【話題の人】後藤佐恵子:はごろもフーズ社長に就任
三田評論ONLINEより
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後藤 佐恵子(ごとう さえこ)
はごろもフーズ株式会社代表取締役社長。塾員(1997 経)。スタンフォード大学経営大学院修士課程修了。味の素等を経て2004年はごろもフーズ入社。2019年10月より代表取締役社長。
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インタビュアー片岡 理恵子(かたおか りえこ)
弁護士・塾員
童謡代わりに社歌を口ずさみ
──このたびは、はごろもフーズの社長就任、おめでとうございます。
後藤 有り難うございます。本当に重責に身が引き締まる思いです。
──後藤さんは創業家のご出身ということですが、やはり幼少時から、シーチキンの「はごろもフーズ」は身近な存在だったのでしょうか。
後藤 身近というよりも、自分と不可分な存在という感じでした。例えば地元のお祭りで、会社の作った山車のようなものの上に、幼かった私が法被(はっぴ)を着て、社員の人たちにかつがれて乗せてもらった思い出があります。また、家で童謡だと思って歌っていた歌が実は社歌だったり(笑)。
私が幼少の頃、会社が静岡県焼津市に工場を作ろうとして、一部の地元住民の方が反対されていました。土日に自家用車で、父と一緒に隠れて様子を見に行くと、「シーチキンは買いません」と赤字で書かれた横断幕を見て、子どもながらに、とても心を痛めました。
悔しくて、「『シーチキンを売りません』って言ってやればいいじゃない」と言ったら、「とんでもない。会社の者から売りません、などという言葉は絶対に言ってはいけない」と諭されました。もちろん、現在では地元の方と良好な関係を築いております。
──後藤さんのアイデンティティーそのものだったのですね。その後、中学、高校は地元静岡の女子校で学ばれ、大学から慶應義塾に入られたのですね。
後藤 大学の附属校に通っていて、そのまま女子大に行けたので両親からもそちらを勧められたのですが、父や伯父が塾員だったこともあり、慶應が大好きで、どうしても慶應に行きたいと思っていました。受かる保証はどこにもなかったのですが、リスクを取りました。
──最後は、慶應愛が勝ったということですね(笑)。
味の素でキャリアをスタート
──経済学部を選んだのはやはり将来設計を考えての選択だったのでしょうか。
後藤 本当はそう言えると格好いいのですが、慶應ばかり4つ学部を受け、幸いにして経済学部に合格することができました。実は私は中学・高校と女子校で6年間、思春期を過ごしているので、男性に対して一種恐怖心のような気持ちがありました。男の人とそもそも話をしたことがなかったんですね。
実際に入ってみると、経済学部は女性がクラスの10%ぐらいと圧倒的に少数派だったのですが、入学前の心配は無用で、楽しくて、男の子と話しにくいということもなく、普通に一緒に勉強したり、食事をしたりもできました。男性の中で自分が少数派でも違和感がなくなったという意味で、1つ扉を開けてくれたのが経済学部だったと思います。
──経済学部は男女の仲がいい学部ですものね。3年生からはゼミに入られたのですか。
後藤 金融やミクロ経済を教えていらっしゃった塩澤修平先生にお世話になりました。塩澤先生には卒業後も留学など、人生の節目で、手を差し伸べていただいて本当に感謝しています。
──大学時代は、真面目に勉強ひとすじの学生生活だったのですか。
後藤 とんでもない(笑)。とても楽しく過ごさせていただきました。授業はそこそこ出ていましたが、どちらかというとテニスやスキーサークルの練習や、皆と過ごすのが楽しくて。冬は雪山に60日ぐらいこもって、いつも長野などにいるという感じでした。
また、夏休みはアメリカ、ベルギー、イタリアの語学学校に行くなど楽しい学生生活を満喫していました。
──われわれは団塊ジュニア世代で就職氷河期でしたよね。どういった経緯で味の素に入社されたのでしょう。
後藤 それまでは男女の差を感じたことはなかったのですが、就職活動の時に生まれて初めて男女の壁を感じました。ある会社から同じゼミの男子には電話がかかってくるのに、女子にはかかってこないということがよくありました。
そうした中で、味の素でキャリアをスタートさせる決意をしたのは、母の紹介で、当時テレビ局でプロデューサーをされていた渡辺満子さんという塾の先輩とお話ししたことがきっかけでした。「将来、仮にあなたがはごろもフーズで働くとして、『味の素で何年キャリアを積んでから来ました』というのと、『花嫁修業をしていて、はごろもフーズに来ました』というのとでは、実力も、社員の受け入れ方も全然違うわよ」と言われたんですね。私は、社会で働く意味や、社会の人はどう見るのかということが分かっていなかったので、適切なアドバイスをいただいた渡辺さんには感謝しています。
