竹内純子:日本のGX(グリーン・トランスフォーメーション)をいかに進めるか | ねぇ、マロン!

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【特集:エネルギー安全保障を考える】竹内純子:日本のGX(グリーン・トランスフォーメーション)をいかに進めるか

三田評論ONLINEより

  • 竹内 純子(たけうち すみこ)

    国際環境経済研究所理事、U3イノベーションズ合同会社代表、東北大学特任教授・塾員

GXとは何か

政府は今、主要政策としてGX(グリーン・トランスフォーメーション)を掲げている。令和4年7月に内閣総理大臣を議長とするGX実行会議が設置され、翌年にはGX基本方針を閣議決定、5月には関連法案を成立させた。

エネルギー安定供給の確保を前提としつつ、脱炭素社会を実現し、わが国の産業競争力強化・経済成長につなげていくことを目的としており、この分野に官民合わせて10年間で150兆円という大規模な投資を期待している。民間投資の呼び水となるよう、政府としては20兆円の支出を予定しており、これは、米国が同じような目的で制定したインフレ抑制法による支援と、GDPや人口比などを考えれば遜色ない規模だ。

少子高齢化や社会保障費の増大により逼迫する財政の中で、政府としてはいわば乾坤一擲、この分野で成長戦略を描くことに賭けたわけだが、そのビジョンが十分に伝わっているとは言いづらい。中小企業経営者の5割以上がGXを知らないという調査もある*1。国民生活、経済に大きく関わる施策であるにもかかわらず、深刻なコミュニケーションの齟齬が生じている。

GXは極めて息の長い施策であり、かつ、産業や暮らしも含めた社会変革である。長い航海において北極星*2の位置を確認することが必要なのと同様、ビジョンの共有がまず求められる。本稿においては、GX実行会議で交わされた議論を踏まえ、課題や展望を整理したい。

まず、GXの定義から確認する。GXとは、化石燃料からクリーンエネルギーへの転換を核として、経済・社会、産業構造全体の変革を目指すものだ。政府は、GXとDX(デジタルトランスフォーメーション)の同時進行によって、社会の持続可能性を高めようとしている。

エネルギー転換が急がれる理由は気候変動だけではない。エネルギー・資源が国際政治の舞台で公然と武器として振り回されるようになり、先進国中最低であるエネルギー自給率の引き上げを急ぐべきであることが挙げられる。

また、人口減少・過疎化によって従来のネットワーク型エネルギー供給システムが維持しづらくなっていることや、自然災害の増加によりレジリエンス(回復力)を高める必要が生じており、「自律分散型システム」の構築が急がれていることが指摘できる。

しかしGXはエネルギー転換に留まるものではない。それを契機あるいは手段として社会の構造転換を進めることが期待されている。人類はこれまで、エネルギー転換に促される形で、数次の産業革命を経験してきたが、GXは、「21世紀の産業革命」と言えるだろう。デジタル化は、即ち電化であり、電力供給システムと一体的に考えなければならない。デジタルインフラと電力グリッドを重ね合わせて新たな社会システムを構築することで、社会の持続可能性が飛躍的に高まると期待される。GXとDXの同時進行が必要とされる理由はここにある。

CO2の削減を目指す“カーボンニュートラル(CN)”から、付加価値を創出し、社会の持続可能性を高める“グリーン・トランスフォーメーション(GX)”に発想が転換されたことは、大きな意義を持つと筆者は理解している。

GXを進める上での前提条件

社会の脱炭素化に向けては、様々な技術が必要とされる。しかし柱となるのは、需要側における電化の進展(例:ガソリン車から電動車への転換)と、電源の脱炭素化(例:火力発電から再生可能エネルギーや原子力への転換)の同時進行だ。

現在、電気が最終エネルギー消費に占める割合は3割程度で、あとの約7割はガスやガソリン、灯油などの非電力である。高効率化によってこの7割から出るCO2を削減することはできるが、ゼロにすることはできない。しかし、例えばガソリン車を電気自動車に乗り換え、その電気を再エネや原子力などの脱炭素電源によって生み出せば、運転時のCO2排出はゼロにすることができる。

