また明日来るねと言ってお別れした翌日の
6月24日の朝。
 
江南市の実家では
私と娘たちと
弟ファミリー4人とわちゃわちゃ元気に
朝から大混乱。
 
早めに行こう行こうとお互いに言いながら
なかなか準備が進まず
 
弟と父に先に行ってもらって
私と義理の妹とで子たちを連れ追いかけるねと
それぞれに準備し
 
弟と父の準備が終わり
タクシーで出て10分後ほど経った頃、
尾州病院からお電話が。
 
なんだか嫌な予感…。
 
「お母さん
 先ほど息を引き取りました。」
 
そうかぁ
 
お母さん、お空へ還っていったんだね
 
最期を見届けたかったな
 
最期まで辛かったのかな
 
・・・
 
色々と考えていた気がするけれど
もうその時の記憶はほぼなく。
 
電話を切り
そのまま準備をして娘たちとタクシーで出かけ
尾州病院へ。
 
実家に来てくれた
タクシーの女性運転手さんは
 
「ここのお家には前に来たことがあるよ。
 お父さんが面会へ行く時に送っていきましたよ。
 そうでしたか…寂しくなるね…
 まぁ順番とは言えね…」
 
と声をかけて下さりながら
なんだか浮ついた心と身体で応えていた。
 
病院に着いたら
いつもの事務員さんが
とても重々しい様子で迎えて下さり
 
こんなところに扉があったのかと思う
素通りしていた場所から
 
今までは
決して入ることのなかった通路へ通され
地下の霊安室へ。
 
白い布を被されていたが
昨日と同じように見える母は
息苦しさからは解放されたお顔をしていた。
 
「お母さん、がんばったね…
 ありがとう…ありがとう…ありがとう…」
 
霊安室には
父と弟と叔父たちがいた。
 
私に連れられてきた娘たちが
なんだかよくわからない様子で
いつも通り走り回っていた。
 
あと5分くらいで
葬儀屋さんがやってきます
というタイミングで霊安室へ着いたので
 
じっくりと感じる暇もなく
母は葬儀屋さんへ運ばれていった。
 
この段取りが相当に機械的に思えて
どこか違和感を感じていて
 
いのちの終わりってこんな感じなのかね、
 
死ぬって暮らしのひとコマだものね、、、
 
でも
この機械的な感じが
 
暮らしの中のひとつだから
ということの違和感ではなく
 
お葬式ビジネスの中のひとつで
効率性や資本主義による弊害のようなものや
現代っぽい虚しさを感じる違和感だった。
 
うまく言語化できないけれど
いのちが終わるときさえも
人間がつくった現代社会の仕組みから
逃れられないのか?!という
なんだか閉塞感をも感じた。
 
 

 
 
+++
 
ここからは
下書きが追い付いていなくて
もうすっかり記憶はなくて。
 
弟と父と叔父とで
シオン(葬儀屋さん)と日程やプランなど
その後から始まる慌ただしい段取りについて
 
料金の話やどこまでの人たちと呼ぶかとかも含め
いろんなことを一つひとつ決めていく、
 
こなしていく、
 
というような日々だったのではないかなと
弟たちから聞いて感じていました。
 
 

 
 
私と義理の妹は
0歳3ヶ月、2歳、3歳、4歳の子どもたち4人と
 
ごはんやら遊びやらいつもの日常を
実家付近でともに過ごし
 
近くに黒い服類を買いに行ったり
東京にいるパパを呼んだり
いつもと違う場所での子育てに
ちょい翻弄されつつ。
 
あぁもうお母さんはいないんだな…
とたまに思い出しては
 
母はどんな人生だったのだろう
 
私になにを教えてくれたのだろう
 
生涯を終えて魂のみとなることってどんな感じだろう
 
と至るところで感じる日々でした。
 
 

 
 
葬儀場には弟が泊まり
お通夜を終え
 
葬儀があり
とてもとても久しぶりで
誰だっけな…という親戚も見かける中
 
葬儀場では
子どもたちが折り紙をしてお絵かきをして
出されていた和菓子を食べて
 
退屈そうにはしていなかったことに
どこか安心を抱いていました。
 
 

 
 
葬儀を無事に終えた時には
パパは東京へ帰り
私は子どもたちを連れて親戚みんなで
火葬場へのマイクロバスに乗りました。
 
犬山市の山の中にあるところまで
車で約40分。
 
雲行きが怪しくなり
国道41号を走っているときは
稲妻を何度も見かけるくらいの嵐。
 
ここでも母の怒りをひしひしと感じ
母は雷神さまになるのだろうか…と思ったり。
 
父や家族や社会への
生きづらさ、怒り、嫉妬、悲しみ、、、
強くて鳥肌が立つような感覚。
 
この時は
もっと社会を良くしていきたいとか
そんな思いは微塵もなく
 
ただただ
お母さん、ずっと怒っているんだろうなあと
 
ここまで来ても
もう魂のみの身体となっても
 
娘の私は
「母の顔色を伺う」という自分の癖や縛りを感じて
落胆していました。
 
この感覚って
過去のどんな記憶が由来なのかなあ。ずっと謎。
 
母の骨を
息子くんと拾って骨壺に入れる
という儀式を体験し
なぜか嬉しかったと感じていました。
 
 

 
 
お母さん
 
ほんとはもっと笑っていてほしかった
 
ほんとはもっといろんなことを一緒にしたかった
 
ほんとはもっと自分の人生を生きてほしかった
 
ほんとはもっと・・・
 
でも私は産まれてきてよかった
 
でも私は母からたくさんのことを学べた
 
でも私は時折見せるチャーミングな母が好きだった
 
でも私は母のすべてが大好きだった
 
でも私は・・・
 
お母さん
 
産まれてきてくれてありがとう
 
私を産んでくれてありがとう