【特集:エネルギー安全保障を考える】 座談会:エネルギーから見えてくる国際政治のゆくえ | ねぇ、マロン!

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おーい、天国にいる愛犬マロン!聞いてよ。
今日、こんなことがあったよ。
今も、うつ病と闘っているから見守ってね。
私がどんな人生を送ったか、伊知郎、紀理子、優理子が、いつか見てくれる良いな。

曽田歩美様に頼んでマロンの絵を描いていただきました。

【特集:エネルギー安全保障を考える】座談会:エネルギーから見えてくる国際政治のゆくえ

三田評論ONLINEより

  • 竹原 美佳(たけはら みか)

    独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)エネルギー事業本部調査部長

    1991-92年北京大学留学。93年石油公団(現JOGMEC)入団。中国室、企画調査部(中国担当)、石油天然ガス調査部主任研究員等を経て現職。中国のエネルギー、安全保障政策、企業動向等研究に従事。2010年から亜細亜大学大学院非常勤講師。共著に『台頭する国営石油会社』他。

  • 白鳥 潤一郎(しらとり じゅんいちろう)

    放送大学教養学部准教授

    塾員(2006政、13法博)。博士(法学)。北海道大学大学院法学研究科講師、立教大学法学部助教などを経て現職。専門は国際政治学、日本政治外交史、戦後日本のエネルギー資源外交等。著書に『「経済大国」日本の外交──エネルギー資源外交の形成、1967-1974年』。

  • 田中 浩一郎(たなか こういちろう)

    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授

    1985年東京外国語大学外国語学部ペルシア語学科卒業。88年東京外国語大学大学院アジア第二言語修了。外務省在イラン日本大使館専門調査員等を経て2017年より現職。専門はイランを中心とする西アジア(中東)地域の国際関係とエネルギー安全保障、および平和構築と予防外交。

  • 宮岡 勲(司会)(みやおか いさお)

    慶應義塾大学法学部教授

    塾員(1990政)。1999年オックスフォード大学大学院社会科学研究科博士課程政治学専攻修了。D.Phil. 取得。専門は国際政治理論、安全保障研究。大阪大学大学院国際公共政策研究科准教授等を経て、2012年より現職。著書に『入門講義 安全保障論』他。

エネルギー安全保障とは?

宮岡 本日は「エネルギー安全保障」について、皆様と討議したく機会を設けています。昨今のウクライナ危機、また2023年10月に生じた中東のガザをめぐる問題を機に、日本国内のエネルギーの安定供給についても懸念が高まっているのは確かかと思います。

私は安全保障論を専門としていますが、2022年12月の「国家安全保障戦略」の中でも安全保障という概念が非常に広く捉えられています。引用すると、「本戦略は外交、防衛、経済安全保障、技術、サイバー、海洋、宇宙、情報、政府開発援助(ODA)、エネルギー等の我が国の安全保障に関連する分野の諸政策に戦略的な指針を与えるものである」ということで、エネルギーも含まれています。

「エネルギー安全保障」の定義としては、国際エネルギー機関(IEA)の定義が有名ではないかと思います。「購買可能な価格でエネルギー資源を寸断なく利用できること」というものです。ただ同時に、エネルギー安全保障というのは非常に多様な意味を含む概念であるということも指摘されているかと思います。

最初にご自身の関わりの中でエネルギー安全保障をどのように捉えられているかをお聞きしたいと思います。

白鳥 私の専門は日本外交史ですが、修士課程で第1次石油危機における日本外交の研究を始めたのを機に、エネルギー安全保障についても考え続けています。

大学院に入ったのは2006年です。当時、先輩や周りから、「随分マイナーなテーマだね」と言われました。日本外交史なら、例えば日米安保や沖縄、日中関係のほうが重要で、なぜ資源の話をやるんだと思われていたのです。現在、メディアでエネルギー問題が注目されるのは、今の危機的状況を表しているのだと思います。

その上で、エネルギー安全保障という概念を私がどのように捉えているのかと言えば、厳密性にやや欠けるかもしれませんが、「エネルギーの安価かつ安定的な供給」というところになるでしょうか。

ただ、安価はともかく、安定的な供給の「安定的」という部分を詳しく見ると、実に様々な要素があります。「安定的」ということは、何か危機が起こった時にも継続できるということなので、そうなると供給源だけでなく、供給ルートまでを含めた多様化が必要だという話にもなります。また、特定の国に依存していれば、敏感性も高いだけでなく脆弱性も高くなるという問題が出てくる。

さらに日本は、極端にエネルギー自給率が低いことから、エネルギー安全保障の問題を考える時には、ほぼイコールで国際問題を議論しなければいけない。この点、他の大多数の国で考えられるエネルギー安全保障とは少し異なる文脈が入ってくることは最初に触れておきたいと思います。

竹原 私は20年以上、「エネルギー・金属鉱物資源機構」(JOGMEC)の調査部門におり、専門は中国のエネルギー事情ですが、最近はアジア消費国のエネルギーミックスのあり方やエネルギー安全保障政策に関心を持ち研究しています。中国、台湾、韓国を横並びにして、日本のエネルギー安全保障との比較を試みています。

この11月に台湾に行ったのですが、台湾は2024年1月の総統選挙でエネルギー政策が大きく変わる可能性があると言われています。そういった政策変更リスクがエネルギーにはあり、東アジアでもそれが顕著です。

エネルギー安全保障とは国家としての主体性を失わず、他国などに依存、隷属するのではなく、主体的に必要なエネルギーを合理的に手頃な価格で入手できること、と考えています。それは私が所属するJOGMECという組織の重要なミッションです。

ただ、あまりエネルギー安全保障が深刻に取り沙汰されるのは、いい時代ではないとも思っています。私は相互依存と互恵により平和と安定が担保されるという考えを信奉していたので、ショックを受けているのですが、ロシアへの石油・ガスの依存を深めてきた欧州がウクライナ危機で、特にガス調達で大きく翻弄され、世界はエネルギー安全保障というものの重要性を再認識したと捉えています。

