同窓会とは何か!同窓会に参加する意義について! | 何でもアル牢屋

何でもアル牢屋

趣味丸出しの個人コラムです。フラっと立ち寄れる感じの喫茶店的なブログを目指してます。御気軽にどうぞ!

同窓会に行って感じた事は、懐かしさと同時に自分の存在の確認行為と言う意味合いもあったのかな?と言う事。
これまでの人生の総決算とも言い換える事も出来る。此処まで何をして、どう生きて来たのか?と言う、自分なりの成績表を恐る恐る開いて見ると言うイベントだったのかもしれない。そこを踏まえて、来たいけど来れなかった人、来れない事情があった人、行くか行くまいか散々悩み、最終決断として行かないと言う選択をした人、高校デビューで中学時代は詰まらなかった人、精神的に病んで動けない人、積もる話になるとヤバいと言う不安に駆られた人、療養中で行くに行かれなかった人・・・様々である。

下世話な事だが、同級生のSEX事情が凄く気になってしまった。
35年前、15歳の同級生の殆どが童貞、処女であった。その童貞と処女が、この35年の何処かで私の知らない誰かと出会い、SEXをしたのである。そう考えた時、彼等のSEXが、どう言うSEXであったのか想像をしてしまった。
SEXは身近にあるようで身近になく、遠い果ての様で意外に近くにあったりする。風任せに普通に生きているとSEXに遭遇する事は無いだろうと私は思う。SEXをしたければ、SEXと言うゴール地点を設定し、そこに向かって走らなければならない。その先に誰が待っているのか、どんな人が自分のSEXの相手になるのか予測は全く不可能である。
少なくとも、同窓会に集まった既婚の同級生は、その道筋を辿った。例えば当時、どう見ても異性に人気の無さそうな同級生が驚くほど速く結婚し、子供を3人も作った。その同級生が裸になってパートナーと抱き合っている姿を想像すると、どうにもシックリ来ない。こんな想像自体が大変失礼な事だと言う事は重々承知なのだが、そんな時に限って想像が膨らんでしまう。
50歳と言えば、結婚適齢期の20代半ばで結婚し、子作りが上手い事いけば、20代前後の子供が居てもおかしくない。その子供の結婚が早ければ、孫だっているかも知れないのである。そう考えると随分と歳を取ったもんだと感慨深くなる。
そう言えば、同じクラスの同級生にAV男優になりたいと言う夢を持った奴が居た。彼は登校拒否で滅多に学校に来なかった。卒業式にも参加せず、卒業式が終わった頃、式場の体育館の入り口の近くでポケットに手を突っ込んで立っていた。卒業式の日は寒く、小雪がパラついていたのを今でも覚えている。

同窓会の連絡を受けてアメリカから帰国し、参加してくれた女子の同級生がいた。
途中参加で、偶然同じテーブル席だったので話す事が出来た。この同級生は中々複雑で、小学校は3年生まで一緒で、進級と同時に転校していった。その事を聞いて見た所、親の仕事の都合で通学が困難になると言う事情で、やむなく学校を変えざるを得なかったと言う事らしかった。
中学へ進学した頃、私とは別のクラスで彼女を見掛けたので「あれ?」っと思った。その時は、また地元に戻ってきたんだなと思ったのだが、事実はそうではなく、要するに同じ地元で学校だけ変えたと言う事だった。正に35年目の真実。
中学の頃から垢抜けた存在感ではあった。中学生にしてエレガントな雰囲気を持った生徒に見えた。実際、育ちが良いのだろう。同窓会にやってきた彼女はアメリカンな感じだった。挨拶は御辞儀や握手ではなくハグだった。私も含めた数人の同級生とハグをした。昔と違って肌を触れ合わせる事が難しくなった今の時代で、突然のハグと言う行動に戸惑ったが、自分でも意外な程、自然に出来た。彼女の肌は適度に日焼けし、柔らかく暖かかった。
成人を過ぎた同窓会の定番だが、どうしても結婚や家庭の話になる。左手薬指を見ると指輪をしていたので結婚はしてるなと思ったので、子供の事を聞いてみた。残念ながら、このエレガントな彼女は子供には恵まれなかったらしい。その事を話している時、彼女は子宮のある下腹部をさすっていた。
彼女に感心したのは、自分の弱みを今日だけしか接しない同級生に堂々と打ち明けた事だった。アメリカンなノリだからと言う理由だけではない。人によっては避けたがる話題だし、弱い部分を見せる事は容易な事ではない筈。それを出来た彼女がカッコ良く見えた。そんな彼女がアメリカに帰国したのは、同窓会から二日後だった。

長くなってしまった同窓会の記事だが、今回で最後。最後に同級生ってどういう存在なんだろう?と考えてみた。
個人的な結論だが、同級生とは、同時代を同じ時間軸で生きている人達。これでどうだろうか。一般人も芸能人もスポーツ選手も文化人も芸術家も、もっと視野を拡げれば1975年に生まれた世界中の人々が同級生であると言う事。

年々感じる事だが、同世代に対する想いに関して、若い頃とは違う感情がある事を実感している。同じ時間軸で同級生たちは、各々が自分とは違う行動をしている。あの日、あの時、あの同級生は何をしていたんだろう?と言う好奇心が湧くのである。
例えば、ニュースで犯罪を犯して連行されていく同い年の容疑者を見ると複雑な心境になる。人の道を踏み外していった同級生がいる。一方で称賛される同級生も居る。波風を立てず、慎ましく生きる同級生もいる。
 

経験則として伝えたい事は、もし同窓会に参加しようか迷っている人が居たら、思い切って参加してみる事をお勧めする。私の場合、同窓会の話が来たのが5月で、開催は7月の中旬だった。その期間、随分と迷い悩んだ。いっそ、これだけ参加に苦しむなら辞めようと何度も思った。だが、最後の一週間で私は腹を括り覚悟を決めた。

頭の中は不安で一杯なのである。孤立したらどうしようとか、話し相手が居なくて飲み物だけグビグビ飲んで終ったらどうしようとか、中傷されたら嫌だなとか、そんな嫌な想像ばかりに襲われたが、実際に行ってみると、嫌な想像も、所詮は想像だなと思い知らされた。想像って想像に過ぎない。そして想像は当たらない。良い意味で想像とは違う全くの別な展開が待っていた。
私もそうなのだが、同窓会に行く際、当時仲良くしてた人が来ないとテンション上がらないなと思っていたのだが、行ってみると、当時、話した事も無い様な同級生と不思議と会話が弾む。これは未だに不思議に思う。と言うのは、自分が相手を知らなくても意外に他の同級生が自分の事を知っていたりする。そこに対する嬉しさを反動に会話が弾んでくる。そんな展開もあるのである。

 

 

人気ブログランキング
人気ブログランキング