第八章 遺された愛の重さと、拒絶する身体



母が息を引き取った50日目から、希の時間は、感情を失った歯車のように正確に、そして無機質に回り始めた。


母子家庭で育った希には、頼れる兄弟も父もいない。二十四歳の彼女が、必然的に喪主となった。


泣いている暇などなかった。

希はまず、小さな家族葬を執り行える葬儀屋を、ネットの口コミと価格表を比較して数分で選び出した。


病院の安置所から、母と共に葬儀屋へ移動する。案内されたのは、母を中央に寝かせた静かな畳の部屋だった。


母を安置し、ようやく二人きりになったその夜。

希は母のスマートフォンを握りしめ、事務的な手際で連絡を始めた。

母の友人たちや、親しくしていたであろう男性へ、

娘の希です。母が亡くなりました』という短い一文と、葬儀の案内図の画像を次々と送信していく。


返信の通知が止まらぬ中、希の体調は突如として崩れた。


喪主として明日からの儀式を完璧に遂行しなければならないという極限の緊張と、抑え込んだ悲鳴が、肉体を内側から破壊し始めていた。


畳の上に横たわる母の隣に寄り添いたいのに、数分おきに激しい吐き気と腹痛が彼女を襲う。


希は何度も、這うようにしてトイレへと駆け込んだ。個室の中で冷や汗を拭い、激しい胃痛と下痢に身をよじりながら、嘔吐を繰り返す。


「しっかりしなきゃ、まだ終わってない……」


真っ青な顔で洗面台の鏡を睨みつけ、自分を叱咤する。部屋に戻っては母の冷たい手を握り、また数分後にはトイレへ駆け込む。

そんな、命を削るような最後の一夜を二人は過ごした。


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翌日、面会の場を設けた。


憔悴しきった希の様子を、訪れた人々は悲しみのせいだと思っただろう。

けれど彼女の頭の中にあったのは、失礼のないように立ち振る舞うことと、次に襲ってくる胃痛をどうやり過ごすかという、切実なタスク管理だけだった。



さらに翌日、葬式を執り行った。

母の友人たちが涙を流し、生前親しくしていたであろう男性が肩を震わせているのを、希は朦朧とする意識の中で眺めていた。火葬場で母が一片の骨となって出てきた時、ようやく希は「葬式完了」という一項目をチェックリストから消した。


その翌日には役所へ走り、事務手続きをこなした。さらにその足で、母が戻るはずだったアパートへ向かい、業者に指示を出して母の生活の痕跡をすべて処分させた。


効率的に、迅速に。


そう自分を追い込まなければ、今にも立っていられなくなりそうだった。

すべての「処理」を終えた時、

希の手元には母の遺骨と、母の手提げ金庫。


何もすることがなくなった空白の時間が、何よりも恐ろしかった。


左腕の数字が44を示した朝。希は、逃げるように職場への復帰を決めた。



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続きは明日20時に更新します。