田中 私自身、地域研究から入り、その地域が中東であるがゆえに、エネルギーとは切っても切れない。そういう仕事柄の必要性からこの分野に身を染めた形になります。

エネルギー安全保障をどう捉えるかは、白鳥さん、竹原さんが定義されたものと大差はないのですが、中東の研究をしていると、向こうの立場からもエネルギーの世界を見ないといけないという習性が身につきます。

こちらは供給の安定を望むのですが、向こうは需要の安定を望むという側面がある。双方の思惑が一致しないと安定はない。この摂理を理解しないと、エネルギー安全保障は一方的な、日本のような需要国の思い込みに陥りやすいところがあると思います。

1つはやはり、1980年代の半ばから油価が大きく下がったこともあり、石油が戦略物資であるのかコモディティであるのかという議論が出てくるわけです。その後も油価は上下を繰り返していますが、要は、金を積めば手当てできるという理屈が支配的になっていたのだろうと思います。足りないのだから、輸入すればいい。それが日本にとってのエネルギー調達の一番身近な感覚ではないかと思うのです。

ところが、その日常を大きく変える事件がその後起きた。それは日本の3・11でした。東日本大震災における福島第一原発の事故、それに伴う他地域の原発停止を経て、化石燃料への依存が一層日本で高まりました。原発を補うだけのエネルギーの代替が間に合わず、かなりエネルギー需給状態が逼迫するケースが2011年、12年とありました。近年でも東日本管区では電力需給が逼迫する懸念があります。これはエネルギー全体の問題、特に電気エネルギーの話になってくるわけです。

なので、エネルギー安全保障というのは、それほど我々から離れたところにはなかった。ただ、それを電力不足や電気代の高騰と表現したり、その局面ごとにメディア的な表現が変わっていただけで、実際にはこれらは全部、エネルギー安全保障上の問題であったわけです。

中東に話を戻しますと、中東とは長い付き合いがありますが、多くの人にとっては石油かガスといった付き合いでしか認識していないわけです。だけれども、その状況がいつまでも安定的とも思えない。さらに、かつては資源の枯渇が懸案だったわけですが、現状は温室効果ガスの排出削減という課題、そして最終的にはカーボンニュートラルという大目標があるので、中東の国々から見たエネルギー安全保障の意味が従来とは変わってきた。我々の彼らに対しての期待や関わり合い方も、また変わっていくところに差しかかっていると考えています。

エネルギーリテラシーの欠如

宮岡 それぞれご研究されてきたアプローチの違いはあると思うのですが、エネルギー安全保障という概念については、皆さん、それほど考えに相違があるわけではないのかなと感じます。

それでは、まず歴史的な観点も含めて、エネルギー安全保障についてそれぞれのお立場から語っていただければと思います。まず日本を専門にされている白鳥さんお願いします。

白鳥 エネルギーの話は国家運営上も、我々の生活にとっても根幹に当たるもので、安定していれば問題はないが、崩れた瞬間に国家運営のすべてが変わることになります。ところが、エネルギー安全保障というのは危機の時にしか一般には話題にならない。それゆえ、日本ではエネルギーリテラシーが欠けた議論があまりに多いという印象です。

第1次石油危機の頃から、メディアも一般の国民も、ボタンを掛け違えてしまい、それが現在まで尾を引いていると感じています。日本では石油危機というと、なぜかテレビでトイレットペーパーを買う行列が出てくるのですが、これも大きな誤解の元になっている。あの時、日本社会を覆ったのは、石油が入ってこなくなるかもしれないという根本的な恐怖感だったのでしょう。

ただ、果たしてそれが本当の問題だったのかというと、その後、より影響が大きかったのは、量より価格で、原油価格が一気に上がったことが、様々な問題を引き起こしています。それなのに多くの国民、メディアはトイレットペーパー不足になってしまう。この段階からエネルギーリテラシーが理解されないまま来てしまっている。

なぜそうなったのかというと、1つには日本は世界の中で比較的豊かな国だったので、原油価格が上がっても買えたからです。かつ、その当時にはまだ省エネなどの余力もあり、価格メカニズムが働いたことで、石油の需要が減っていった。1990年代にもう1つの山はありますが、それでも原油輸入量のピークは1973年です。

日本政府はエネルギー資源、石油の問題が今後外交問題として重要になってくることを、1960年代の後半から意識していました。

そのきっかけは1967年の第3次中東戦争で、その時、産油国は石油を武器として使う。つまり、イスラエルに近い中東政策を取っている国々に対して禁輸措置を取ろうとするわけですが、これは失敗に終わります。当時はアメリカに石油生産の余力があったので、供給してくれたからです。

しかし、1960年代後半から70年代初頭にかけて急速にアメリカの余剰生産力が失われていく。その結果、産油国と消費国の力関係が変わって、いつか危機はやってくると思われたところ、思った以上に早く来てしまったのが第1次石油危機でした。

宮岡 当時、日本政府はどのような対応をしていたのでしょうか。

白鳥 その時、日本はアラブ諸国寄りに「転換」したとしばしば言われます。実際には1967年の第3次中東戦争後の安保理決議で、基本的にはアラブ諸国寄りの中立政策を取りました。ただし、その時はイスラエルにも配慮した曖昧さを残す形でした。73年には曖昧さを残さず、「明確化」したアラブ諸国寄りの政策を表明したわけです。しかし、このあたりの経緯があまり理解されずに報道が進んでしまいました。

量の問題は、産油国にすり寄ったからといって解決するわけではない。原油価格の危機は、上流と下流の間にある中流の流通部門を押さえているメジャーの再分配の問題などが大きいわけですが、日本国内の報道や一般的なイメージと危機の実態には、かなりズレがありました。実際、アラブ諸国に武器を売っていた西欧諸国でも石油危機は発生しているわけです。

