マリモ集団消失す ② なぜ消失したのか? |   マリモ博士の研究日記

  マリモ博士の研究日記

      - Research Notes of Dr. MARIMO -
  釧路国際ウェットランドセンターを拠点に、特別天然記念物「阿寒湖のマリモ」と周辺湖沼の調査研究に取り組んでいます

 2022年10月9日、国立遺伝学研究所などとの共同研究でチュウルイ湾を訪れた。マリモ群生地の標識ブイに船をつなぎ、湖底を覗くと、暗澹たる気分になった。あるはずの大きなマリモ(写真A)が見あたらないのだ(写真B)。前年の11月には、形状が緩集合化していたとは言え、まだ大きめのマリモがあった。それが、小さなものばかりになっていた。次いで、スキューバで周辺を潜水観察した。ビロード状のマリモが残っていた浅所でも大きなマリモは姿を消していた。

 

 原因は、前年12月にマリモの大量打ち上げを誘発した強い風波と見てよいだろう。だが、2016年8月に記録的な暴風で湖岸の樹木が次々に倒され、チュウルイ湾の湖岸に大量の水草が山となって打ち上げられた時でさえ、同所の大型マリモが一掃されることはなかった(連載第415回)。異常事態と言ってよい。

 

打ち上げ防止堤前の標識ブイ周辺におけるマリモの生育状況の変化.A:2016年の台風で大量の水草が除かれた結果,2018年には15㌢を超える集合体が集積するまでに生育状況が回復した.B:しかし,2022年には小さなマリモが大半を占めるだけとなった.集合体が水草の再繁茂によって緩集合化した結果,2021年12月の低気圧で一掃されたと見られる(詳しい説明は④へ).

 

 前回述べたように、この水域では2010年代に入り、水草の繁茂によってビロード状大型マリモの生育状況が悪化した。これを救うべく、2014年から2020年まで調査研究ならびに生育環境修復のための対策事業が行われた。当事者である釧路市教委が通年して実施するモニタリングでこの事態を知らないはずはない。けれども、大量打ち上げから既に1年近く経とうとしている。万が一を考え、状況を市教委にメールで伝えた。以下、市教委から受け取った返信の一部である。

 

 「ブイは(私が送った写真の)どこに写っているのか。位置情報を示せ」「マリモがなくなっていると言うなら具体的な数値で示せ」「場所もろくに示せないような調査を行っているから、あなたの言っていることが信用できない」「(生育状況を示す)写真も都合のいいものを切り取っているのではないかと疑っている」

 

 なるほど。これでは危機感を持つに至らないであろう。10月21日、市教委の担当者に同行を求め、現地に入った。標識ブイまでシュノーケリングで泳ぎ、湖底を指して「ないよね」と確認を求めた。それには答えず、「マリモはなくなっていない。大きなものが沖にたくさんある。(ブイの)西側にも(マリモが)いる」との返事であった。

 

 何を言っているのだ?対策事業が始まった際、ブイ西側の浅水域は水草の影響が比較的軽微で、マリモの生育状況がブイ周辺より良好な場所もあった。それゆえ、西におよそ40㍍離れた位置に、環境改善の当面の目標となるコントロール(対照調査点)を設けたのではなかったか。さらに、大量打ち上げが発生すると、西側の集団の大きなマリモは沖に流動し、今はあるように見えても数年のうちに緩集合化して崩壊する(詳細は次回)。いずれも、対策事業の対象にはなっていないのだ。

 

 ブイ周辺のビロード状大型マリモを救うという対策事業の目的や内容にとどまらず、チュウルイ湾におけるマリモ集団のつくりや挙動など、基本的な事柄が分かっていないのではないか。何より、守るべきマリモ集団の位置を示すブイの存在も、その下のマリモの生育状況も把握していない。これでどうやって必要な対策を施し、その効果を評価するのか。なぜマリモの危機が深刻化したのか、主要な原因の一つがここにある。

 

つづく


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  《 ←前へ 》  ① ビロード状大型マリモ集団
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   【釧路新聞文化欄・日本マリモ紀行#596,2023年1月23日】