電化の自律的な促進に向けて、安価な脱炭素電源を潤沢に確保することが、GXの最初の一歩となる。

需要の電化に加えて、デジタル化は急速に電力需要を増加させる。国立研究開発法人科学技術振興機構のレポート*3によれば、情報化社会の進展に伴う世界の情報量(IPトラフィック) は2030年には現在の30倍以上、2050年には4千倍に達すると予想される。現行技術のままでは莫大な電力消費になるため、省エネ技術の改善と革新的な新技術開発が必須とされる。

スマート国家を掲げ、デジタル化に先進的に取り組んできたシンガポールで、電力の安定的な確保が見込めなくなるとして2019年から3年間、データセンターの新設が禁止されていたように、電力供給が確保できなければデジタル化の大きな制約となりかねない。東京電力パワーグリッドが既に受け付けている新規のデータセンターによる電力需要増は2028年までに約600万kWに達している。シンガポールのデータセンター新設禁止は決して対岸の火事ではない。

GXとDXを整合的に進めるには、潤沢・低廉・安定的な脱炭素電源を確保する電力政策が大前提だ。それに向けてわが国のGXがクリアしなければならない2つの課題について論じたい。第1が電力自由化の修正、第2が原子力政策の立て直しである。

安定供給と脱炭素政策の両立に向けて──電力自由化の修正

潤沢・低廉・安定的な脱炭素電源の確保はGXの最初の一歩であると述べたが、近年わが国はたびたび電力供給力不足に襲われている。福島原子力発電所事故を契機に約16GWの原子力発電所が廃止され、さらに小売り事業の全面自由化が行われた2016年以降休廃止された火力発電所は14GWに上る。同期間に再エネは9GW以上増加したが、その中心である太陽光発電が発電しないとき(冬の曇天、夏の夕方)を中心に、需給ひっ迫が生じやすくなっている。供給力不足は複合的な要因に拠るが、従来の市場設計が行き詰まっていることは間違いないだろう。

まず指摘すべきは、電力供給側の投資判断が極めて難しくなっているという現状だ。その背景には電力需要の不確かさがある。2017年に上梓した『エネルギー産業の2050年 Utility 3.0へのゲームチェンジ』の中で示した試算では、人口減少等により、2050年の電力需要は現状比0.8になる可能性がある一方、温暖化対策として需要側の電化が進めば現状比1.2倍となった。2050年にカーボンニュートラルを実現するのであれば、2050年の電力需要は現状比1.5倍になるという研究機関の試算もある。カーボンニュートラルを目指す政策は不変だとしても、電化推進の政策強度は、経済・産業の実態を踏まえて調整されるだろう。人口減少の進展と、気候変動対策としての電化推進策のはざまで、需要見通しが現状比0.8から1.5倍と、ほぼ倍の開きがある。移行期間に必要とされる火力発電は特に、脱炭素電源の導入量に影響されるため、投資判断が極めて難しくなっている。

安定供給と脱炭素化を競争市場で両立させることが難しいという指摘は、海外でもなされている。日本も含めて世界各国が採ってきた改革手法は、規模の経済性等を根拠とする従来の法的独占体制に対し、送配電網を共通のインフラとして開放し、発電・卸売りと小売りの分野に新規参入を促進することだった。発電分野では多数のプレーヤーの参入により市場支配力を払拭し、限界費用による価格形成がなされる卸電力市場を実現する。その市場に委ねれば、社会的厚生の向上が図られ、安定供給のための適切な投資が誘引されることを期待したのである。

しかし電力は同時同量の制約を負い、生産即消費される。市場価格が短期限界費用により決定されがちな卸電力市場をベースとすると、固定費の回収不足が課題となる。カーボンニュートラル社会を支えるエネルギーの柱は脱炭素電源となるが、固定費比率が高い脱炭素電源への投資を適切に確保するためには制度設計を根本的に再考する必要があるという指摘が近年、各国の研究者からなされている。

適切な電源投資がなされていない現状を踏まえ、政府は、「長期脱炭素電源オークション」という新たな制度を導入して、固定費負担の大きい脱炭素電源投資をローリスクローリターンにしようとしている。こうした制度が十分に機能するかどうか、これまでのシステム改革の評価・検証とあわせて監視していく必要があろう。

