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 第四章 二つのタイムリミット【前編】


不格好なハンバーグから立ちのぼる湯気が、二人の間の空気を白く濁らせていた。

希は無言で箸を動かす。肉の味はほとんどしなかった。


ただ、母が時折漏らす、深く、湿った咳の音だけが耳にこびりつく。


母は自分の分にはほとんど手をつけず、お茶の入った湯呑みを両手で包み込んで、じっと希の横顔を見ていた。



「……希。驚かないで聞いてほしいんだけど」



母が静かに切り出した。

その指先が、わずかに震えているのを希は見逃さなかった。



「先生から、ちゃんと家族に話しなさいって言われてたの」



母の口から語られたのは、末期の肺がん、ステージ4、という乾いた現実だった。


すでに他の臓器へ転移しており、手術の適応はないこと。

これからは痛みを抑える治療が中心になること。


希の思考が、一瞬だけ停止した。



自分の左腕には、正体不明の「85」。



そして目の前の母にも、目には見えない、けれど確実で残酷なタイマーがセットされていた。


(ステージ4……余命……?)


信じられなかった。

最新の医療がある東京へ呼び寄せれば、何かの間違いだと言ってもらえるはずだ。


希は表情一つ変えずに答えた。

驚きも、悲しみも、一切を心の奥底に沈め、鉄の仮面を被る。


「……わかった。仕事、調整する。一度、東京の大きな病院で診てもらおう。そこで治療すれば、きっと良くなるから」


「希、でもね。先生はもう、治る病気じゃないって……」


「いいから、それ以上何も言わないで」



希は母の言葉を遮り、残りのハンバーグを無理やり胃に流し込んだ。


聞きたくなかった。


母の口から、終わりを認めるような言葉なんて。




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