「骨まで愛して」という歌詞(歌?)がある。
すごい歌詞だ。どうすれば骨まで愛せるのか。
この歳で思い至ったが、セックスの本義は、一体化である。射精の快感は単なる手段に過ぎない。
少しでも一体化したい、と感じて人はあらゆるセックスをするのだ。
舐めたり、咥えたり、挿入したり、押したり、撫でたり、舐めたり、つねったり、吸ったり、中に射精したり、相手の精液を飲んで自らの細胞に変えたり、肌を密着させてオーラを注入したり、少しでも相手と一体化したい。
それは、聖一体化とでも呼びたいような神聖な欲であり、人生の、ヒトの生存の土台、基礎である。
プラートーンの『饗宴』に書いてあることは、馬鹿らしいと思っていたが、実は正しいのではないか。真に一体化できる相手を求めてさまよっているのがわれわれであるのかもしれない。