そもそも、電力自由化の主たる狙いは電気料金の引き下げにあった。しかし、各国の経験を見ても、自由化によって電気料金が低減すると明確にいえる状況にはない。わが国でも、燃料価格が低下する局面では自由化料金の低減が進んだが、上昇局面に転じて以降は自由化料金が規制料金を上回る事態もみられた。燃料調達の交渉力や災害対応などあらゆる観点から自由化の功罪を検証する必要がある。

なお、電気料金の引き下げに大きな影響を与えるのが、政府が導入を決めたカーボンプライシングだ。政府は2028年度を目途に石油・石炭などの化石燃料輸入事業者に対して賦課金を導入する。2026年度から企業の排出量取引を本格化させ、33年度頃からは発電事業者に対してCO2排出量の「有償オークション」を導入する方針を示している。発電事業に過度なカーボンプライスがかかれば、電気料金が上昇し電化を阻害する。気候変動対策の王道を踏み外すことにならないよう、カーボンプライシングの制度設計にも留意が必要だ。

原子力のしんどさと向き合う覚悟を

脱炭素電源の確保に向けて、政府は再エネを主力電源にすることを掲げている。2012年に導入した再エネの固定価格買取制度によって、わが国は太陽光発電の導入量(設備容量)でいえば中国、米国に次ぐ第3位となっているが、さらに洋上風力などに注力する方針だ。

しかし、狭く山がちな国土や、欧州と比べて恵まれない風況、遠浅の海が狭いことや漁業権交渉の複雑さなど、そのポテンシャルには限界がある。加えて九州など地域的に既に大量の再エネが導入された地域では、発電が過剰になるタイミングには出力抑制せざるを得なくなっている。送電網を整備して再エネの電気を活用しようとしているが、稼働率の低い再エネの電気を運ぶための送電線は、当然、稼働率が低くなる。地域的・時間的に偏在する再エネを活用するには巨額の投資が必要となる。再エネのポテンシャルに限界がある一方、わが国は製造業主体の産業構造で、電力需要は大きい。

こうした条件下にあるわが国が脱炭素を目指すのであれば、原子力抜きには考えられないことは自明であり、そのしんどさと向き合う覚悟を決める必要がある。

昨年8月、岸田首相が「足元の危機克服とGX推進を両立させる」として、原子力政策の立て直しに着手したことは、非常に重要な一歩だ。これを受けて、新卒の人材採用を増やした原子力メーカーもある。しかし、既に10年以上に及ぶ原子力政策の停滞により、サプライチェーン全体の技術・人材の維持が困難になっている。大手電力会社においても、発電所の運転員として入社した若手社員が「動いている原発を見たことがない」というような状況では、健全な原子力事業運営は難しいだろう。技術は使ってこそ進歩するものであり、立て直しを図るのであれば今がギリギリのタイミングだと筆者は感じている。

原子力発電に国民に安価で安定的な電力を安全に提供する戦力としての役割を期待するのであれば、政治がしなければならないことは山積している。喫緊の課題を3点に絞って指摘する。

1点目は政策の安定性だ。原子力政策の転換が一時的なものではないことを示さなければ、立地地域の方々も産業界も疑心暗鬼に陥りかねない。どのような技術利用も同様であろうが、「今必要だからちょっと使いたい」といった安易な利用は、原子力は特に不可能だ。昨年5月、原子力基本法に原発の活用は国の責務であることが書き込まれたが、東京電力福島原子力発電所事故以降、原子力政策大綱の策定も廃止され、わが国の原子力技術利用の方針は、主としてエネルギー基本計画において示されるのみとなっている。

エネルギー基本計画の策定はエネルギー政策基本法に定められた政府の義務であるが、あくまで政府が策定し閣議決定をするにすぎない。国会審議を経たものではなく、政権交代等によって政策変更があれば、エネルギー基本計画で定められた内容は引き継がれるとは限らない。その上、そのエネルギー基本計画でも原子力利用について明確な方針が提示できているとは言い難い状況だ。より高いレベルで国にとっての原子力の位置づけを明示し、進捗を管理していく体制の構築が必要であり、国民および立地地域への説明責任もその過程で果たしていくべきだろう。

