敵は自分の内にあり その5 | 日記を書いてみようかな…

日記を書いてみようかな…

自分の備忘録を目的に日常を書いてみたいと思います。人が読んで楽しい日記は、ハードル高いので目指しません(笑)。

母がものすごく嫉妬深い…そう考えて過去を振り返ると、確かに思い当たる事がたくさんあります。


例えば私に対する態度。

私が自由に振舞ったり、要求を主張すると母は意地になって拒否しました。「子供のくせに。やってもらえるだけでありがたいと思いなさい」「誰がしてやってると思ってるの?いい気になるんじゃないわよ」


お弁当のおかずは3年間変わり映えのないローテーション、学校指定のコートやスクール水着を買わずにあえて家にあるものを与える、髪型の自由は禁止、洋服は叔母や従姉のお下がり…など、意固地とも思える対応はすべて「私だってそうやって我慢したのよ。あなただけずるいじゃない」と母が考えていたとしたら? 


家事に関しても、「感謝の気持ちを現わしなさい」「子供はお手伝いをして当たり前」という母ルールで、食後の食器洗い、自分の下着の洗濯、衣類のアイロンかけ、風呂掃除、トイレ掃除、部屋の掃除は子供たちの仕事でした。絶対に例外は許されず、母が庇ってくれる事はありませんでした。


『子供のために』とか『子供が喜ぶから』とか『私が犠牲になっても』という気持ちを母から感じた事はありません。それよりもいつも「ずるいわよ。ママだってずっとそうやってきたんだから我慢しなさい」「なんで私ばかりやらなければいけないわけ?!」と強烈な負のパワーで押さえこまれてしまうのです。


だからと言って母も母親から押さえつけられてきたか?と言えばその逆でした。母は自ら望んで『注目される長女』『優等生として皆の手本』という姿を自分に課し、周囲の期待に応える喜びを糧に自分を追い込んで生きてきました。それがだんだん負担になり、過剰になり、本当はその看板を下ろしたくなったけれど、下ろせない。そのジレンマに苛立っているからこそ、長女のくせに自由に振舞う私の事が許せなかったのだと思います。