BBC NEWS JAPAN より
「プーチン氏再選」が確実なロシア大統領選、投票始まる 他にどんな候補がいるのか
ラウラ・ゴッツィ、フランシス・スカー、BBCニュース
ロシア大統領選の投票が15日午前8時から始まった。ウラジーミル・プーチン大統領が当選し、5度目の任期6年を獲得するのはほぼ確実だ。
ロシア大統領選挙の投票は15日から17日まで、3日間の日程で実施される。極東のカムチャツカ半島で投票は始まり、17日午後8時に西の飛び地カリニングラードで締め切られるまで投票は続く。プーチン氏に対抗できる有力な候補者はおらず、どんな投票結果になるのかは分かりきっているのだが。
プーチン大統領が5度目の大統領選に臨むと国民に告げたのは、昨年12月に盛大に開かれた軍事表彰式でのことだった。
クレムリン(ロシア大統領府)で最も華やかな広間のひとつを舞台にしたこの表彰式は、厳粛なものだった。24年にわたりロシアを率いてきた指導者が、ウクライナでの「特別軍事作戦」(ウクライナ侵攻をロシアはこう呼んでいる)に参加した兵士たちに最高の栄誉を授けたばかりだった。
参加者の一部と談笑するプーチン氏のもとに、ウクライナ東部ドネツク州を占領した親ロシア派部隊の指揮官が近づいた。
「我々にはあなたが必要です。ロシアはあなたを必要としています!」。司令官のアルチョム・ジョガ中佐はこう言い、きたる大統領選に立候補するよう促した。その場にいた誰もが、プーチン氏への支持を表明した。
プーチン氏はうなずいた。「いまこそ決断の時だ。私はロシア連邦大統領に立候補する」。
クレムリンのドミトリー・ペスコフ報道官はその後、プーチン氏のこの決断は「まったくの自然発生的なもの」だと説明した。しかし、こうした段取りをクレムリンが成り行き任せにするなど、めったにないことだ。
実際、成り行き任せどころか、十分に準備を整えたメディアマシンが即座に動き出した。
ライバルになり得るどの候補者よりも、71歳のプーチン氏の方が国家指導者としてずば抜けているのだと、あらゆる国営チャンネルが宣伝を開始した。
「(プーチン)大統領への支持は、政党支持を超越する」と、国営テレビのニュース番組で、特派員の一人はそう報告した。「ウラジーミル・プーチン氏は人民の候補者なのだ!」と。
旧ソヴィエト連邦時代の独裁者ヨシフ・スターリンの在職期間には及ばないが、プーチン氏はすでに、スターリン以降のあらゆる支配者よりも長く権力を握っている。
プーチン氏は2000年に大統領に就任したが、当時のロシア憲法で大統領任期は連続2期までと定められていた。このため、2008年から2012年までいったん首相を務めた後、再び大統領に復帰した。
その後、大統領経験者の任期を「ゼロに戻して」リセットできるよう憲法を改正。最大2期12年、つまり2036年まで留任できる道が開かれた。これによって今年や、78歳でむかえる2030年の大統領選への再出馬が可能になった。
プーチン氏は大統領在任中、計画的にその支配力を強めてきた。同氏の支配を脅かす真の脅威はもはや存在しない。同氏を最も痛烈に批判する人物はすでに死亡したか、収監されているか、国外へ亡命している。
それでもクレムリンはあくまでも、ロシアの選挙プロセスは正当なものだと見せかけようとしている。
最終的な選挙結果がどうなるのかは疑いようもないが、当局は投票率の高さをかなり気にしているようだ。投票率が高ければ、プーチン氏の人気の裏付けとして提示されるだろう。
2018年の前回選挙の投票率は、公式発表では68%だった。しかし、国際選挙監視団は票の水増しが複数あったと報告した。
17日に終わる今年の選挙は、かつてないほど投票しやすいものになっている。
ロシアが「新地域」と呼ぶ、ウクライナ国内の占領地域では、選挙の10日前から投票が始まった。ソーシャルメディアには、投票を促す広告があふれている。
占領地域の住民は、投票に行けば一つの選択(あるいは、選択に見せかけたもの)を迫られることになる。
ソ連崩壊から30年以上がたった今も、ロシアで2番目に人気の政党は共産党だ。そして今回の大統領選には、共産党のニコライ・ハリトーノフ氏も出馬している。同党は、ソ連時代を懐かしむ、少数ながら熱心で忠実な人々から支持を得ている。
ほかの候補には、民族主義指導者のレオニード・スルツキー氏や、表向きはリベラルな「新人民党」のウラジスラフ・ダヴァンコフ氏がいる。
政治的立場は大きく異なるものの、3氏とも政府の政策を広く支持しており、現職のプーチン氏に勝てる見込みはない。
ウクライナ侵攻に反対するボリス・ナデジディン元下院議員が昨年に出馬を表明すると、野党派の有権者の間でめずらしく期待感が広がった。
