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第十七章 光り輝く朝に
眩しさに、瞼の裏が白く焼けたような感覚がした。
昨夜、もしこれが最後ならせめて光の中で終わりたいと、厚いカーテンを閉めずにレース越しだけで眠りについた。
その判断が、窓から差し込む冬の終わりの、鋭くも清らかな朝光を希の部屋に招き入れていた。
(……あ)
重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
視界に映ったのは、見慣れた天井の木目と、光の粒が踊る空気の揺らぎだった。
希は、恐る恐る自分の喉に触れた。
掌に伝わるのは、トクン、トクンと規則正しく、けれどこれまでになく力強い、生命の拍動だった。
生きて、いる。
震える右手で、左腕のパジャマの袖をたぐり寄せた。
そこに居座っていた、あの冷酷なまでに鮮やかな数字の姿は、どこにもなかった。
代わりに、かつてカナダの雪原で長老エライジャが見せてくれたのと同じ、白く細い、光の筋のような傷跡が、静かな「結び目」を描いてそこにあった。
「……っ、…………ぁ」
声にならなかった。
次の瞬間、堰を切ったように熱いものが溢れ出した。
希はベッドから起き上がることもできず、ただ枕に顔を押し当てて、子供のように声を上げて泣いた。100日という断崖絶壁を、自分は今、踏み越えたのだ。
「効率」と「正解」だけで固めてきた彼女の心が、温かな涙となって溢れ出していく。
「ありが……とう、ございます。ありがとう……っ、ありがとうございます……!」
何度も、何度も、壊れた機械のように、あるいは祈りのように、その魔法の言葉を繰り返した。生かしてくれた運命に。
自分を産んでくれた母に。そして、この朝を迎えられた自分自身に。
嗚咽は止まらず、布団を握りしめて身悶えしながら、一時間以上もその場に蹲り続けていた。
ようやく涙が枯れ、腫れぼったい目でふと我に返った時、希は昨夜抱きしめていたはずの「二つの宝物」が手元にないことに気づいた。慌てて布団の中を探る。
母の遺影は、寝返りを打った拍子にシーツの端、ベッドの柵との隙間に挟まるようにして止まっていた。そして、二枚のチケットは――枕の下で、わずかに端が折れ、希の体温を吸って少しだけふやけたように波打っていた。
「……よかった」
希はベッドの上に座り直し、震える指先で、折れ曲がってしまったチケットの端を一枚ずつ丁寧に、愛おしそうに伸ばした。
ぐちゃぐちゃになっていても構わなかった。
むしろ、このシワこそが、昨夜自分がどれほど必死に「明日」を願ってこれを抱きしめていたかという、泥臭い生の証明のように思えた。
汚れを払うように遺影を優しく撫で、整えたチケットを並べる。母が希と行きたくて、まだ入院するほど症状が酷くなる前に購入していた、大切なアーティストのプラチナチケット。
都心のマンションの窓の向こう、幹線道路を走る微かな車の唸りが、大きな生き物の呼吸のように聞こえてくる。
ふと、ベランダの手すりに一羽の小さなすずめが降り立った。
チチッ、と短く鋭いさえずりが、静まり返った部屋に響く。都会の喧騒の中で、それは今まで一度も気づくことのなかった生命の調べだった。
ライブは、今日の夕方から始まる。
希は立ち上がり、椅子にかけられた紺色のワンピースへと手を伸ばした。
「お母さん。……お待たせ。一緒に行こうね」
窓を開けると、冷たくも心地よい春の予感を含んだ風が、希の頬を撫でていった。
101日目。
数字の消えた左腕に、新しい人生の第一秒が、静かに刻まれ始めていた。
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続きは明日20時に更新します。