語学のレッスンでは当然、今週、先週なにをしたか?などと聞かれてしまう。
タイのBLを観ました、とか、男と過ごしましたなどと言えるはずがない。うるせえな、と思う。
とくに、英語や華語なら問題ないが、イタリア語だったりすると、「友だち」と言っても、男女の区別(amico, amica)をしないと話せない。
ゲイであることは全てに関わってくる。
むかし、伏見憲明が、ゲイであることが24時間、重要なわけではないと言っていたが、そんなことはない。
性行為をしていないときでも、発想が、行動が、思考が常にゲイなのだ。
しかも、足立区のジジイのような阿呆の相手もしなくてはいけないとなると、ストレートの楽な人生に比べて、無駄なエネルギーが多い、面倒な人生だな、と思ってしまう。