真理とは、なんでしょう?
今日は、
私が思う「真理」の話をします。
私が常々感じる真理は
どこか遠くにあるものではなく
いつも
そこにあるもの
なんです
そして
私たちが気付いていなくても
いつも働いています
でも
なかなか見えないんですよね
これが、すごく面白い
仏教には
「自分の目を
そのまま自分の目で見ることはできない」
というような話があります
これ
面白いと思いませんか?
目は毎日使っています
この記事を読んでいる今も
使っています。
ずっと一緒にいるのに
その目で
その目そのものを見ることはできない
私は真理も
これに少し似ているように感じています
たとえば
「普通」
という言葉。
「普通はこうするよね」
「それが普通でしょ」
「普通に考えたら分かるよ」
私たちは
何気なく使っています
では
普通ってなんでしょう?
ちょっと考えてみてください。
そして、
「普通」という言葉を使わずに、
「普通」を説明してみてください。
……。
どうでしょう?
意外と難しくありませんか?(笑)
さっきまで、
あんなに普通に使っていたのにです
では
誰にとっての普通なのでしょう?
日本人の普通?
家族の普通?
会社の普通?
それとも
自分の普通?
考えていくと、
「普通って、なんだ?」
となってきます
私は
これが「見えない」ということなのかな
と思っています
知らないわけではないんです
むしろ
あまりにも知っている
あまりにも当たり前すぎて
考える必要すらなかった
だから
見ようともしなかった
真理というものも
案外こんなところに
隠れているのかもしれません
どこか遠くへ探しに行く
難しい本をたくさん読む
誰かから特別な答えを教えてもらう
もちろん
それも楽しいと思います
でも
自分が毎日
「そんなの当たり前でしょ」
と思っていることを
一度だけ
「なんで?」
と眺めてみる
すると
今まで見えていなかったものが
突然見えることがあります
「あれ?」
「私、なんでこれを普通だと思っていたんだろう?」
そんな小さな気付きです
私は
そういう瞬間が大好きです
だから最後に
ちょっとした遊びをしてみましょう!
今日一日の中で
自分が
「当たり前」
「普通」
「当然」
と思った瞬間を
一つだけ探してみてください
見つけたら
「なんで私は、これを当たり前だと思っているんだろう?」
と考えてみる
答えは出なくても大丈夫です
「あっ、私これを当たり前だと思っていたんだ」
そこに気付けたら、
今日の遊びは成功です。
そして、
気付いた自分へのご褒美として、
こう言ってあげてください。
「悟った!」
(笑)
悟りなんて、
案外こんなところから
始まるのかもしれません
人は最初から
見えてる世界が
そのまま世界だ!
と思っています
怒ると
あの人が悪い
だから怒ったと
それが世界であり
これが普通です
なんで普通とおもった?
答えはわからなくていいのです
ただ、気づいた
それだけでいいのです
なぜなら私達は
未熟は完璧!