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研のゲイ術的生活

研の平凡なゲイ的生活を(ときおりは赤裸々に)語るブログ。


高市首相は同性婚には反対だが、パートナーシップはいいと思いますよ、と言っていた。

平安時代からの歴史を振り返ると、やはり日本にはその形がふさわしいのかもしれない。

ゲイとホモの違い、という概念も提出されてきている。

ゲイというのは、最近の概念で、明確なゲイとしての自覚をもち、結婚しない、同性婚ができればするかも。

ホモというのは伝統的な日本人同性愛者が典型で、同性愛者であることはひたすら隠す。女を騙して結婚し、「マトモ」な人生を演じ、そして、外で男を用いて性欲を発散させる。

同性婚が認められると、社会がかなり変わるのを、台湾とタイで目撃してきた。

まずエンタメの内容が変わる。どうせ結婚できないし、なんていうセリフがなくなる、というか、使えない。

結婚できるじゃん!とつっこまれるからだ。

レインボーパレードの参加者も減る。大きな権利の一つが認められたから。

両手を繋いで街を歩くゲイが増える。誰も振り返らない。

一番大きいのは教育内容が変わり、LGBTQA+ にふれる必要が出ることだ。

台湾では法的義務になっている。

こうして、差別が(心の中にはあっても)表面化しなくなり、暮らしやすくなるだろう。

これが3、40年も続けば中高年の意識も変わる。すると社会全体の雰囲氣が変わる。

日本はこの道を進めない。

しかし、もともと日本のゲイには、日陰者扱いを密かに楽しんでいる、秘密結社めいたところを好んでいるフシもある。

台北のゲイエリアには、異性愛者はいくらでもいるし、混ざっている。

普通のおじさん、おばさんの横にゲイのグループがいるのだ。

紅樓の後ろにある、オープンテラスのゲイカフェ(?)に行ってみれば分かる。

2階のバーもガラス張りでよく見える。隠してる感はなく、もちろん「会員制」なんていう概念はない。

一方、日本人は2丁目のような閉鎖的なところが好きなのだろう。会員制とまだ書いてあるのだろうか。

37歳でおそすぎるデビューをしてから、東京ではこわくて行かれないので、大阪の梅田か難波のゲイバーに行こうとした。

どこも「会員制」と書いてあり、その意味を知らなかったので、何軒も入れないまま、歩き回り、ようやく会員制と書いてないバーに入ったのを思い出す。

妙に明るいところで、とても怖そうなおじさんがカウンターにおり、若者2人がひそひそばなしをしている実に不思議なバーだった。

店の名刺をくれたのだが、床に落としたのに気づかず、怖いおじさんマスターに、要らない?とすごまれてしまい、そそくさと店を出た。

要らないわね。