73年12月以降、消費国間協調の取組が再開され、日本は主要国の一員としてそこに参画し、国際エネルギー機関(IEA)に原加盟国として加入することになりました。これはOECDの傘下にIEAを置くという不思議な形でしたが、日本は設立に相当な役割を果たしています。しかし、IEAが設立された時も新聞では経済面の片隅に小さな記事が載るだけでした。

その当時の日本は、石油の輸入量は世界第1位、消費量ではアメリカに次ぐ第2位で、バーゲニングポジションも強かったこともあって、様々な役割を果たす時期でしたが、このように最初から、日本政府がやっていることと日本国内で注目されることのズレがある状況が続き、現在まできているのが問題だと思います。

宮岡 最初からズレがあったと。

白鳥 その後、第2次石油危機の時、政治的に注目を集めたのは、第5回のG7東京サミット(1979年)での原油消費量の削減に関する合意かと思います。G7で協調して原油の中期消費量の削減をする方向に合意する。

国内では懸念の声も多くあったのですが、価格メカニズムが働き、同時に省エネも進み、その年の夏の段階で石油の消費量がかなり減り、年間630万バレル削減というサミットで合意した下限の数字でも問題ないことが明らかになっていきます。結果として、合意した85年に至るまで日本の石油の消費量は減少を続けます。

その次の大きな出来事が、逆石油危機とも言われる1985年から86年にかけての原油価格の急落です。これは結果として、エネルギー安全保障をめぐる問題への関心をさらに遠ざけることになりました。石油は安価かつ安定的に供給されるということが、再び当たり前になってしまったからです。

この状況は、21世紀初頭まで基本的に続きます。そして中国をはじめ新興国の本格的な台頭が見られた2000年代初頭から、エネルギー価格の高価格時代が始まっていった、という流れで見ています。

私の印象では、日本は結果としてはそれなりに整合性のある戦略を、2010年頃までは取れていたように思うのですが、それを本当に狙ってやってきたのかと疑問を感じています。

1つは原発に関してです。ずっと目標が設定されていましたが、それが到達しない状況の中で数字合わせを行ってきました。また、天然ガスは、3・11後、なし崩し的に量が増えていく形になった。さらに、現在、エネルギーシフトに向けた動きが強まることから、今度はそれに数字を合わせるという形で、かなり非現実的な目標値が出てきている。果たしてこれで日本のエネルギー安全保障がやっていけるのだろうかと、強く懸念しています。

中国のエネルギー戦略

宮岡 日本のエネルギー安全保障分野における国民の認識と現実のギャップをお話しいただきました。これがウクライナ侵攻後、あるいは将来の日本のエネルギー安全保障を考える上で改善されるのか非常に興味深く感じます。竹原さん、中国の観点からはいかがでしょうか。

竹原 中国から見たエネルギー安全保障と中国のエネルギー戦略ということからお話しします。中国のエネルギー戦略は、よく日本から、整合的だとか戦略的だと評価されることが多いのですが、私はそれほど整合しておらず調整を重ねた結果と思っています。

まず中国は国内に石炭がたくさんあり、エネルギー自給率は以前は9割で、今でも8割は維持しています。

一方でエネルギーを大量に海外から輸入しているのですが、相手国が非常に多様化しています。例えば日本は原油の中東依存度が、現在9割以上ですが、中国の原油の中東依存度は、5、6割というところで、アフリカ、ロシア、中南米と多角化が進んでいます。

日本のエネルギー自給率は、エネルギー白書にならい原子力を含めた形で2011年までで2割程度ですが、中東依存に加え、調達先もかなり偏りが大きく、中国がうらやましく思えないこともありません。

ただ、中国も、エネルギー安全保障には、建国当初から常に高い危機意識を持ち、エネルギー戦略を見直してきています。改革開放政策を80年代に取り、2001年にWTOに加盟しますが、過去30年程は経済成長を続けていて、その成長を支えるため、まず石油や天然ガス生産企業に、とにかく増産し、安い価格で売りなさいと働きかけてきました。

その結果、無秩序な開発で油田が疲弊してしまうのです。それで赤字体質になったり、経済合理性が合わなくなってしまう。その中でも需要はどんどん増えるので、石油は1995年に純輸入国、天然ガスは2006年に純輸入国化しています。今、原油の輸入は2017年にアメリカを抜いて世界1位、天然ガスも世界1位、石炭の輸入はインドと首位を争っています。

それで中国政府は90年代後半には増産至上主義から転じ、2006年以降は省エネや環境保護も国策として、いわゆる「爆食」からの脱却を図ろうとしています。

石油や天然ガスは国営石油企業3社が7割以上を牛耳っているのですが、石炭は、国営石炭企業の他に地方政府が関わっている郷鎮企業が手掛ける炭鉱がたくさんあります。そういった小規模炭鉱は事故も多く、環境負荷も高いので、それらを閉鎖し、石炭を抑制する政策を2000年代から行ってきたのですが、経済成長に伴ってエネルギーが足りなくなると、すぐに石炭に回帰し、抑制政策はなし崩し。炭鉱の事故が増え、大気汚染が深刻化しました。

エネルギー消費は中国は2000年から2020年の20年間で、石油換算で10億トンから30億トンと3倍に増えています。ただ、GDPはその間、おそらく10倍に伸びているはずで、中国は日本同様、省エネ、電化、石炭から石油・天然ガスへの移管など、原子力利用も含め、少しずつエネルギー転換も進めていました。

2013年が中国の転機で、PM2・5が社会問題化し、大気汚染撲滅政策が次々と出されました。そして天然ガスへの転換や再エネが大きく盛り上がっていきます。2020年には習近平が、2060年には中国もカーボンニュートラルをやると宣言しました。

