稲垣文昭:未だ続く旧ソ連空間再編──資源地政学とエネルギー安全保障の視点から | ねぇ、マロン!

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【特集:エネルギー安全保障を考える】稲垣文昭:未だ続く旧ソ連空間再編──資源地政学とエネルギー安全保障の視点から

三田評論ONLINEより

  • 稲垣 文昭(いながき ふみあき)

    秋田大学大学院国際資源学研究科教授・塾員

はじめに

ロシアによるウクライナ侵攻が開始されて、早くも2年が過ぎようとしている。この悲劇がどのように終わるかは、残念ながら未だ見えてこない。だが、ロシアによるウクライナへの侵攻は、突如起きたものではなく2014年のロシアによるクリミア侵攻から連続した失地回復運動といえよう。また、ウクライナとロシアは、それ以前から天然ガスの供給を巡り対立してきた。ただし、旧ソ連圏における天然ガス供給などエネルギー供給をめぐる対立は、ロシアとウクライナの2カ国間だけに見られるものではなく他にも散見される事例であり、ロシアの失地回復的な動きと合わせて旧ソ連空間の秩序再編がソ連解体(1991年末)から終わりなく続いていることを示している。

地政学とは

ここで、旧ソ連空間の秩序再編について、資源地政学およびエネルギー安全保障の視点から捉えてみたいが、まずは地政学的な視点を簡単に整理したい。

現代地政学の祖と言われるハルフォード・マッキンダーは20世紀初頭に「ハートランド理論」を示し、大陸国家(ランド・パワー)と海洋国家(シー・パワー)間の対立を軸に国際関係を捉えた。マッキンダーが示したハートランドとは、北極圏とそこに注ぐ河川からなるユーラシア大陸の内陸部である。凍てついた北極海の航行は難しく、外洋から河川を遡行して内陸部にアクセスすることはできない。つまり、ハートランドとは外洋へ直接アクセスできない地域であり、外洋を通じて交易を行うシー・パワーと対立するとみなした*1。そして、そのハートランドとは、旧ソ連の領域とほぼ同じであり、ロシア帝国およびその継承国であるソ連はランド・パワーとして、インドやアラビア半島を支配したシー・パワーである英国と対立、中央アジアとイラン、アフガニスタン国境で両者の勢力圏が確定した。

以後、ハートランド理論に立てば、英国に代わり米国がシー・パワーとしてランド・パワーのソ連による南方進出へ抵抗してきた。ソ連による「アフガニスタン侵攻(1979年12月)」は、ランド・パワーソ連によるシー・パワー米国への挑戦であった。そして、このアフガン侵攻とそれに先んずる「イラン・イスラーム革命」へのソ連介入への懸念もあり、1980年に米国は「カーター・ドクトリン」を発表し、中東地域へのソ連の介入に対し武力を用いて対抗する方針を示した。このように外洋への出口を持たないハートランド国家ロシアは、外洋への出口を求めて南下し、シー・パワーと対立した。そしてこのロシアの南下政策で得られた支配領域は、ソ連の共産主義体制下で国家として制度化されロシアに組み込まれていった。

エネルギーインフラの再編と国家間対立

ソ連は、形式上は15共和国による連合体であったが、その実は中央集権体制の単一国家であった。マッキンダーは、ハートランドの南部、つまり中央アジア地域を遊牧民や騎馬民族が往来しそれが欧州の脅威となったことを指摘しているが、「シルクロード」が示す通り、古来よりこの地は東西の交易路であった。だが、ロシア支配により東西の交易路の役割は閉ざされ、南北のベクトルがハートランドの秩序を形成した。ソ連解体とは、ハートランドが東西に再度解き放たれ、秩序再編が始まったことを意味した。中国の「一帯一路」構想もその1つの動きと言える。

他方で、ソ連体制下で国内インフラとして整備されたエネルギーインフラが構成共和国間を有機的に結びつけ、その単一国家性を強化した。例えば、カザフスタンは産油国であるが、その製油所はカザフスタン産ではなく、シベリア産の石油を精製していた。カザフスタン産の石油は、パイプラインでロシアの製油所に送られていた。電力インフラも同様であった。ソ連時代にカザフスタンの北部は、ロシアの電力網「統一電力系統(UPS)」に組み込まれ、ロシアの発電所から電力を供給されていた。カザフスタンにも発電所はあったが、それらの発電所とカザフスタン北部との間には送電線がなく、カザフスタン南部は他の中央アジア4カ国とともに「中央アジア電力系統(CAPS)」に組み込まれていた。CAPS内も発電所と消費地が国境を跨ぐ形で結ばれていた。例えばタジキスタンの発電所は同国南部に集中するが、その発電所から同国北部への送電線は未整備で、隣国ウズベキスタンを経由して送電せざるを得なかった。