──味の素ではどういったお仕事をされていたのですか。
後藤 研修の後、すぐに大阪支店に配属になり、業務用の食品の営業をやらせていただきました。職場の方も本当にいい方ばかりで、仕事の環境もやっている内容も楽しかった。
ただ、一方で30歳ぐらいまでに結婚したり、子どもを産むと考えると、自分のために使える時間というのは、27、8歳くらいまでかなと思っており、海外留学をしたかったのでその準備もしないと、と思っていたんですね。
MBAを取り、はごろもフーズへ
──25歳でスタンフォード大学へMBAを取るために留学されたんですね。
後藤 はい。スタンフォードでは企業の多面的な見方を学びました。例えば財務面やオペレーションや人事戦略の面から見ると、トヨタやGMがどう見えるのかということをケーススタディを通して、学びました。
また、アメリカ人の合理的な物事の考え方に触れることができました。日本では前例踏襲など長年やってきたことを続けることに安心感がありますが、アメリカはとてもダイナミックで、朝令暮改も頻繁にある。失敗したと思ったら、簡単に元に戻してしまう。現在赤字でも成長の期待できる企業に資金が供給され、産業が成長していく様子もシリコンバレーで間近で見ることができました。
──日本に帰国されると、大手コンサルタント会社のマッキンゼーで2年間働いた後、いよいよ、2004年にはごろもフーズに入社されます。
後藤 マッキンゼーでは、昼夜問わず働いていたのですが、結婚し、2人の娘を産んで、生活が激変しました。
元々私は目標にまっしぐらなタイプなので、子育てを一生懸命やりました。夫の仕事の都合で、神戸に行くことになり、双方の両親もいない生活でしたので、笑ってしまうような失敗談ばかりで。仕事に復帰してからも、本当に大変でした。
──どういった考え方、モットーで育児と仕事の両立に取り組んでいらっしゃいましたか。
後藤 こんな言い方をしていいかどうか分からないのですが、先ほど申し上げた渡辺さんから就職前に、「女性として両立に悩むことがあっても、仕事をやめないことが大事なのよ」と教えられました。また、どこかで読んだ記事に「100点満点を求めるのではなくて、子育ても仕事も60点でいい。足せば120点だから」と書いてあり、私もそのように考えるようになりました。私も母親としては欠点だらけで、会社でも至らないことばかりと皆に思われていても、そこは負けないで、「私は両方やっているのだから120点」と、自分のことを認めて潰れないようにと、15年ぐらいやってきました。
今、社長になり、一層責任を負う立場になったので、仕事だけで120点を目指したいとは思っていますが、1人だけで会社を運営しているわけではないので、皆のチームワークで140点を目指したいと考えています。
缶詰は環境にやさしい
──では、社長としてのお話を伺います。これからのはごろもフーズのキーワードは「持続可能性」、「環境」、「健康」、「女性」の4点ということですね。まず「持続可能性」についてはどうお考えでしょうか。
後藤 最近、SDGs(持続可能な開発目標)と盛んに言われていますが、流行りのキーワードということではなくて、もっと本質的なこととして捉えていきたいと思っています。
会社の事業の継続性ということから考えると、当社の場合、限りある海洋資源をどうやって継続的に調達していくかは、非常に大事なことです。今までシーチキンは、ビンナガマグロ、キハダマグロ、カツオという3種の海洋資源だけを原料としていたのですが、これからは例えば鶏肉など畜産物も使いながら、やっていかなくてはいけないと思っています。
また、大豆タンパクなども、今、特にアメリカなどでは非常に注目されています。牛や豚の肉は、いろいろな意味で供給が難しくなってくる恐れもあるので、大豆タンパクなども使いながら、安価で良質なたんぱく質を手頃な価格で消費者に届けることを考えていきたいと思っています。
──なるほど。「環境」についてはいかがですか。
後藤 元々、缶詰はエコな商品なんですね。常温で流通させていますし、スーパーで陳列する際も一切冷蔵設備などを必要としない。かつ容器は90%以上、アルミやスチールのリサイクルが確立されています。ですから、非常に環境にやさしい。
また缶詰というのは災害時に社会に非常に貢献できる側面もあります。防災食として、災害大国日本の中で缶詰が果たせる役割を、営利を超えたところで考えていきたいと思っています。
──次に「健康」についてはいかがでしょうか。
後藤 青魚の缶詰やパウチ(小型の袋)はDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)など不飽和脂肪酸がたくさん含まれていて大変健康に良いのです。また、当社では低糖質のパスタも開発しています。
最近ではオイル不使用のシーチキンが、好評をいただいています。カロリーが通常の油漬のシーチキンの4分の1程に控えています。当社の製品はどれを召し上がっていただいても、健康には自信をもっておすすめできる製品ばかりです。