原子力や再エネの拡大、排出削減などを政策目標として脱炭素へ大きく舵を切った。ところがウクライナ危機後、また、石炭に回帰しているのが中国のエネルギー政策の変遷です。結局エネルギー安全保障は石炭頼みなのです。

中東の地政学的リスク

宮岡 日本は石油、天然ガスの中東依存度が非常に高いわけですが、中東の視点から田中さんお願いします。

田中 中東にまつわるエネルギーというのはいくつか論点がありますが、1つはイランであれ、イラクであれ、あるいはリビアも含め、いわゆる不安定な地域、不安定な国家、不安定な体制が供給国の側に並んでいる。いわゆる地政学的なリスクは、中東には少なからずあり、イラン・イラク戦争、湾岸戦争、それからアフガン戦争、さらにイラク戦争、アラブの春とありました。

今回のガザ問題は直接の影響はないと見ていますが、やはり73年の紛争と同じ構図でイスラエル・パレスチナ問題にまた目がいく。このように地政学的な不安定さやリスクを常に伴っているということを見ながら、我々は中東からの原油輸入をずっと続けてきているわけです。

中東以外という場合、特に原油はロシアがパートナーになり得たわけですが、ウクライナ侵攻によって元の木阿弥となり、95、6%という過去最高の依存を中東に対して行うような状況に追い込まれてしまったわけです。

中東の問題は体制が不安定だとか紛争があるだけでなく、predictable(予測可能)であるかどうか、要するに体制や政権が突然政策を変更するということへの懸念もあるわけです。

やはりレンティア国家(天然資源に依存する国)と化してしまうと、資源の枯渇や価格の低下、暴落によって体制そのものが危機に直面して、生産体制に動揺をきたすということに常にびくびくしなければいけない。

そこで何とかそのショックを和らげようという話から、長期契約に依存するのが旧来からの日本のパターンです。原油に関しては、この長期契約がある程度価格と供給の安定に寄与してきたと思いますが、LNG(液化天然ガス)は、こういった長期契約が場合によっては価格硬直性を高めることになり、結果として、例えば2021年12月をもってカタールとのLNGの長期契約が更新できなくなるわけです。価格を決定するメカニズムと、それから契約の閉鎖性が、受け手側にとって見れば非常に硬直的で、不利益をもたらすと見なされたのです。

我々は中東側における様々な変化、それから彼ら自身が自分たちの国益に沿ってベストだと考える政策を見て、契約内容を詰めるわけですが、契約は価格や引き取る量にも影響を及ぼすことになり、そこに相手との齟齬が生じた。

ただ、もはや中東は石油を武器に使うことはできなくなってきている、と思います。カーボンニュートラルの話しかり、アメリカが現在、世界最大の産油国になったシェール革命の影響もあり、様相は1970年代と全く異なっています。それだけは当時に戻ることはないだろうと思いますが、中東の持つある種の不確実性や不安定さを常に気にしながら、揺れ動いていくのが、我々の中東との付き合いだと考えています。

石油をめぐる状況の変化

白鳥 最後に田中さんがおっしゃった点はすごく重要で、エネルギー業界の人は皆わかっているにもかかわらず一般に理解されていないのが、石油をめぐる状況だと思います。

70年代前後であれば、石油が圧倒的に大きかった。LNGはようやく69年から始まって70年代を通じて拡大していき、原発も本格的に増えたのが70年代ですが、そこから石油の重要性はだんだん低下し、また、先物取引を含めグローバルな市場が整備されていきます。

価格は市場が決める形の時代になって久しいわけです。ということはつまり産油国とただ仲よくすれば上手くいくわけではなくて、市場をどう考えるかが大事です。これはエネルギー業界では常識的なことですが、あまり理解されていない。

今は石油自体の供給が、直ちに国際政治上の問題や日本外交の大きな課題になるという状況はありません。もちろん価格が上がったら影響はあるわけですが、石油はある程度までコモディティ化が進んでいて、むしろ影響が大きいのは天然ガスです。

天然ガスの問題が大きくなっているにもかかわらず、報道では石油、石油、となぜなるのだろうと、違和感があります。

田中 おっしゃる通り、メディアで危機の話になると、必ず「石油が足りますか」という話になるわけですが、日本は今、官民で250日分ぐらいの原油備蓄があり、3・11以降は製品備蓄も進められているので、すぐに困る部分がない。さらに発電用の石油製品は、離島はともかく本土ではほぼ関係がない話です。つまり、我々が消費している原油の用途は、主として輸送用燃料とプラスチック製品などです。

そのあたりのリテラシーが、やはり一般に足りにないのです。だから、「石油は足りますか」といった設問をすぐ立て、それが多くの人の耳になじみがいい。特にLNGの調達価格がどれくらい発電に影響を及ぼしているかという感覚はものすごく薄いですね。

政治家も含めて、エネルギーイコール石油という、1970年代の感覚のままの人たちが多いのかもしれません。第1次石油危機時の、ボタンの掛け違いはまさにそうだと思いますが、原体験としてトイレットペーパー取り付け騒ぎで振り回された方が、トップのところにいらっしゃるからこうなってしまうのかなと思います。

私も折々にそれを否定して回っているのですが、それでもまた繰り返されるような現状があります。

エネルギーシフトという大きな流れ

宮岡 次にウクライナ侵攻が起こる前、2010年代の中頃まででエネルギー安全保障上のトレンドで重要な点があれば、御指摘いただければと思うのですが。

白鳥 恐らくエネルギーのことを考えていくと、ウクライナ侵攻よりもエネルギーシフトの問題のほうが中長期的な影響は大きいと思うのです。

宮岡 エネルギーシフトというのはいつ頃から起こってきたと考えればよいでしょうか。

白鳥 京都議定書締結(1997年)あたりから始まりつつあると言ってもいいですし、パリ協定採択(2015年)からと言ってもいいですが、気候変動をめぐる問題が国際政治上の重要なテーマになり、それが現実の各国のエネルギー政策に相当程度、直接的な影響を与えるようになるのは、ロシアのウクライナ侵攻の少し前からです。