ナデジディン氏は国営テレビのトーク番組に頻繁に登場し、侵攻への批判を述べていた。
しかし、戦争を支持しないと声を上げた多くの人が投獄されてきたこの国で、ナデジディン氏の名前が投票用紙に載ることはなかった。
ロシアの中央選挙管理委員会は先月、ナデジディン氏が候補者申請をした際に提出した署名の15%以上が無効だったとして、同氏の候補者登録を認めないと決めた。おそらく、同氏を支持するため数千人が行列して署名したことに、ひるんだのだろう。
ナデジディン氏が排除されたことで、番狂わせの可能性は皆無になった。
投票に向けてテレビでは討論会が行われたが、プーチン氏は参加しなかった。
その代わりにテレビ各局は、大統領が工場作業員や兵士や学生と会談する演出たっぷりのお定まりの映像を流した。2月末に中継された年次教書演説は、国民のために働く国民思いの指導者としてプーチン氏を位置づけるための、選挙演説だったと広く受け止められている。
年次教書演説でプーチン氏はウクライナでの戦争にいくらか触れたものの、その内容のほとんどは国内の話題だった。ロシア国民の多くがより気にしているのは、ロシアが戦場でいかに成果を上げているかや、いかに西側諸国と果てしなく対立しているかではなく、もっと身近な問題なのだと、それを暗黙のうちに認めていたのかもしれない。
ロシアの指導者は、ロシアの家族にとって従来より「公平」な税制改革や、低迷する出生率の回復を狙った刺激策など、さまざまな社会福祉政策の実施を提案した。
演説は、ロシアが直面する数々の問題をうかがわせる内容だった。家族を襲う貧困のほか、教育制度やインフラ、医療などの質の低下が垣間見えた。
ロシアの大統領を計20年間務めてきたプーチン氏は、こうした諸問題の多くを解決できずにいる。
むしろ今では、ロシアの国家予算の約4割が国防と安全保障に費やされている。
プーチン大統領の施策の多くは、かなりの額の資金投入や投資を必要とする。そしてロシアでは、予算が必ずしもしかるべき先にたどり着かないという深刻な汚職問題を抱えている。
しかしながらそうしたことは、今回の選挙にほとんど影響しないだろう。諸外国のほとんどのオブザーバーは、自由でも公平でもない選挙になるはずだと予測している。
投票に対する本物の熱意が国民の間にない状態で、代わりに他の候補たちの選挙動画がソーシャルメディアで話題になっている。どれも大げさに戯画化された内容で、いわゆる「ネタ」扱いされているのだが。
動画の中で共産党のニコライ・ハリトーノフ候補は、不安定な商品市場の最新ニュースを聞きながら、拳を握りしめて怒っている。「資本主義をしばらく試してみたが、もうたくさんだ!」と候補は宣言し、赤の広場を横切る。選挙に勝って、そのままクレムリンの主になるという想定だ。
もちろん、そんなことには決してならない。
別のビデオでは、ロシア自由民主党を率いる民族主義者のレオニード・スルツキー党首が主役だ。2年前に亡くなるまで30年間、同党を率いた故ウラジーミル・ジリノフスキー氏の事務所で椅子に座っていると、助手が机の上にあるジリノフスキー氏のネームプレートを交換しようとする。すると、「だめだ、そのままにしておけ!」とスルツキー氏が命令するという演出だ。
つまりこの動画は、主役はあくまでもプーチン氏で自分はわき役に甘んじることで大満足なのだと、そう表現しているに過ぎない。
ただひとつ興味深い展開になり得るのは、ユリア・ナワルナヤ氏からの提案だけだ。2月に獄死した野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の妻として、ナワルナヤ氏は夫が死んだのはプーチン氏のせいだと公言し続けている。
そしてナワルナヤ氏は有権者に向かって、17日正午に各地の投票所に押しかけ、だれでもいいのでプーチン氏以外の候補に投票するよう呼びかけている。
「私たちは存在する、そして大勢いるのだと示すために、投票日を使う必要がある」と、ナワルナヤ氏は動画で呼びかけた。
しかし、この運動は、実質的な変化の実現が目的ではなく、プーチン氏に反対する人同士が投票所で静かに仲間を見つけられるようにすることだと、ナワルナヤ氏が認めている。
3月18日にロシア国民が目覚めれば、プーチン氏が再選されたと知ることになるのは確実だ。
モスクワで祝賀集会に臨む大統領は、もしかして涙をぽろりと流すのかもしれない。2012年の大統領選の時はそうだったので。そして有権者に自分を信じてくれてありがとうと、熱弁するのかもしれない。
そしてこれから6年間、見せかけの民主主義がさらに続くのもほぼ確実だ。
(英語記事 Russia election 2024: Voting begins in election Putin is bound to win)