の講座を開講してきました。

座談会の締めくくりとして、実際に現場でエンタメビジネスに携わられている皆さまの目から見て、日本のエンタメビジネスが世界でさらなる飛躍を遂げるために、大学、特に慶應義塾に何を期待するか、ご意見をいただければと思います。

吉田 おっしゃる通りで、人材が日本にもなかなかいないので、もっと海外に出ていってほしいなあ、と思っています。いろいろな地域の人と混ざって仕事をしていると、海外の優秀な人たちがとても目立ちます。海外のそれぞれの拠点の社員たちは、現地語と日本語プラス英語がしゃべれて、怖がらずにいろいろな人と交流できるマインドがある人がやはり多いです。

日本の学生さんもぜひ頑張ってほしい。今後のコンテンツ産業の市場は、もう日本の市場を見るだけではなく、最初から全世界を相手にしていく必要があると思います。日本から世界中に発信できる時代だから、どこの国の誰が見ても面白いと思えるものを、怖がらずにいろいろな人と交流しながら作っていけるような、そんな日本の若い人が増えるといいのになあ、と思っています。

三原 やはり語学とコミュニケーションがカギになりますか。

吉田 語学力はもちろんあったに越したことはありませんが、実は必ずしもそれだけではないと私は思います。日本で本当にメインの制作をしている現場の方たちこそが外に出ていかないと、結局何を作りたいのか、何をやりたいのか、本当のメッセージが伝わらないのではないでしょうか。

KADOKAWAでも、日本の現場の編集者やプロデューサーが海外拠点の仕事に携わったり、外国人社員が日本の編集部に入って、いつかはグローバルで活躍できるようにと頑張ったり、どんどん交流をしていっているところです。

せっかくエンタメ界に来たのですから、楽しんでなんでもやってほしいですよね。エンタメは結構大変な仕事じゃないですか。辛いこともありますし、時間や気持ちも非常に持っていかれる。クリエイティブにこだわり、熱があって、困難があってもコミュニケーションを取り続けて解決できる人が必要だと思います。そうでないと、やはり人を驚かすものを作るのは難しいと思います。

三原 安部さんのいらっしゃるアーチはまさにそういったフロンティア精神的なビジョンで創業された会社だと理解しているのですが、安部さんはどういった人材が必要だと思いますか。

安部 アニメでも四大国際映画祭がありますが、その一強であるアヌシー国際アニメーション映画祭に行く日本人をどんどん増やしていってほしいというのは切に思っています。そこに、慶應の同窓の方がいるというのはとても心強いだろうなとも。

私もイベント会場、試写室、映画祭会場など、いろいろなところで慶應出身の方に出会うことがあるんですね。それがやはり心の支えにはなります。これからは新しいビジョンを世界に皆で打ち出していってほしいと思うので、まさにゲームチェンジしていく中で新しいことに対し面白いからやってみようという方にぜひ、この業界に来てもらいたいなと思います。

そういうきっかけとなるような講座が慶應で開かれ、それを受講して興味を持ちました、という方がたくさん来てくださるのを楽しみにしています。

エンタメビジネスの大学院が必要

三原 山田さん、大学に期待される役割はどういったところにあると思われますか。

山田 僕の今後10年は、そこにしか期待がなくて、ここで言いたいのですが、僕に大学院をつくらせてください。

先ほど吉田さんもおっしゃっていましたが、国内だけで充足する時代が完全に終焉して、成長する産業にするためには世界にマーケットを広げて分母を広げない限り、どのエンタメも生きていけないという状況が明確になっていると思うんです。もう生き残るためには日本だけでは無理という時代になり、有無を言わさず、世界で分母の大きいところで売り上げが上がるエンタメをつくらなければいけない。

僕は経済産業省からエンタメ産業の未来について相談も受けたのですが、皆さんは日本の産業を新たに創造し整備するのが仕事ならば、これからはまずは世界で勝負できる作品をどう生み出すかを中心に支援することに特化したらどうでしょうか、とお伝えしました。そうでない限りは未来を担う産業にはならないからです。

そのためには世界で勝負できるエンターテインメントとは何かを世界レベルで学べる大学院を慶應はつくるべきだと思うのです。これは、映画学とか映画学科ではなくて、ビジネススクール的な商業性とクリエイティブの学びを融合させた形でつくるべきだと思います。

僕ももともと報道出身で、大学で全く専門的な映画の教育は受けていません。それでも、社会人になってからのOJTで、カンヌで賞も取れたし、アカデミーもノミネートされましたので、全慶應生に言えることは、社会人になってからでもいけるということ。大学院からで十分だということです。

そのためには、良質なビジネススクールが参考になると思っています。ハーバードが編み出した徹底したケースメソッドをエンタメビジネスに入れるべきだと思っているのです。

例えばデビッド・フィンチャーがマーク・ザッカーバーグという実在の人物をモデルに『ソーシャル・ネットワーク』を作り上げ商業的に大ヒットし、オスカーにノミネートされるまでを完全にケースメソッドにして学ぶような形です。映画は総合芸術なのであらゆる要素が入ります。企画開発やストーリーメイキング、資金集め、美術、建築、衣装デザイン、音楽、契約もすべて入ります。

ある映画1つを徹底したケースメソッドにして、過去に素晴らしい結果を残したものでまだ暗黙知のままのものを大学のアカデミズムの中で完全シミュレーションする。それをやると、必ず疑似体験を通じた鉱脈が見つかって、「ああ、こういう戦い方するんだ」とわかっていく。

そこからハーバードが何人もの経営者をケースメソッドで生み出しているように、世界で勝負できるコンテンツクリエイターが何人も生み出されると思うのです。そういうものをぜひ作らせてください。

三原 USC(南カリフォルニア大学)などのフィルムスクールでは、映画界で成功した監督などがお金を大学に寄付することで映画の研究と教育が拡充され、そこで育成された映画人材がハリウッドに供給されるといったように、人とお金と知のエコシステムが大学の内と外で回っているように思われます。翻って日本は、エンタメと大学との間には断絶があるような気がします。

山田 断絶しかなかったですね。大学院をつくるなら、そこの講師はまず世界で賞を取るかヒットを生み出していたり、世界的な結果を残している人であるべきです。そこから少しずつ外に出ていけるようになったら、卒業生たちはそのネットワークで、ハリウッドやカンヌなどに影響力のある有力配給会社にインターンに行ったりすれば、外とのつながりをアカデミズムがつなげられるはずです。

極めて実践的な大学院にすべきです。僕は慶應はエンターテインメントをビジネスとして扱いつつも、クリエイションの本質を深く理解しながら融合させて学べる場を作るのは得意なのではないかと思うのです。

吉田 たぶん海外からも来たい方がたくさんいらっしゃると思います。日本のコンテンツ開発とか、メディアミックスを学びたいという声は本当に多いですから。

三原 先日「日吉電影節」という中国語圏映画の注目作を上映する学内のイベントで、『長安三万里』という中国のアニメーション映画の監督・プロデューサーに登壇していただいたのですが、イベント後の懇親会の席でその方たちから日本アニメのメディアミックスやキャラクター・マーチャンダイジングのビジネスについて非常に細かく質問を受けて驚いたことがあります。日本のエンタメビジネスを学びたいというニーズは、アジアをはじめとして海外にも我々が思っている以上にあるのかもしれませんね。

今日は長い間、熱いお話をありがとうございました。

 

(2024年2月27日、三田キャンパス内で一部オンラインを交えて収録)

 

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。2024年4月号