Happy Birthday


「もうすぐ光の誕生日だな。」


突然自分の誕生日のことに触れられて,一瞬『え??』と驚いたという表情になる光。しかし.すぐにパッと花が咲いたような笑顔になって,


「・・・覚えていてくれたんだ・・・。」


とつぶやいた。


8月8日,それは光がこの世に生を受けた日。光は何度か自分の誕生日については話をしたことはあったが,まさかそれを覚えていてくれたことに感動する。


「チキュウでは,誕生日にプレゼントを贈る習慣があるそうだが・・・。」


「・・・うん,そうだけど,何で知ってるんだ??」


「王子が以前,フウにプレゼントをすると意気込んでいたからな。」


この手の情報は間違いなく,風とフェリオのカップルから流れてきていると考えてよい。海とクレフでは,そのようなことが話題に上る可能性は極めて低いが,フェリオは風が住んでいる世界に,セフィーロの住人の中で最も興味をもっているといってよく,積極的に異世界の習慣を取り入れる傾向にあった。光もそれに納得した様子。


「ランティス,セフィーロではそういう習慣はないのか??誕生日にプレゼントを贈ったり,お祝いしたりしないのか??」


「少なくとも,セフィーロでは聞いたことはないな。だが,せっかくのヒカルの誕生日だから,何かしたいのだが・・・。何か欲しいものはあるか??」


普通ならばそういうものは,サプライズをするかどうかは別にして,自分で考えてやるものだとは思うのだが,今まで誕生日を祝った経験がないランティスにはそれが分からなくても仕方のないことだった。


「私が欲しいもの・・・。」


一方の光もしばし考えた。もともとそんなに物欲がない光である。いきなり自分が欲しいものと面と向かって聞かれると,なかなか答えがでてこない。『指輪』は流石に高価すぎると考え,『ランティス』なんて恥ずかしすぎて口が裂けても言えない。少し考えたのち,光は何かを思いついた様子で,パッと表情が明るくなった。


「そうだ!!ランティス,私の誕生日に,ランティスの時間が欲しいな。」


一瞬ランティスは光の意図が分からず,少し困惑した表情を見せる。


「私はその日は学校も休みだし,何か2人で一緒に使えるものを探しに行きたいんだ。そのために,1日付き合ってほしい。つまり,その・・・ 『デート』しようってことなんだけど,ダメかな??」


自分の時間がプレゼントになるのか,という表情のランティスであったが,当の光はいたって真面目に話しているようである。どのみち,ランティスには光へのプレゼントなどいくら考えても,適当な答えを出すことはできないし,光もそう考えているようである。それならば『デートをして,欲しいものを一緒に探す』という光の案はランティスにとっても一石二鳥の提案であった。


「分かった。その日はたとえどんな仕事が入ったとしても,休ませてもらうように,今から導師にお願いしてこよう。」


そう言って,ランティスはクレフの元へと向かったのであった。



そして,8月8日当日の朝を迎えた。

ランティスもなんとか当日は仕事を休めることになり,光たちは東京タワーの開館時間に合わせて現地に集合し,セフィーロへと向かった。

光がセフィーロに着くと,ランティスも準備万端という状態で光を待っていた。


「それじゃあ,早速出発するか。」


光も『もう待ちきれない』という風に急いでランティスの元へと駆け寄る。

ランティスはいつもの黒馬に光を乗せて,そのまま城下町へと赴いた。

その道中,2人は黒馬に乗りながら,


「ヒカル,そういえば欲しいものは考えたか??」


「う~ん,考えたんだけどね,やっぱり現物を見て決めたいと思って,具体的には決まってないんだ。それより,2人で使うものだから,一緒に考えて悩んだ方がいいと思ったから・・・。」


そう言うと,光は少し顔を赤くして,といってもランティスからは見ることはできないのだが,


「・・・それに・・・その方が,少しでも長くランティスと『デート』できると思ったから・・・。」


その言葉を聞いて,ランティスは今すぐ光を抱きしめたいと思ったが,さすがに今自分たちがいる場所,すなわち上空数十メートルであることを考え,それは断念した。もちろん,2人が万が一黒馬から落ちたとしても,ランティスの魔法で事なきを得るとは思うのだが。



