こんにちは

まーにゃですニコ


もうすぐ七夕ですね⭐️


笹竹に短冊をつるして、

願い事をするようになったのは、

江戸時代からだそうです。


男女が仲良く笹の葉に短冊を飾っています/鈴木春信


寺子屋や手習いごとをする人が増え、

上達を願うようになったためだそうです。


サトイモの葉に溜まった夜露で墨をすり、

その墨で文字を書いて、

習い事の上達を願っていました。



サトイモの葉は

神からの天の水を受けとっていて、

その水で墨をするとご利益があり、

文字も上達すると言われていたそうです。

全てのことに意味があるんですね‼️



笹に願い事を書いた短冊を飾るのは現代と同じ。

(『子供遊五節供』「七月」歌川国芳 )



七夕飾りいろいろ



■ 短 冊

現在では、自分の好きな色に思い思いに、

願い事を書くのが主流になっていますが、

もともとは古代中国から伝わった

「陰陽五行説」から、

「青・赤・黄・ 白・黒」の5色と

決められていたそうです。


この5色は万物を表す五つの要素である、

「木・火・土・金・水」を色で表したもので、

それぞれの色ごとに意味がります。


・赤の短冊:親や先祖への感謝を表す色
・青の短冊:人間力を高める色
・黄の短冊:友情の色
・白の短冊:義務を守る心という意味の色
・黒(紫)の短冊:勉強の色


◾️吹き流し

織姫の織り糸を表しており、

五色を用いて魔除けの意味もあります。。


◾️網飾り

魚を捕る網を表しています。

豊年豊作大漁の願いを込めて飾ります。


◾️折鶴(千羽鶴)

長寿を願い、長寿のシンボルである、

鶴を折り紙で折ります。


◾️神衣(かみこ)

紙の人形(着物)を飾ると、裁縫が上達し、

着るものに困らなくなるといわれています。

また、災いを人形に移すという意味もあります。


◾️財布(巾着)

金運上昇を願い、折り紙で折ったり、

本物の財布を下げたりします。


◾️くずかご

ものを粗末にしないという意味で、

七夕飾りを作る時に出た紙くずを、

折り紙のかごに入れてつるします。


くずかごまで飾るところが、

日本ならでは、って感じですよねおねがい


圧巻な風景

今はもう観ることの叶わない、

江戸時代の素敵な風景で、

私が特に好きなのが七夕の風景です🎋


江戸時代には短冊を飾った笹竹を

各家の物干し台や庭や軒先に

立てていて

空を覆うように笹の葉が揺れていたそうです。


『名所江戸百景』「市中繁栄七夕祭」(歌川広重 )


なぜ「笹」なのかというと、

笹が古来より、

生命力あふれる神聖なものとして、

神の宿る依代(よりしろ)と考えられていたから

とも言われていますが、

諸説あるようです。


飾りや短冊のついた笹竹が無数にあり

遠くには富士山も見えていて、

なんとも平和で壮観な風景ですねラブ


叶うことなら、

この景色を生でみてみたいものです。





🎋こんな可愛い水引の七夕飾りもあります♫

七夕飾り (水引)








こんにちは

まーにゃですニコ


今日は江戸時代のタクシー、駕籠のお話🚕


江戸時代の陸の移動手段といえば、

徒歩、駕籠、馬でした。


市中では、武家以外は、

馬に乗ることが許されていませんでした。

庶民は、急病人か医者でもなければ、

町駕籠さえもほとんど使わなかったそうです。


庶民が籠を使うのは、

旅先が多かったそうです。



江戸時代は伊勢参りが大流行し、

空前の旅行ブームも何度かあり、

女性も長旅を楽しみました。



駕籠いろいろ


ひと口に駕籠といっても、

厳しい身分制度があり、

武士や庶民など階級別に決められていました。


乗物(のりもの)

将軍家や大名が公的に乗るのは、

駕籠とはいわず、「乗物」(のりもの)といい、

外見は黒漆塗りで

現代でいうならVIP専用の高級送迎車で、

豪華な装飾も付いていたそうです。



大名が御忍(おしのび)で

私的に外出する時に使う「御忍駕籠」や、

家来が殿様の用事を言い付けられて出かける時の

権門(けんもん)駕籠」などがありました。


町駕籠

庶民が乗るのは民間専用の「町駕籠」。

町駕籠も豪商など富裕層が乗るものと

一般町人用とは分けられ、

前者を「宝泉寺(または宝仙寺)駕籠」、

後者を「辻(つじ)駕籠」「四つ手(よつで)

などと呼んでいました。

あんぽつ駕籠

宝泉寺駕籠に次ぐ高級町駕籠


宿駕籠

船宿など宿屋が手配する駕籠。

町駕籠よりも少しハイグレード。


山駕籠

街道や山道で利用された、竹製の質素な駕籠。

広重/五十三次 岡部


駕籠かきさん達の体力


駕籠屋は各町にあり、駕籠かきを雇い、

「かご」の看板を上げて営業していました。


筋肉がすごいです‼️

駕籠の速度は、

1里(約4km)を40~60分

走ったとされていますびっくり


軽量の樹脂なんて存在しない時代、

駕籠自体が数十キロあり、

お客の体重が約50kgあるとして、

総重量は100kg近く‼️


これを二人の人間が肩に担いで、

少なくとも歩くより早い速度で

エッホ、エッホ、と客を運ぶわけですよね❗️


写真で見てもわかる通り、

足の筋肉がまるで、

一流アスリートのようですね🏃✨✨












こんにちは
まーにゃですニコ

いよいよ、関東も梅雨入りしましたね☔️

今回も江戸時代の雨の話題を。


前回の江戸の傘のお話↓


江戸時代、突然の雨の時、

庶民は草履を脱いで手に持ったり

手拭いを被ったり

1つの傘にみんなで入ったり

いろいろと対応していたみたいです。



一方、武士はどうしていたのかと言うと


武士の教えとして

武士ならば絶対にしてはいけない鉄則があったそうです。


①雨の中を「小走り」すること。
②軒下に入って「雨宿り」をすること。
③他人の傘に入れてもらい「相合傘」をすること。


武士たる者、雨ごときにうろたえず

突然雨が降ってきたとしても小走りはせず

普段と変わりないように悠々と雨に濡れて歩く


武士の掟は

なかなか大変ですね💦


蓑、傘、下駄で雨支度した武士の写真

でも、体は濡れても

刀の柄だけは絶対に雨に濡れないように

守っていたそうです。


柄をぬらすと柄を握ったときに滑って

感触が悪くなり

非常事態が起きたときに

対応出来なくなることもあるから。


命を守るための重大なことですね


また

柄に鮫革が巻いてある場合には

雨に濡れると水分を吸ってしまい

ふやけてやわらかくなってしまうからとのこと。

鮫革は乾燥しているときは

とても硬くて切れませんが

濡れるとやわらかくなり

刃物で簡単に切れてしまうのだそうです。


突然雨が降ってきたら

「手ぬぐい」で柄を巻くとか

「左袖の袂」で柄を覆ったそうです。


出掛けるときから雨が降っている場合は

「柄袋」を柄にかぶせたそうです。


二代目歌川広重「東都三十六景 下谷広小路」

お侍さんが刀に「柄袋」をしているのが描かれてきますね。


柄袋には

舶来の「羅紗地」(らしゃじ)や

「鹿革黒うるし掛け」の高級な物

「呉絽」(ごろ)や麻製の粗末な物まで

様々な物があったそうです。


雨の中でも濡れて歩くという

武士ならではの美学

いかにも、という感じで

なんだかワクワクしますラブ


参考:刀剣ワールド