多様性を力にする
──最後のキーワードは「女性」ということですね。
後藤 私が女性だからということだけではなく、性別に限らず多様性はすごく大事なことだと思っています。これもアメリカで学んだことですが、国籍や人種、物事の考え方などいろいろな価値観を持った人がお互いに知恵を出し合い、より良いものを作っていくということは、とてもパワーがあり、いい成果に結びつくのだと思っています。
その中で、まず当社で取り組んでいきたいのは、女性の積極的な登用です。もちろん、産休、育休といった制度を整え、仕事に復帰してからもできるだけ仕事が続けやすいような環境づくりを常に考えています。私自身、自分の経験から切実に感じた時間単位での有給休暇の取得制度を今年から始めたいと思っています。
また、これから取り組むこととしては、社内で女子会もやりたいと思っています。これは決して男性をないがしろにするということではなく、やはり少数派の人たちにはそれなりに手を差し伸べる必要があるということです。
私自身、女性に生まれてよかったと思った最大の出来事は、ビジネススクールへの留学なんです。アメリカはアファーマティブ・アクションという考え方があって、多様性を確保するという観点から、日本人でかつ女性でファミリービジネスのスペックということで、私はスタンフォードに留学できたのですね。
ですので、女性が少数派である間は、女性が活躍していることが、男性にとってもいい結果につながると信じて、女性同士の悩みを話し合うオフサイトミーティングのようなことをやっていきたいと思うのです。
女性ならではの経営視点
──後藤さんは上場企業の女性の社長という、数少ないお1人になったわけですが、家庭人の目線から経営者としてやっていきたいことは何でしょう。
後藤 社員のお子さんを対象にした工場見学会のようなことをやりたいと思っています。一緒に働いている社員は、広い意味で皆、ファミリーです。そのお子さんたちに、シーチキンがどうやってできて、お父さん、お母さんの会社ってこんなに社会に役立つものを作っているんだよ、と知ってもらえれば、仕事がしやすくなるかと思いますし、お子さんに対して、また社会に対しても誇りが持てると思うのです。
また、社員を対象にした調理実習研修もやりたいです。当社の営業パーソンは毎日シーチキンを売ったり、パスタサラダメニューを提案していますが、実際に自社の製品を使って料理を作ったことがあるかというと、なかなかそういう機会が少ない社員もいると思うのですね。
私もそこに行って、一緒に調理を通して社員の人と直接ふれ合いながら話ができたらいいなと思っています。
──社員を大事にしているという思いがすごく伝わりますし、細やかな女性らしい心配りのイベントですね。少し大きな観点から考えていらっしゃることがあれば教えてください。
後藤 私は恩師や友人などに恵まれ、様々な成長の機会をいただいて、ここまでこれたと思っています。それを、これからようやく社会に恩返ししたいと思っています。
慶應でも本当にたくさんの先輩方にご馳走していただきました(笑)。今までの人生、もらったもののほうが多くて、バランスが取れていないような気がしているので、どこかでこの借りを返さなければと思っています。やはり私の場合、それははごろもフーズでの活動を通して還元していくということだと思っています。
社会が今、抱えている課題、例えば少子高齢化や環境、災害対応の問題、あるいは1人で食べる子の「孤食」や子どもの貧困の問題など、食をめぐる社会の課題が色々あります。そういった課題を、1つでも会社の活動を通して解決するお手伝いができればと思います。
──最後に後輩塾員へのメッセージをお聞かせいただけますか。
後藤 本音を言えば、女性が社会で活躍するためには、職業選択よりもどんな価値観を持った男性と結婚するかが、一番大事かなと思うところもあるのです。私の場合、有り難いことに、夫が私のことを一番理解し、応援してくれています。そして、妻が社会で活躍することを自分のことのように喜んでくれます。また、夫の両親も子どもが風邪を引いたときなど最大限に支援してくれていて、とても感謝しています。
同時に、人生は有限なので、限られた時間でどうやって何に時間を使うかということをよく考えたほうがいいとも思います。1人の人間として何をしているときが一番幸せなんだろうと。
仕事をしているときなのか、子どもといるときなのか、旦那さんといるときなのか、趣味を楽しんでいるときなのか。そうすると、譲れないものや、今どうしてもやらなくてはいけないことが見えてくると思います。そして、やりたいことは先延ばしせずにやったほうがいいと思うのですね。
──謙虚でありながら、いつも前向きでパワフルな生き方はとても魅力的ですね。これからの後藤さんのますますの活躍を期待しています。
※所属・職名等は本誌発刊当時のものです。