ランティスの黒馬のスピードはやはり速く.ものの10分もかからないうちに城下町の外れに到着した。ランティスの大きい背中を堪能していた光は内心『もう少しこのままでいたかったな』とは思ったが,今日の目的はランティスと2人で使えるをもの探すということである。2人は早速お店に入り,品物を物色し始めた。といっても,探すのはもっぱら光なのだが・・・。


「ヒカル・・・とりあえず,いくらか候補はあるのだろう??」


「うん,私達が住む世界では,『夫婦茶碗』っていって,2人で食事をするときに使う食器だったり,『ペアルック』っていって,2人が同じ服を着たり,後は,普段から身に付けるもの,例えば『腕時計』や『装飾品』が一般的だけど・・・。服は無しの方向で考えてるんだ。」


服が候補にならない理由はランティスにも理解できた。ランティスの身長は198㎝,光の身長は145㎝である。どう考えてもサイズが合わないことは明白である。それに,東京であれば,量販店でサイズが違っても同じ服はあるだろうが,セフィーロにはそんなお店はない。その上,ランティスが光が着そうな服を着ているところや,逆に光がランティスが着そうな服を着ているところなんて想像ができないだろう。それは,ランティスも同様である。


「俺が赤の服を着たら,他のやつらに何を言われるか分からないな・・・。」


光はランティスが,自分のイメージカラーの服を着ているところを少しだけ想像してしまう。頭の中のランティスは,まるでコスプレをしているようで,あまりにも似合っていない。光は堪え切れず,思わず吹き出してしまう。


「・・・ご・・・ごめん,ランティス・・・でも・・・おかしくて・・・」


ランティスも光が黒い服を着ているところを想像する。・・・なんだか葬式のようなイメージしか浮かばない。


「・・・そうだな,服は却下にしよう。」



とりあえず2人は食器を見ることにして,日用雑貨が扱われるお店に入った。

セフィーロの食器は中世ヨーロッパのような雰囲気があり,光が見るといかにも高そうに見えるが,実際はそうでもない。光はセフィーロの文字がすべて読めるわけではないが,値札を見る限り,そんなに高くなさそうである。

光はとにかく自分の琴線に触れた品物を片っ端からチェックしていく。ただ,ランティスと共用するものなので,あまり女の子っぽいものはダメであることは頭に入れることを忘れてはいない。


「う~ん,迷うなぁ・・・。」


いくつか候補を絞り込んでいるようではあるが,どうしても決めかねる光。ランティスに助けを求める。


「ねぇ,ランティス,ちょっと来てくれる??」


ランティスの手を引いて,商品のところへ案内する。

シンプルなのもや.少し形が変わったもの,丁寧に彩色が施されたものもある。ランティスは少し考えたが,


「・・・全部,というわけにはいかないか??」


光は一瞬『ダメだ』と言いそうになるのをグッと堪えて,今日は自分の誕生日であると自分を納得させて,ランティスに甘えることにした。


「・・・いいの??」


「ああ,全部買ったとしても,大して高くはない。」


「・・・ありがとう。大切に使おうね。」


結局自分が欲しいと思ったものを全て買ってもらえることになった光は,満面の笑みで店を後にした。


そして,城下町のカフェで遅めの昼食を取り,城下町を後にあるつもりであった。



来た道を戻るときに,光はあるお店の前で立ち止まった。


『・・・綺麗・・・』


光が目にしたものは,見たこともない宝石の原石であった。

その中でも光の目を引いたのが,ランティスの瞳の色と同じ紫色をしたものであった。地球の鉱物でいうとアメジストに似ていて,少し色が濃い紫色である。

光は何かに魅入られたようにそれを見ていた。ふと気が付くと,後ろにいるはずのランティスがいつの間にか店の中で店主と話をしている。それを見た光も店の中に入る。


「・・・ランティス,何をしているんだ??」


「・・・何って,それが欲しいのだろう??」


ランティスは光が見つめていた原石を買おうとしていた。さすがに光は止めにかかる。地球では原石といえども,数㎝の大きさになると莫大なお金がかかってしまうことは,さすがに光でも分っていた。


「ランティス,それはダメだ。・・・だってものすごく高いんだろ??」


心配そうにランティスを見つめる光。しかし,


「心配するな。今のセフィーロでは,このくらいの大きさの原石ならばさほど高くない。さっき買った食器と大差ないだろう。確かに加工したり,装飾を施したりしたものになると桁は違ってくるが。」