やはり2015年のパリ協定は非常に大きいですし、バイデン政権になってアメリカが議定書に復帰したことでさらに動いています。そして、2020年10月に日本は2050年までにカーボンニュートラルを目指すと宣言しました。

竹原 エネルギーシフトは何回か段階を経ていたと思います。まず石油ショックから70年代、原子力などへのシフトが起きてきます。でも、その時のエネルギー安全保障は、やはりまだ中東を見ていたと思います。

その後、中国が消費国として台頭して、エネルギー安全保障の観点からも注目を集めました。2010年代にはアメリカのシェール革命が起き、米国が石油・ガスの輸出国となりました。そしてパリ合意の後、コロナ前後ぐらいから、地域差はありますが、クリーンエネルギーへの移行が世界的に大きな流れになってきたと見ています。

田中 同感ですね。それぞれの要素が若干異なっているのですが、そのタイミングで構造が変わったなと感じます。

日本だと近年、最も石油需要が高かったのが、1995年頃です。その時の量が470万バレル/日ですが、今、それが270万バレル/日ぐらいまで落ちている。プリウスのようなハイブリッド車が登場したことで自動車の燃費が劇的に改善されたこともあり、日本のエネルギー消費、少なくとも石油消費構造は大きく変わったわけです。

また、世界の1次エネルギー需要の変動幅を見ていくと、第2次世界大戦前までは上下変動が激しくて対前年比で10%以上、上がったり下がったりしていたのが、戦後は10%ぐらいの幅に収まる。しかもそれはほとんどマイナスに振れず、基本的にはほぼプラスの領域で推移していた。

ところが2020年はマイナス4%超を記録した。コロナショックの整理はまだついていませんが、エネルギーの世界でも新たな時代がそこで区切られたという印象を受けています。

白鳥 あと、エネルギーシフトは日本の場合、どれだけ意図したことかは別として、3・11の後、太陽光が中心でしたが、公定価格買取制度で一気に再エネを進めたことが大きい。結果として、日本は太陽光発電の導入量で、面積当たりで言えば今や世界トップです。

それでもエネルギー需要全体の5%程しか貢献していなくて、もう余力がないような形になっているわけですが、そういう点では意図せずして先行的に投資をしてしまったところが日本の場合はあります。

宮岡 中国の大きなエネルギー需要の伸びというのは、何年ぐらいからになるのでしょうか。

竹原 やはり2000年から2010年ぐらいまで、中国の需要が永遠に伸びるというムードが醸成されてしまった時期がありました。供給側の中東などにとっては非常にハッピーで、需要側と供給側のニーズがマッチし、需給が安定に向かっている時代だったのです。

ただ、中国の需要は2013年ぐらいから習近平政権後に変化が生じました。一方、インドの需要の伸びは思ったほど力強くないと見られています。クリーンエネルギーへのシフトが進む中で、新たな時代に入っているという感じですね。

新興国側の逆地政学リスク

宮岡 いわゆる新興国が出てきて、エネルギー需要も増えるというばら色の時代が2000年代ぐらいで、2010年代ぐらいになってくると変わってきたということでしょうか。

竹原 加えて、中東が安穏としていられなくなったのが、アメリカのシェールオイル・ガスの供給が急激に伸びたことで、OPECの地位が凋落し始めました。アメリカもそれほど中東のことに目配りせずに、自分たちでやっていけるというムードが生じたことが、今の中東の不安定性の理由の1つという考え方もできるかと思います。

田中 中東の地政学リスクが高い、と最初に指摘しましたが、その割にはこの20年ぐらい、中東が原油市場を大きく高騰させる要因にはまったくなっていないのです。瞬間的に上がっても持続性がなくて、やがて元のレベルに戻るか、下手をすると、もっと下がってしまうということが繰り返されています。

だから、OPECが今躍起になって「OPECプラス」の枠組でロシアと協調減産をしたりして、下支えをしないといけない。ここに明らかにかかわっているのは、竹原さんがおっしゃったようにやはり中国の需要なのです。

中国の需要という要素が、逆地政学リスクみたいになり、これがどう変わるかでエネルギー価格が動く。今までは供給国側の地政学リスクが注目されたのですが、この20年ぐらいを見ると、中国を筆頭とした新興国側の逆地政学リスクが市場を動かしています。

宮岡 アメリカのシェール革命の中東への影響というのはどのくらいのものがあったのでしょうか。

田中 重要なのはアメリカがエネルギー純輸出国になったということです。

2019年に、その地位に返り咲いたことによって、アメリカはもう中東を必要としていないのか、アメリカが中東の面倒を見るような政策をアメリカの有権者はもはや支持しないのではないか、という雰囲気が生じた。これは雰囲気なのですが、それを内外で皆信じている。産油国の側の人間もアメリカ社会も、アメリカの政権がどんなに「引き続き中東にはコミットする」と発信しても誰も真剣に受け止めない。中東の側はもはやアメリカの存在を、かつてのように所与のものとして認めることができなくなっている。

なので彼らも、では中国やロシアとパートナーシップを組もうとか、あるいは地域国間でいさかいが起きないような枠組をつくるべきではないかという方向にいく。これはとにかく出口がわからないのです。少なくともアメリカと昔のようにやっていこうという思いは希薄化しているのが現況ですね。

白鳥 エネルギーに関しては、シェール革命によってアメリカの覇権が復活したようなところがあります。アメリカはかつて圧倒的な石油大国だったのですが、約50年間、純輸入国に甘んじていた。それが復活したということは大きいと思いますね。

存在感を増すOPECプラス?

