琵琶湖の入口から長いトンネルをくぐった先にあるのは蹴上の船溜まり。琵琶湖疏水は水を利用した水運のための運河でもあるので上り下りが出来なければ意味がない。したがって水路は急勾配にはできない。上りは船頭が壁に張ったロープを引いて登っていった。その程度の勾配だから琵琶湖の水位から京都のなので小舟に乗った人や荷物が運ばれていった先には36メートルの超えなければならない落差がのこった。それを解決したのがインクラインと呼ばれる船を運ぶ仕組みだ。ケーブルカー付きの台車に船を乗せて上下させる方式で、しかもその動力を水位の落差を利用して発電した電気で動かすシステムを取り入れたのが画期的だった。
いま私は発電の仕事をしている。太陽光発電を建物の屋根を借りて設置し、その発電の売上で投資金額を回収するという仕組みで経営が成り立っている。それも国の政策支援による固定価格で買い取る制度で支えられた20年間限定の事業である。だから20年後は買取価格は市場の相場で推移する。また屋根借りの特徴は建物の維持管理にも対応しなければならず、屋根を回収する度に撤去と再設置を繰り返し多くの経費が必要になる。土地の上に建てるのが一般的な太陽光発電とすると、屋根の上は個人的資産でもあり建物の建替などがあれば継続性もなくなる。だから結局は20年間の後に解体撤去が必要になり、それでなくても売電ではなく当該建物で利用する電気にするためには切り替え工事と最終日での解体撤去処分費用の負担が義務付けられる。
ところが水力発電は継続している。琵琶湖と京都の高低差を変わらないエネルギーとして明治以来利用し尽くしている。発電機は摩耗したり劣化したり、性能の良い発電機に変えられるかもしれないが明治時代から変わらず発電は続いている。ところが屋根借り発電には限界がある。建物の未来によりその運命も左右される。また、京都の周りの山を空から見ると多くの太陽光発電所が建設されているのがわかる。京都の山々は神の宿る礼所でもあるがその山々が無惨にも太陽光パネルで埋め尽くされている。まさしく環境汚染である。ソーラー発電が再生可能エネルギーを標榜するならば環境を害さない工夫が必要ではないか。自然の山を樹林を大規模に伐採して太陽光発電施設を設置するのはあまりにも見苦しい。
そこで思うのは、明治時代に商業用発電所第一号となった蹴上発電所の意味である。どうしてもこの目で確認したい。