ソ連時代は中央政府の指示に従いこれらのインフラを通して電力や石油、天然ガスの資源分配が行われた。だが、ソ連解体後にはこれらのエネルギーインフラは当該国家間の調整が必要な国際インフラ化した。そして、供給国がエネルギー資源を外交手段として使う動きが散見されるようになった。例えば、1996年にロシアはカザフスタンへの電力供給を停止した。これは、ロシア国内での電力自由化に伴う電力料金値上げをカザフスタンが拒否したことが発端であったが、カザフスタンにすれば外交圧力としてとらえられるものであった。またウズベキスタンは、隣国のタジキスタンへの天然ガス供給を2013年に停止した。その理由は、やはり料金未払いが理由だが、タジキスタン側は外交的圧力としてとらえていた。というのも、タジキスタンは、ウズベキスタンの上流国に位置し、水資源分配について両国は対立していた。さらに両国は、歴史認識や領土問題で対立していたことで、資源分配の協議が円滑に進まなくなった。

このようにソ連解体はその重厚長大な国内インフラを国際インフラに転じさせた。そして、その維持には国家間協調が不可欠であったが、各国はそれを自国内で完結する国内インフラとして再編することを優先した*2。だが、その自国優先が隣国との対立の一因にもなった。

エネルギー安全保障概念の変容

そもそもロシアを除く旧ソ連諸国、とくに中央アジア諸国は、ソ連以前に独立国家であった経験もなく、人材の面でも不足しており正に国家建設期にあった。欧州でEUが誕生し域内の国境が低くなっていく一方で、旧ソ連空間では国境が出現し、その国境に沿った国家の役割が強化されるようになった。そのような新生国家にとり、エネルギー供給の不安定化は正統性も揺らがせるものであった。2010年にキルギスで起きた政変は電気料金の値上げが発端であったし、ソ連時代以来カザフスタンの指導者であったナザルバエフ初代大統領が権力を失うことになった2022年の騒乱も、LPガスの値上げがきっかけであった。そして、資源国としては、自国のエネルギー需要を優先し国民の支持を強化する一方で、時にはその資源を他国への圧力手段として用いることがエネルギー安全保障政策といえよう。

他方で、ロシアや旧ソ連諸国は、国際的なエネルギー供給国であり、それらのエネルギー安全保障政策は欧州や日本などの需要国に直接的な影響を及ぼす。そもそも、エネルギー安全保障という概念は、需要国側の概念であった。その始まりは、20世紀初頭の第1次世界大戦の折に、英国がドイツのUボート(潜水艦)対策として軍艦の燃料を石炭から重油に変更したこととされる。Uボートに対抗するために重油を用いることで船舶の速度を上げることを英国は目指したが、その際に石油の供給経路が問題となった。つまり、石炭とは異なり石油は本国から離れた場所から調達せざるを得ず、その供給の安定化が課題となったのである。このエネルギーの供給安定化に焦点を当てたものを「古典的エネルギー安全保障」と呼ぶ。その古典的エネルギー安全保障に焦点が当たったのが、市井でも石油が重要なエネルギーへと転じていた第2次世界大戦後、特に第1次石油危機(1973年)であった。

第4次中東戦争を契機とした中東諸国による石油禁輸措置は、先進国にG7を結成させ、国際エネルギー機関(IEA)を創設させた。主たる石油の需要国である先進国は、石油の安定供給のために共同歩調をとる枠組みをつくったのである。なお日本は、サンシャイン計画(1974年)で、新エネルギー(地熱、太陽光、水素、石炭液化など)開発や省エネ技術の開発を進めた。欧州諸国も同じく新エネルギーの開発に取り組む一方で、ソ連に接近し中東依存度を減らすようになった。このように先進国は、エネルギー源および供給地の多様化で安定供給を模索した。他方で、ソ連としては欧州諸国を、米国から切り離す手段としてエネルギーを用いるなど、エネルギーを自国の安全保障手段として用いる供給国側のエネルギー安全保障の姿が見られた。

だが、このエネルギー安全保障が大きく変わってきているのが今日である。欧州諸国は、エネルギー安定供給のためにソ連、そしてその後継国であるロシアとの関係を強化してきた。だが、ロシアとウクライナの対立はその天然ガス供給を不安定化させた。また、1970年代にも問題になっていた環境問題は公害から地球温暖化へと焦点がシフトし、脱炭素化も新たなエネルギー安全保障の対象となった。さらには、2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の目標7で示された通り、エネルギーアクセスもエネルギー安全保障の課題となった。これは、先のカザフスタンとキルギスの政変でも見られた問題である。つまり、2000年以降のエネルギー安全保障は、単に供給の安定化だけではなく、地球温暖化、市井の人々への安価で安定的な供給など新たな課題が盛り込まれるようになった。これを「新エネルギー安全保障」と呼ぶ。