宮岡 アメリカは中東を必要とする度合いが低くなり、実際、アフガニスタンから撤退したように、中東から足を抜こうとしている側面もある。そういう中、中東の国々もロシアに目を向けたり、中国に目を向けたりしている。確かにエネルギー分野ではアメリカというのは自給自足できるようになってきたけれど、中東におけるアメリカの地位は、昔に比べてかなり弱くなっているという感じはしているのですが。

白鳥 中長期的なトレンドでは、アメリカだけではなくG7の国々の影響力が、今世紀に入った頃から徐々に弱まり、中国を筆頭とする新興国の影響がじわじわと増えてきた。これはエネルギーについても全く同じで、その中で、OPECプラスが2016年に結成されたことは、その後、いろいろな影響を与えていると思わざるを得ない。

例えばロシアがウクライナ侵攻をする時に、OPECプラスによって価格への影響力をある程度握ったことが効いてないとは思えないのです。OPECプラスの存在は間接的どころか直接的にロシアを助けていると言ってもいいと思います。

OPECプラスについて、皆さんがどのように観察されているのか気になります。

田中 そこは結構、持ちつ持たれつなのです。OPECプラスの中でも、サウジアラビアがロシアと非常に密で、ロシアから重油を買い増している。G7は、ロシアの原油と石油製品の輸入に制裁をかけたわけですが、その裏でアメリカの同盟国に等しいサウジアラビアは、ロシアから特に夏の間に重油をたくさん買っている。夏場に価格がどんなに下がってもサウジアラビアは減産できない、と言われていましたが、今は自国の石油を減産できるようになっているのです。

ロシアは重油を含め、石油製品の売り先に困っているわけですから、それをサウジアラビアが引き取ってくれるということは、本当に持ちつ持たれつです。単に生産調整をして価格を下支えするだけではなく、お互いがほしいものをそれぞれ融通することでウィン-ウィン状態をつくるという、今までになかった構造になっています。

宮岡 やはりOPECプラスの始まりというのは、エネルギー分野における国際政治の変化を反映しているということですね。

白鳥 新興国が台頭し、G7だけではできないことがわかってくる中、G20サミットが始まるものの、それが少なくとも十分には機能しない。

そういう中、国際政治は台頭する新興国にどう責任ある振る舞いをしてもらうかを考えるわけですが、新興国は自分たちの利益を確保するための枠組をいろいろつくるわけです。その1つとして、OPECプラスがあるのですが、それはOPEC自体も復活させたようなところがあるという印象を私は持っています。

竹原 たまたま上手くいった多極的枠組の1つという感じがしています。他にBRICSとか上海協力機構とか何をやっているのかよくわからない枠組もありますよね。その中ではOPECプラスは確かに面白い効果が出ているなと思います。

ウクライナ侵攻と中東

宮岡 新興国の台頭、エネルギーシフト、シェール革命などが2000年代、2010年代とある流れの中、ロシアによるウクライナ侵攻が起こり、これがエネルギー安全保障にどういう影響を及ぼすのでしょうか。ウクライナ戦争だけではなく、その後のイスラエル-ガザ戦争なども含めて、最近のトレンドをご指摘いただければと思います。

田中 ウクライナ侵攻以降の展開は、中東にとっては恵みの雨だったと思います。脱カーボンの流れが進んできた中、中東の炭化水素資源は座礁資産(ストランデッドアセット)になる可能性を秘めていた。ところが、ロシアに対する制裁を西側が導入することになり、にわかに中東の資源量と生産余力に再び目が向いて、彼らの息が吹き返したということがあります。

それは元気がよくなるだけではなく、ある種、自信の再構築にもなっている。今のハマスとイスラエルの間の紛争で、カタールが人質解放に関して積極的に調停役をしていたりするのも、彼らが外交的国際舞台で勢いを盛り返したことでもあると思います。

アメリカとイランとの間の調停をカタールであれ、オマーンであれ試みたり、あるいは産油国ではありませんがトルコのようにロシアと渡り合うことができたり、中東の元気がよくなったことは間違いないですね。

もちろん、彼らの一番の不安は紛争に巻き込まれたくないことなので、対ロシア制裁にはどの国も加わらない。だからサウジアラビアは重油を輸入し続けることができるわけです。

中東にとってはもう1つ、ロシアに依存を強めていた分野があり、それは原子力です。いわゆる原発の導入という点では、トルコ、エジプト、イランの3カ国はロシア製のものを建造中であるか、すでに導入済みです。この先、サウジアラビアが導入する可能性もゼロではない。

いろいろな意味から、エネルギー分野でのロシアの存在と関与が、中東では今後ますます大きくなってくるだろうと思われます。その下でウクライナ紛争にどういう形で中東の国々が対応すべきであるのかが検討され、政治的判断がなされるのでしょう。

一方、レンティア国家であること自体、依然として中東各国は変わりありませんので、内に抱え込んでいる問題をどう処理していくかという脆弱性は抱えたままです。

このように対ロシアの制裁に関しても中東は我々とは違う立場にあることを十分認識しなければいけないと思います。

宮岡 ガザ問題はどういう影響を与えますか。

田中 ガザ問題はこれまでのところエネルギーにはあまり関係ないですね。タマルガス田という、東地中海にある、イスラエルもすでに稼働させているガス田のうちの1つが、10月7日の攻撃の直後から操業を止めていましたが、つい先日、再開しました。それによって、余剰ガスがイスラエルからエジプトに渡って、エジプトの遊休施設化していたLNG基地を使って、主として地中海に輸出されていきます。

竹原 ガザ問題のエネルギーへの影響が限定的というのはおっしゃる通りで、特に石油はウクライナ侵攻で供給先調整ができることが証明されました。原油は基本的に一物一価なのでロシアの原油を欧州が使わなければ、インド、中国に流れる。海運も若干の混乱は生じますがタンカーの手配を含め、必要なところに原油が供給され、市場はバランスしたことが証明されました。

