I sing for you
光は受け取った一枚の紙を見てしばし茫然としていた。一瞬,いやそこに書かれてあった数字の意味を理解するには相当な時間を要した。というよりも理解したくなかった。それほどに光にとって,その紙に書かれてあった数字は受け入れがたい者であった。
『28』
たしかにそんなにできていない感じはしたし,もともとその教科が苦手であったため,高得点を取ることは難しいと感じていた。『英語』や『数学』でこの点数を取ることは考えられることではあった。しかし,まさか『音楽』といういわゆる『副教科』で『赤点』を取ってしまうことになるとは夢にも思わなかった。光も完全に油断していたのは事実であった。
その日の音楽の授業は完全に放心状態で,先生が言うことも完全に頭に入ってこなかった。いつもの明るい様子はなく,休憩中もショックでどこかうつろな感じがあった。海と風も当然のごとく,光の異変をすぐに察知する。
「光,何かあったんでしょ??様子がおかしいわよ。」
「学校で何かあったんですか??」
光はいつも通り振る舞っているつもりでも,光はいい意味で嘘をつくことができない性格である。というよりも,感情が顔にそのまま出てしまうため,なかなか隠し事ができないのが実情である。
「・・・そうなんだけど・・・」
光は2人に自分がやってしまったことを言うのがやはり恥ずかしいのか,直接的に言う気にはどうしてもなれないらしく,どう2人にこのことをオブラートに包みこんで話をしようか,その言葉を考えていると,海が『まさかね~』という感じのおどけた口調で光に話しかける。
「今日この前の定期試験返ってきたんでしょ??もしかして赤点取っちゃたとか??」
海は当然光が真っ向から否定してくると考えていたが,光の様子からはそんな雰囲気が微塵も感じられない。その様子に海の方も凍りつく。そして,なんとか言葉を絞り出す海。
「・・・まさか・・・その通りなの??」
それに首を縦に振る光。風も『まさか』という驚きの表情を見せる。
「・・・でも光さん,試験勉強頑張ってらっしゃいましたよね。私たち3人で勉強したときには,何も問題ないように見えましたのに・・・。」
風の指摘通り,光は3人の中で一番頑張っていた。3人はそれぞれ違う学校に通ってはいるが,試験が近くなると,勉強道具を持ち寄り,勉強会を開いていた。そこでは光は決してできていないわけではなかった。
「・・・実は・・・赤点を取ったのは『音楽』なんだ・・・」
この光の発言には海も風も耳を疑った。確かに『音楽』は光の苦手科目であることは海も風も知っている。しかし,『英語』や『数学』に比べると,試験範囲も狭く,難易度も低いはずである。ただ,どうしても主要科目に目がいきがちであり,『音楽』などの副教科で今回のような事態に陥ることは考えられないことではなかった。
「光さん,今からセフィーロに行きますわよ。」
「・・・え・・・何で急に??」
「光さんを元気にするのは,ランティスさんの役目ですもの。」
「・・・そうね,私も賛成。ランティスに励ましてもらいなさい。」
「・・・でも・・・追試の勉強しないと・・・」
光の抵抗をよそに,『そんなの後よ!!』という雰囲気の2人に押され,光は東京タワーに強制連行され,本当にそのままセフィーロに向かうことになったのである。
この日にセフィーロを訪れる予定はなかったため,光の訪問はランティスにとっても寝耳に水のことであったが,光に会えるということはランティスにとって嬉しくないはずはない。しかし,当の光は一応は何もないという風に装いはしたが,海と風と同様に,光に異変にはランティスもすぐに気づいてしまう。しかも,いわゆる平日に光がセフィーロに訪れること自体が何か非常事態である可能性が高いために,ランティスの方はかなり心配している。
「・・・今元気がないことと,今日セフィーロに来たことは関係があるんだな??」
光は『どうして分かっちゃうんだろ』という風に少し苦笑いを浮かべながらランティスに事情を話し出す。
「・・・うん,でもそんなに大したことじゃないんだけど,私が元気じゃないから,海ちゃんと風ちゃんがランティスに元気づけてもらえって,無理矢理連れてこられただけなんだけどね・・・。」
光はそうは言いものの,ランティスには信用してはもらえない。光の元気はなく,『大したことはない』というときは,比較的重症の類であることが多い。ランティスもそれは何度か経験しているためなおさらである。
「・・・元気がない理由は話せないか??」
