歌集を出した時は、歌人たちに送付することになっている。
最初の歌集を出した時、200部ぐらいを送ったと思うが、後書きに「童貞歌集」と書いた。
当時は「処女歌集」というのがふつうで、それに抵抗したのだ。いまでは、「第一歌集」などということになっている。
第一歌集は極めて重要で、これが評価され、何かの賞を取れないと、もうほぼ、歌人としての将来はない。
しかし、それを知ったのはかなり後のことで、そのことを私に教えてくれる人がいなかった。
仕事の方でもそうだが、指導者には恵まれない人生だったと思う。
それはともかく、ある無名の女性歌人が、これは少年愛の歌集ですね、理解できません、さようなら的な「礼状」をよこしてきた。
これが、唯一、面と向かって経験したホモホォビアかも知れない。