しかし、ガスのほうは駄目でした。端的に言えば、欧州がロシアから調達できなかったガスを、大枚をはたいて世界からかき集めたのです。その結果、天然ガスの価格が、BTU(百万英国熱量単位)あたり8ドルから100ドルに急騰しました。100ドルのガス価格というのは、原油では600ドルに相当します。原油価格は過去150ドル前後が史上最高ですから、すさまじい価格です。

日本の電気料金は円安もあり3割程アップしましたが、長期契約で調達を確保していた日本はその程度で済みました。しかしヨーロッパは市場化、自由化が進んでおり、ロシアからのガス輸入が減ると、大量のガスを市場で調達しなければならず、EUの電気料金は5割上がり、イタリアは3倍に上がったそうです。

ガスは、そうやって欧州の電気料金に跳ね返ったのですが、インドやパキスタンに至っては、必要なガスが買えずに石炭を使うか停電するしかない状況に陥りました。このような状況のもと、欧州が脱炭素化の潮流を逆行させたとエネルギー業界では考えている人もいます。

「二重苦」に加えてのウクライナ侵攻

白鳥 日本は、そもそも石炭から石油へのエネルギー革命以降、一貫して資源小国でした。残念ながら、当面、それが変わる見込みはありません。

再生可能エネルギーも、太陽光は従来の技術で使えるものは適地も限られますし、洋上風力も、遠浅の海岸が限られるので、経済性や各種環境への影響、安定供給を考えれば、導入量を劇的に増やすのは難しいのが実情です。同様に、例えば水素やアンモニアといった次世代のエネルギー源も、結局外国から持ってこざるを得ないという状況は変わらない。

これはウクライナ侵攻以前から明らかになっていたことです。資源小国でありながら、日本もまたエネルギーシフトに向けて取り組むと、カーボンニュートラルの宣言をしたのが2020年です。「資源小国+エネルギーシフト」という、二重苦の極めて厳しい状況に加えて、ロシアのウクライナ侵攻があったのだ、と理解する必要があるというのが私の見方です。

ただ、ロシアのウクライナ侵攻のエネルギー関係に関する影響は、どちらかというと間接的なものが大きいと思っています。G7で制裁を行うということから、従来の政策を改めなければいけなくなり、石油輸入などを止めたわけです。

エネルギーシフトを目指す一方で燃料補助金を出すというのは矛盾した政策です。油価やガス価格の上昇はウクライナ侵攻の少し前から始まっていた。補助金を導入したところ、すぐにロシアのウクライナ侵攻があり、やめどきを逃したのが実態でしょう。本来、長期的にやるつもりがなかった政策が、ウクライナ侵攻によって継続してしまっていることの影響は中長期的にかなり大きいのではないかと思っています。

エネルギーの直接的な話としては、ロシア依存をどう考えるのかという新たな政策課題が浮上したことが大きいと思います。現在、石油に関しては止まっていて、天然ガスは10%弱を輸入しています。従来からロシア依存をするべきではないという人たちもいたわけですが、エネルギー業界の人は信頼できる供給者としてロシアを見ていて、中東への依存度が極めて高い状況で、供給源の多角化という観点、分散という観点から、ロシアに依存することで日本のエネルギー安全保障を高めるのだというロジックでした。しかし、それが180度変わってしまった。

今も短期的にはロシアからの天然ガスを止めると大変な影響があるわけですが、少なくともこの戦争が続き、プーチン政権が続いている間にロシアにさらに依存を深めるような政策は、取り得ないはずです。

そうなると、では今度はどうやって日本のエネルギー安全保障を確保するのか、改めて問われています。

竹原 エネルギー業界というよりエネルギー安全保障の視点から一言付け加えますと、ロシアのエネルギーは信頼できるということより、2、3日で届くその利便性が評価できます。

3・11もそうですが、何かあった時に20日かけて来るエネルギーと、3日で来るエネルギーでは全然違いますので、ロシアのエネルギーは安全保障上有効であったと今でも思っています。

次世代エネルギー政策への懸念

田中 油価の上昇についてですが、近年、油価自体はそんなに極端に上振れしていない。名目的には上がっても90ドルぐらいで、低い時は60ドル台で動いている。だから、今の日本国内で消費者が感じるガソリン価格の高騰は、油価の影響よりもむしろ円安の影響のほうが大きいのです。

白鳥さんがおっしゃった次世代のエネルギーとしてのアンモニア、水素ですが、GX(グリーントランスフォーメーション)の下で、これを拡大していくという方針はわかるのです。しかし、安全保障三文書を読んで私が愕然としたのは、ブルーアンモニアであれ、ブルー水素であれ、次世代のエネルギー媒体を結局、外から輸入することが中心になっていることです。ということは、中東から引き続き輸入する蓋然性が高いことになる。安全保障という観点に戻すと非常に懸念される部分です。

もちろん、中東とのパートナーシップをいろいろな形で技術的にも進めようとしていますが、石油を使わなくなっても結局日本は相変わらず中東依存を続けていくことになるので、長い間議論してきた、「脱中東」という題目が全く果たせないまま、エネルギーの新時代を迎えることになります。この点はGXと同時並行で考えようがなかったのかと気になったところですね。。

それは同時に、長大なシーレーンがそのまま残ることになりますから、備えとして、結局アメリカに頼ることに当然なるし、いつまで経ってもエネルギー自給率は上がらない。一体どこに日本のエネルギー政策は向かっているのかと時々心配になります。

竹原 私も、再生可能エネルギー由来のグリーン水素について、中国やインドのように、日本でも自国でまかなうことができればよいと思っていたのですが、日本の再エネの発電コストが高過ぎるようですね。例えば今、ガソリン価格は、補助金が入ってリッター160円程度ですが、もし国産の水素、アンモニアで合成燃料をつくって、ガソリンスタンドで給油した場合、600円か700円ぐらいになると聞きます。消費者が受け入れ可能な価格ではなく、政府補助にも限界があります。

