そこには、離婚した大学准教授(31)に恋して、献身的に尽くすゲイの大学生(19)が出てくる。
こんな優しい、飯を作って、掃除してくれることで愛情表現をする子がいたら、もう他には何も要らない、、わけではないが、そういう気分に(一時的にも)なるのではないか。
もちろんいずれは冷める感情だが、味わったことがある、という、経験の有無が人生には大切である。
しかし、察するに、ゲイの中にも、家に帰ると、パートナーの作った飯ができているという幸せな人がいるらしい。
愛のある食事はうらやましい。わたしは機械か、赤の他人が適当に作った、エネルギーのないメシを毎日食べている。
たぶん、老人ホームに入っても同じことだろう。来世に期待したい。