他方で、この流れは地政学から捉えた世界像にも影響を及ぼす。マッキンダーがハートランド理論を打ち出したのは、前述の通りエネルギー安全保障が誕生した時期と重なる。エネルギー動向としては、石炭から石油へのシフトが始まった「第3次エネルギー革命」の時であった*3。マッキンダーは、国家間の成長の不均衡は、資源の賦存状況や戦略上の有利不利の差、つまり陸地や海の配置、天然資源や天然の交通路などによって変わるとしているが、その際に鍵となる資源は石油や石炭であったことは時代背景を考えると想像に難くない。資源の賦存状況、陸地や海の配置といった自然環境・地理的条件は、化石燃料の賦存状況、そこへのアクセスについての自然環境条件が地政学的な条件と言える。そして、その条件に基づいた戦略がエネルギー安全保障と言えよう。

ただし、マッキンダーは、ハートランドを支配してきた騎馬民族や遊牧民が永続的な帝国を建設できなかった理由としてマン・パワー不足を指摘し、必ずしも資源に着目しているわけではない。なるほど、資源があろうともそれを活用する技術がなければ、資源ではなく単なる鉱物となる。その資源に価値が生まれるのは技術であり、それを生み出す人材となる。さらには、その人材や技術を自然環境と戦略のどちらに分類するかで地政学のあり方も変わるであろう。

おわりに──資源の在り方と今後

そもそも、資源とは何であろうか。国際政治学では、自国以外の政策を自国に優位になるように変化させる力の源泉が資源と捉えられ、エネルギーや素材といった天然資源だけではなく、軍事力、経済力に加えて規範や価値など文化的なものも資源とされる。当然ながら、化石燃料の賦存量はこの力の源泉たる資源である。だからこそ、産油国の国際機関であるOPECが石油生産量をコントロールすることで一定の優位性を持ってきた。また、先に述べた資源を開発し活用する技術、そしてその技術を生み出す人材も資源と言える。おそらく、資源とは快適な生活環境を作るための原料であり手段(=技術)と言えよう。そして、地政学とエネルギー安全保障論が生まれた100年前に、より多くの熱量を得られるエネルギーの活用が快適な生活環境に不可欠と考えられ第3次エネルギー革命が起きた。だが、現在の快適性は少ない温室効果ガス排出が求められており、求められる資源が化石燃料から脱炭素型の資源へとシフトしつつある。

なお、筆者は、自然環境・地理条件などを整理した地政学をパソコンやスマートフォンのOS、エネルギー安全保障をそのOSの中で動かすアプリと考えているが、これまでのOSたる資源地政学は、石油・天然ガスなど化石燃料を軸に作られており、さらにその資源地政学OSで最適な資源確保・活用を行うものがエネルギー安全保障と言える。だが、脱炭素化の流れの中で求められる資源が変わるとともに、OSも必然的にアップデートされ、アプリであるエネルギー安全保障もまたアップデートが求められている。例えば、再生可能エネルギーに必要なレアメタル、レアアースなど鉱物資源では中国が有力な産出国であり、対中戦略には自ずとエネルギー安全保障政策の側面が入り込んでくる。

他方で、ハートランドたる旧ソ連圏は重要度が低下するかと言えば、むしろ旧ソ連圏は石油・天然ガスだけではなく、ベースメタル(銅、亜鉛、錫など)や貴金属(金、銀など)、そして、レアメタル、レアアースにも恵まれており、ますますその重要性は高まっていると言えよう。例えば、中国は中央アジアにて積極的に資源開発を行っている。また、欧米諸国も、中央アジアの資源開発には関心を示しているが、問題は開発後の輸送路である。

ハートランドたる旧ソ連、特に中央アジアからの輸送路は、ランド・パワーとシー・パワー間の競争の残滓たるアフガニスタン情勢や米イラン関係もありロシア経由か中国経由であった。その文脈でのぞめば、旧ソ連空間の秩序再編の動きであるロシア=ウクライナ戦争の結果は、資源確保というエネルギー安全保障にも色濃く影響を残す。日本政府は、中央アジア諸国との再生可能エネルギー分野での協力関係を模索していると言われるが、中央アジアからの鉱物資源の輸入には、輸送経路の整備が不可欠である。つまり、対中関係も当然であるが、ロシア=ウクライナ戦争後のロシアが果たして欧米日と協調関係を築ける国家となるのか。資源地政学及びエネルギー安全保障から見ても重要な課題である。そして、再生可能エネルギーへのシフトが、旧ソ連空間の秩序再編に新たな影響を及ぼしていくと言える。

 

〈註〉

*1 H. J. Mackinder (1919) Democratic Idea and Reality, London:Constable(ハルフォード・ジョン・マッキンダー(2008)『マッキンダーの地政学──デモクラシーの理想と現実』曽村保信訳、原書房)

 

*2 例えば、先のカザフスタンは、金融自由化を進めて海外投資を呼び込み、タジキスタンは中国の支援を受けて送電網の整備を行った。

 

*3 第1次エネルギー革命は、150万年〜35万年前に起きた火の利用で、第2次エネルギー革命は18世紀の産業革命時の蒸気機関の発明である。

 

 

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。2024年2月号