ランティスにそう促され,光は自分の鞄から,一枚の紙,今回のことの原因である解答用紙を取り出し,ランティスに差し出す。しかし,それを見てもランティスにはそれが何か全然分からない。セフィーロにはいわゆる筆記試験なるものが存在せず,試験といえば,大抵は剣術や魔法などの実技試験である。
「・・・これは??」
「前に私が住んでいる世界では『定期試験』があるって話をしたよね??今日それが返却されたんだけどね・・・。その結果が良くなかったんだ。だから,ちょっと落ち込んでるんだ。今までこんな点数を取ったことなかったから・・・。」
そういえば,そんな話をしていたな,ということを思い出す。光も試験が近い時にはセフィーロで試験勉強をしている姿を見たこともあった。
「それでね,この『音楽』という科目なんだけど,私が一番苦手にしている科目なんだ。でも,それ以上に私が油断していたことが今回の原因だから,自分自身が情けなくて・・・。もう少しできたことがあったんじゃないかって・・・そう思っちゃうんだ・・・。」
ランティスにとっては,この試験の重要性を正確に理解しているわけでもないし,実際に解答用紙を見ても,何一つ理解できていない。
「・・・ねぇ・・・ランティスってこういう試験で失敗したことあるの??」
光の中ではランティスは完全無欠のイメージがある。何をやっても人並み以上にはでき,苦手なモノなどないのではないかと思えるほどである。実際に剣術でも魔法でも,誰かに負けることなど全くないように思われた。
「・・・セフィーロにはこういった形の試験はないからな・・・比較できない。それはそうと,この『音楽』というものはどういったものなんだ??」
「う~ん,簡単に説明するのは難しいんだけど,曲を聴いてその曲がどんな曲なのとか,誰が作ったりとか,記号や言葉の意味を答えたりとか,いろいろあるんだ。それと実技で楽器を演奏したり,歌を歌ったりもするんだけど・・・。」
『歌』という言葉を耳にして,少し顔をしかめるランティス。それに光は気づいたかどうかは分からないが,光は『そうだ!!』という表情になり,ランティスに突然リクエストをする。
「・・・もしよかったら,ランティスの歌,聴いてみたいな・・・。」
ランティスは大きくは表情は崩さないものの,背中に冷たいものを感じていた。実はランティスも光と同様に『歌うこと』は苦手である。実際は歌はうまいのかもしれないが,普段寡黙なランティスが人前で歌うことになると,どうしても冷やかされてしまう。それがランティスにとっては耐えがたいことであり,そういう雰囲気になってしまうことが嫌で仕方がなかったからである。もちろん,光がランティスの歌を聴いて,そういうことをしないであろうことは百も承知であるのだが・・・。
ランティスは一応光に念を押す。
「・・・どうしても聴きたいのか??」
ランティスの問いかけに光は首を縦に振り,『絶対に聴きたい!!』というアピールをする。光の今日一番の輝いた目を見てしまうと,ランティスは抵抗する気力も失せてしまう。『仕方がない』と観念したランティスは大きく息を吸い込み,歌い始めた。
ランティスの歌は決して華やかなモノではなかった。しかし,彼本来の重低音を活かした歌声と,その声に合うどこか哀愁を漂わせる歌詞は,光を魅了するには十分であった。それは光だけにしか分からないのかもしれないが,普段のランティスには見られない新たな魅力を見つけられたような気がした。時間にしておよそ3分間。それが光にとっては夢のような時間であったなだろう。
ランティスが歌い終えて,光の方を見ると,光は良い意味で放心状態であった。光が言葉にしたのはただ一言,光が本当に感動したときに発する言葉であった。
「・・・・・・すごい・・・。」
その光の表情からは,今日の最初に見られた,どこか影を落としたような雰囲気は全く感じられなくなっていた。ランティスも普段の元気を取り戻した光を見て,初めて『歌って良かった』と感じているようであった。
本当は光の歌声も聴いてみたいという欲求はあったものの,せっかく立ち直った愛する人に無茶をさせえて,また落ち込ませてはいけないと考えて,今回は我慢することにした。光の歌声はまたいつの日か,来るべき日の楽しみにとっておこうと思うランティスであった。
あとがき
内容的にまとまりがないです(´;ω;`)でも,どうしても『音楽』ネタでSSを作りたかったので,その結果がこれです。ランティスの低音での歌声は光ちゃんがメロメロにしてしまいますよね(笑)