一方、中東やアメリカは原料コストが安いので、船で運んできても、日本の国産の水素やアンモニアより残念ながら製造コストが安くなるという現実があります。

ガソリン・軽油税の見直しや再エネ賦課金(再生可能エネルギー発電促進賦課金)が全額減免されて水素とかアンモニアを使うといった優遇策を取れば、日本のグリーン水素にも道は残されているという話は、エネルギー業界関係者の話題に出ます。しかし、今の賦課金がついたままの再エネで使った水素、アンモニアでは、現実的ではない価格のものしか市場に出てこない。だから、海外から輸入せざるを得ないという、ある意味悲しい現実的な政策を、エネルギー政策は取らざるを得ないと理解しています。

エネルギーシフトが進む中での課題

宮岡 今のお話を聞いていますと、日本はこのままエネルギー小国であり続ける。そして海外に依存し続けるということになりますね。

なかなか厳しい現実が目の前にあるのですが、最後に、いろいろな制約がある中、これからの日本のエネルギー安全保障政策として、どういう方向性があるのでしょうか。

白鳥 やはり補助金も含めてエネルギーの関係でどれぐらい国民が負担をしているのか。その数字をしっかり出して議論すべきだと思います。

ガソリンをはじめとした燃料補助金は政策的なメッセージとして、化石燃料をもっと使ってください、ということになる。つまり、エネルギーシフトはしなくていいですよ、というメッセージです。にもかかわらず、他方でエネルギーシフトはするのだと、再エネ賦課金も国民に課す。これはアクセルとブレーキを同時に踏んでいるような状況です。だから、国民がよくわからないままにものすごく多くの負担をしているのですが、このあたりが理解されていないし、政策的な整合性もない。

実は様々なコストを払っているのに、それが国民的な議論にならないままに決まってしまっているのが非常に大きな問題です。前提としてのエネルギーリテラシーも十分ではない。ガソリン価格が高騰すると政治がすぐお金を出すような状況で、再エネで水素をやるようなエネルギー政策に本当に移行できるのかと思います。

2つ目は、継続的な関心をいかに保つかということです。石油に関しては原油価格が下がった時に備蓄をさらに増やすといったこともできるはずです。エネルギー危機が去って価格が下がるとお金がつかなくなることを繰り返すのではだめです。

そして最後に、今後も日本は資源小国であり続け、かつ世界の主要国の中でも異例なほどエネルギー自給率が低い。このことは、エネルギーの問題はすなわち国際問題として考えなければいけないということです。

こうした構造が、すぐ変わることはない以上、世界ができるだけ安定し、国際市場が保たれている状況が日本の繁栄に直結していることを意識し、国際秩序の維持管理に日本は関わっていくことが必要です。より広い外交政策の根本に、エネルギーをめぐる日本の立場があるのだ、ということをメッセージとして伝えたいと思います。

竹原 エネルギーシフトが進む中、中東などの資源国との新しい付き合い方が必要になってきていると思います。エネルギー資源が石油、ガスだけではなくなっても日本は結局海外に依存しなければならない。

供給側も今までみたいに、お金を払えばいいということではなく、どうやってクリーン、低排出のエネルギーにするかといった悩みがあり、一方で日本はバーゲニングパワーが落ちてきている現実がある。

でも、私たちはこれまでの知見を活用し、新しいエネルギーのトップランナーとしての消費国になり得ると思うので、資源国側と新たなエネルギー外交やパートナーシップを築いていくことが大事かと思っています。

あとは、原子力も含めた既存の私たちの持っているエネルギーリソース、設備の有効活用も行うべきと考えます。今あるものも大事にしつつ、新しい資源に現実的な移行をしていく流れができたらいいと思います。

田中 私は2点です。1つは原理的なことですが、エネルギーというのはバランスが大事であって、物理的にも化学的にも様々な質量や熱量が保存されたりするわけですから、結局メリットばかりのエネルギーはないのです。必ずエミッションや放射性廃棄物が発生しますので、何かを過剰に追求すると、全体の構造が破綻してしまう。そういうバランスの下に成り立っているということを踏まえて、あまり「夢のエネルギー」という夢を追いかけないほうがいい、というのが私の考えです。

それを受けて2点目なのですが、今、経産省がマクロ政策で、「Sプラス3E」(安全性(Safety)、安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment))という言葉を使っています。もともと3Eしかなかったのが、福島第一原発の事故が起きてSを足したのです。

3Eから始まったことに異論はないのですが、随分長い間使われている。その間、それこそ再エネの導入も始まり、より多方面に対して配慮、調整をしなければいけなくなっている中、果たして「Sプラス3E」だけで足りるのかと私は問いたいのです。

それで「4SA2E」というものを提唱しています。Safety、Security、Stability、Sustainability( 継続性)、Affordability(購買可能性)、Efficiency(効率性)とEnvironment です。このあたりまで入れないと、今のマクロエネルギー政策はケアできないのではないか。これは国内でもまだ相手にされていないのですが(笑)。

竹原 ちょっと長いかもしれない(笑)。でも、IEAと日本の概念を足した、全部必要な要素だと思いますね。

宮岡 今日は貴重なお話を伺い、本当に勉強になりました。この座談会の記事を多くの読者に読んでもらって、エネルギー安全保障の重要性や新しいトレンドを知った上で、日本が目指すべき方向性を考えてもらうことで、日本のエネルギー安全保障のレベルは上がっていくのではないかと思います。

また、今日いらっしゃった方々には引き続き発信していただきまして、日本のエネルギー安全保障政策の質を上げる原動力になっていただければと感じました。本日は長時間有り難うございました。

 

(2023年12月22日、三田キャンパスにて収録)

 

※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。2024年2月号