「・・・そ・・・そうなのか??」


そう言われて値札を確認すると,確かにさっき見ていた食器と同じくらいの値段であることが分かり安心する光。


「この付近では,こういう鉱物はよく採れるからな。光たちが身に付けていた防具や武器の魔法石の方がよほど高い。」


「・・・じゃあ,ランティス。もう1つわがまま聞いてくれる??」


「なんだ??」


「・・・あのね,この原石も『ペア』にしないか??私がその紫色の方を持って,ランティスがその赤い方を持つ,というのはどう??その方が,私とランティスが離れ離れになっているときでも,お互いの存在を確かめ合えるような気がするんだ。」


「そうだな。それなら,これを城に持ち帰って加工しよう。」


「え??でもランティス,宝石の加工なんてできるのか??」


そう聞かれたランティスにはちゃんと考えがあるらしい。


「大丈夫だ。セフィーロ城にはこういうことが得意な人物がいるだろう。ヒカルのためならば喜んでやってくれるだろう。」


光の頭の中にも,その人物が浮かび上がる。そうプレセア(シエラ)である。おそらく様々なものの加工技術においては,今のセフィーロでは右に出るものはいないであろう。光は納得して,セフィーロ城へと戻っていった。



「・・・というわけで,この原石を加工して欲しいのだが。」


「もちろんよ,まかせて!!」


光の誕生日プレゼントと聞いて,俄然張り切るプレセア(シエラ)。ランティスに支線を向けて,『やるじゃない』と意味ありげにウインクする。


「で,何を創ればいいの??」


「う~ん,やっぱり『ペアリング』がいいな・・・。簡単に言えば『指輪』なんだけど,2つとも同じデザインで,宝石だけが違うように創ってほしい。紫色の方が私がつけて,赤色の方をランティスがつけるんだ。」


「分かったわ。最高の『指輪』を創るわね。」


そう言って,2つの宝石の原石を受け取ると,その場で原石が輝きだし,頭上に掲げられる。セフィーロの創師は武器や装飾品を創るときに,道具を使うことはなく,意志の力だけで作ることができる。また,プレセアがエスクードで魔法騎士の剣を創り上げたときも,時間にして1時間もかからなかった。今回の指輪の場合は小さな装飾品ということもあり,ものの5分もかからなかった。


「・・・すごい・・・あっと言う間にできちゃった・・・」


さらに,光の手に降りてきた2つの指輪を見てさらに感激する。


「・・・綺麗・・・本当にランティスの瞳と同じ色だ・・・。」


赤い色の指輪の方も,光の炎の意志が宿っているかのような真紅の色をしていた。


光がこのような指輪が欲しいと思っていた,まさにそのものが自分の手の中にあった。

意志の世界であるセフィーロでは,強く願えば叶えることができるのだと改めて感じた光。


「・・・ありがとう,プレセア・・・。」


「いいのよ,これくらい。何でもないわ。それよりヒカル,早くランティスに指輪をつけてもらいなさい。」


それだけ言い残して,プレセア(シエラ)は去って行った。

そう言われて,光は顔を赤くする。恥ずかしそうに首を縦に振ると,ランティスに紫色の指輪を手渡す。


「ヒカル,どの指がいい??」


一瞬考える光。


「左手の中指がいいな・・・。」


この指だよ,という感じでランティスに教える。ランティスにはその指にする理由は分からなかった。

光は本当は薬指にしたかったのだが,一瞬考えたときに,『この指は本番にとっておこう』と思った。

いつか来る,その日のために・・・。

光の指に指輪がつけられ,光もランティスの指に指輪をつける。

その指輪を愛おしそうに眺める光。その指輪を見ていると,まるでランティスの瞳を見つめているような錯覚に陥ってしまいそうな光。


「ありがとう,ランティス。今までで一番嬉しい誕生日になった。本当にありがとう。」


自分の誕生日に,好きな人とデートができて,こんな素敵なプレゼントが貰えるなんて,自分はなんて幸せ者なんだろうと感じている光。

そして,心の中では,


『早く,薬指が使える日がくればいいな・・・』


と遠い未来に思いをはせる光であった。



あとがき

 去年の光ちゃんの誕生日に合わせて書いたSSです。今年のも一応は制作中ですが,忙しすぎて8日に間にあうかどうか微妙(´;ω;`)