「教頭という、世間的に見れば、地位も分別もある立場の人間が、どこの誰かもわからない、トイレに入っている男性の姿をスマホで、なぜ撮ろうとしたのか」
とニュースが出ていた。分析してみよう。
まず、教頭という「地位」と「分別」は、セクシュアリティー、そして、性欲には関係がない。下半身に人格がないと言われている通りだ。
また、今は、分別がなくてもいくらでも教頭にはなれる。つまり、教頭に分別があると思う方がおかしい。戦前ではないのだ。
また、どこの誰かもわからない男の写真を撮ることをライターは不思議に思っているようだが、かなり異性愛者独自のバイアスがかかっている。
ストレートの男だって、どこの誰かかわからない女の動画や写真で喜んでいるはずだ。
こんな差別的なことば遣い、というか発想から生まれたニュースは許されるべきではない。
もちろん、この教頭のやったことも許されるべきではない。