2点目が、安全規制の進化と賠償制度の見直しである。原子力は潜在的危険性の高い技術であり、事前予防(安全規制)と事後救済制度(賠償制度)の確保が極めて重要である。福島原子力発電所事故後、わが国の安全規制は規制機関の組織体系も含めて抜本的に見直された。国民が規制機関にも不信感を抱く中で、新たな基準を策定し審査活動を進めてきたことには敬意を表するが、行政活動に求められる効率性・一貫性の点において十分とは言い難い。一例を挙げれば、原子力発電所を停止させたうえで審査を行うという方針は、当時の原子力規制委員会委員長の「私案」が定着したもので、法的根拠が明確ではない。行政機関である以上、国会がチェック機能を果たす体制なども検討する必要があろう。米国では議会が規制委員会の活動をチェックする。

また、わが国の原子力損害賠償制度は、事業者が無限の賠償責任を負い、政府はその事業者に対して無利子で資金の貸し付けを行うに留まる。無限の賠償責任を負う可能性がある事業を、自由化された競争市場に置かれた民間事業者に委ねるのは無理がありすぎる。原子力技術利用を国の責務とするなら、万が一の事故における国の責任を強化しなければならないだろう。

3点目が、電力自由化の修正だ。原子力は初期投資が莫大で、廃棄物処分まで含めれば事業期間は超長期にわたる。自由化には効率化というメリットが期待されるが、投資回収の予見性の低下というデメリットがある。新規建設を検討するとしても、自由化市場では資金調達コストが上昇してプロジェクトが成り立たない。米国や英国など、自由化した各国が原子力発電の新設を進めるために導入した、資金調達コストの低減や収入の変動に対する耐性を高める制度設計をわが国も検討する必要がある。

このほかにも、放射性廃棄物処分場の選定や福島の復興・廃炉の着実な進展に向けた支援、核燃料サイクル政策の見直しなどの課題もある。複雑な課題を1つ1つ解いていくのは、極めてしんどい。

原子力技術は、発電の手段という位置づけを超え、その利用にあたっては国家の覚悟が問われる。原子力の課題の多くは、技術の課題というよりも、政治の問題なのだ。エネルギー政策は国家の生き残り戦略であり、わが国が掲げるGX戦略において原子力は欠かすことのできないピースである。原子力の活用に向け、現実的かつ本格的な議論が始まることを期待したい。

Energy with X の発展に向けて

わが国がGXを進めるべき理由は、気候変動対策だけではない。人口減少・過疎化が進み、働き手の減少・後継者不足、交通弱者、買物弱者、医療・福祉サービスなど、地域社会は多くの課題を抱えている。これら地域の課題を解決し、持続可能な社会に転換しなければならない。持続可能な社会を実現するために、社会基盤である電力システムの変化・進化が求められるが、その実現には、新たな顧客価値を生み出すエネルギー産業と他産業との協業が必須であり、これを筆者は「Energy with X」と呼ぶ。例えば、変動性の高い再エネをより大量に導入するには、分散型コンピューティングシステムを活用してデジタル価値や環境価値を生成・提供するといったビジネスが考えられる。再エネの導入拡大のために送電網の整備を進めようとする動きもあるが、デジタル情報を伝送する光ファイバーケーブルは、電力ケーブルに比べて二桁断面積が小さく、敷設が非常に容易だ。電気の産地でデータを演算加工してから運ぶ方が合理的だ。

このようにエネルギー×デジタル×金融、あるいは、エネルギー×モビリティといった産業間の融合が今後のGXのカギとなるだろう。産官学、あるいは、産業セクターを超えた協業こそが、GXの推進力となる。そうした協業を生み出す人材育成・組織運営への転換が必要だ。

 

〈註〉

*1 「GX知らない」中小企業経営者の5割超 民間調査(2023年4月14日、日経GX)https://www.nikkei.com/prime/gx/article/DGXZQOUC112MN0R10C23A4000000

 

*2 COP28では、1.5℃目標(産業革命前からの温度上昇を1.5℃以下に抑える)を北極星にたとえる発言が各国から相次いだ。

 

*3『情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響』Vol.1~4

 

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。2024年2月号