NICUでの面会を終え、主人とも別れ、産科のベッドに戻った。
夕食が運ばれ、事務的にただ食事をこなすのが精いっぱいだった。
でも食べて、母乳を作らないと。
いつか状態が安定して、十二指腸の手術後に廣人が母乳を飲むため。
それまで、自分は母乳を作って切らさないようにすることしか、今のところ母親としてしてあげられることはない。
明日から少しづつ母乳を搾乳していく予定となっていた。
その日の夜のことはよく覚えている。
消灯され、寝ようとしても寝られない。
赤ちゃんのこと、先生の話、なんてことになってしまったんだろうと発作のように突然涙が流れては、息切れみたいな状態になった。
泣き疲れて少し眠ったが、また起きてしまう。
夜中に、居ても立っても居られなくなり、まだ帝王切開で歩けない状態だったが、ベッドから起き歩き始めた。
こんな痛みに比べたら、赤ちゃんはもっと大変なのに、と悔しくなり、ナースステーションに行って赤ちゃんに会いたいと言おう、と決めて這いつくばりながらもひたすら進んだ。
夜中2時くらいだったため、夜勤の看護師さんも2名しかおらず、コットに寝ている新生児の赤ちゃんたちにミルクをあげていた。
そのうちの一人の方は、出産時、緊急帝王切開になるまで、自然分娩で産みましょうと一緒にいてくれた人だった。
その人が私に気づいて出てきてくれた。
「大丈夫?帝王切開になってそれからのこと、聞きました。」と話しかけてくれた。
誰かに話さないと不安で仕方なかった私は、その看護師さんに泣きついた。
「赤ちゃんが生きてるか確認したいんです。助からない可能性が4割もあるって言われたんです。
手術すれば治る病気ってきいていたのに、手術すらできないままかもしれない。
なんでこんなことになったんだろう。
全然分かんないんです。
二人目だし、お兄ちゃんは発達も早く健康そのものだし、私自身まだ30歳だし、って周りの誰からも問題ないよって言われてきたけど、全然そんなことなかった。
何にも関係なかった。
なんで私が生きてるんだろう。
傷は痛いし歩くのもめちゃくちゃキツイけど、赤ちゃんを抱いたこともなくて、自分が本当に赤ちゃんを産んだのかさえ実感もない。
どうしたらいいのか分からない。」
その看護師さんはうんうん、と私の背中をさすりながら、よく話を聞いてくれた。
「本当に辛いですよね。なんといって言いか・・・
でも、こういう大きな病院で出産を手伝っていると、本当に赤ちゃんが無事に元気で出てきてくれる出産って奇跡なんだなって思います。」
否定するでも、あなたの気持ち分かるよ、とも言わずただ寄り添ってくれたことに感謝した。
少し落ち着いて、自分のベッドに戻ることに。
看護師さんが
「NICUに赤ちゃんの状態確認してみましょうか?」
と言ってくれたが、
「夜中の3時なので迷惑かけますし大丈夫です。
明日の面会まで待ちます。
瞼が腫れてひどいので、冷やすものを持ってきてもらえると嬉しいです」
とだけ伝え、保冷剤をいただき、瞼にあてながら泣き疲れて寝た。
全部、夢だったらいいのに。
丈夫な体に産んであげられなかった自分を責めてしまう。