私の心にこびりついて離れない先入観があり、活躍している人は家柄がよい、ということだ(「よい」の定義にもよるが)。
こう考えておけば、親戚に偉い人がゼロの私はどうあがいてもどうにもならない、と努力を放棄することができる。一種の卑怯ともいえる退避路だ。
しかし、調べてみると、有名な人は、三代遡ると武士だったり、富裕層だったり、平民でも、親戚、兄弟の誰かが帝國大學を出ていたり、とほぼ例外はない。
馬の骨の息子、娘が活躍しているのを見たことがないのだ。
ゲイにとって癪にさわることに、馬の骨の息子であっても(官僚に多い)、配偶者の家柄は素晴らしいのである。
というわけで、何も実績を残せなかったのを先祖のせいにするのは失礼なのだが、そう思わざるを得ない。
この若い頃からの先入観は、いろいろな人を見れば消えるかと思ったら、逆に強まるばかりである。
例外はもちろんいるが、配偶者の家柄を考慮に入れると、限りなくゼロに近くなってしまう。