今週半ばに
母と再び電話をしました。
先週末に
「今麻疹が流行っているから
予防接種を受けさせなさい!」という電話が突然来て、
「お母さんあのね、
大丈夫、
流行っているからと言って必ずかかるわけではないの。
食事や暮らしをシンプルにして、
かかっても軽い症状で済む身体作りを心がけているのよ。
ムスコくんは強く育っているし大丈夫だから安心して。」
と私は何回目になるか数えきれない程の
“予防接種は打たない論”を呈し、
いやでも、
あのお医者さんは
これとこれとこれだけは最低限受けた方が良いって言うよ
あの薬剤師さんは
こういう(予防接種の大切さを述べた)本を薦めてくれたよ
お母さんの同級生に
小児麻痺で障害を追った子がいたよ
などなど、
たくさんたくさん
母は予防接種推しをしてきていました。
その時はムスコくんのお迎え時間が迫っていたので
半ば強引に電話を切り、
それ以来の電話だったので、
今回の電話は
よもや
予防接種以外についての内容だとは思いませんでした。
初めのうちはいつも通りの訴え、
朝しんどくて起きられない
体温調節がまたできなくなってきた
偏頭痛がひどい
腰が痛すぎて動けない
・・・・・・
いちばんは、
父がキライすぎる、イライラがおさまらない、
発狂しそう、どうしようもできない、、、
が続き、
いつもの電話かなぁとうんうん頷いていたら。
30分程話した辺りで
「
そうそう、本題なんだけど、
いつもあの人(父)に頼むのが
本当に嫌になってきたからさ、
少しは弟(叔父)に頼んでみたいけど、いいかなぁ?
まりはいいと思う?
」
と。
おぉーーー!
すごい!!そのアイデアが出てきたなんて!!
びっくりー!いやー!すごーい!
と感激して、
「
もちろんいいと思う!!
(てか、
おじさんがすぐそこに住んでいるんだから、
それ、前から私も散々言ってきたけどね?
とは言わず、)
お母さんがやりたいようにすればいいんだよ!!
」
と、
そちらに視点が向いたことに取りあえず嬉しくて
全力で推しておきました。
話を続けていくうちに
ひとつ、感じたことがあって。
この件で母は、
お嫁さんである叔母がどう思うかとか
なにかお礼はした方がいいかとか
細々としたことがとてもとても気になる様子。
さらに母は最近
こういう父とのいざこざの合間に
悔やまれる昔の出来事がふと思い出され、
あの時あぁすれば良かったと
本当はこうしたかったんだと
そんな後悔の念がよく浮上するそう。
この時私は
初めて聞いたわけでも何でもなく、
むしろ今までに
耳にタコができるくらい何度も聞いた話だったのに、
ふと
『あれ?
お母さんこれって、
昔からの
自分を犠牲にして周りのひとばかりを
最優先してしまう思考の癖が響いているんじゃないかな?』
と思ったのよね。
でね、その通りに伝えてみました。
そしたら母も
そういえばこれもそう、あれもそう、こんなことも。。。
と同じように古傷になっている出来事を
これでもかというくらい思い出し話してくれました。
私も便乗して、
今回だって
お母さん自身は叔父さんに頼みたいのに
叔母さんのことを一番に気にしてやめようとしているよね。
とか
昔の仕事先で
こういう花形の大役を任されようとした時に、
本当は引き受けてやってみたかったのに
自分には到底できないと否定して全力で拒否してしまったと
よく私に話してくれているよね。
とか
弟が2人もいるのに
おばあちゃんが私だけ畑仕事に駆り出して嫌だった
と私によく話しているよね。
とか
おばあちゃんが
お母さんのことを身体が弱いとずっと周りに言いふらし
それが嫌だったのに嫌だと言えなかったよね。
とか
きっと私たちの子育て中だって
自分のことなんか後の後の後回しにしてきたよね。
とか
どんどん出てくる出てくる。。。
そうか、
お母さんは自分のことを大事に出来ていなくて
奥にある本当のお母さんは悲しんているんだ。
だからこれからは、
自分の本当にやりたいようにやらせてあげて
時には周りを巻き込んでいっていいんだよ。
癖になっているだろうから
すぐにはできなくても
そういう練習を重ねていってみたら?
と伝えてみました。
母はとっさにピンと来たみたいで
思いっきり腑に落ちたようで、
「うん。その通りだわ。
まりが言ってくれたこと、すごく納得できた。」
って。
私の話には
大抵一度は否定することが多いのだけど、
すごく納得できたみたい。
私はこの時、
今まで素通りしてきた母の話、経験、過去が
すべて一直線上に並び、
その先は今に繋がっている構図を思い描いていました。
そして
父に対する不満、イライラ、哀しみ、恐怖、寂しさ、
それらの感情は概ね、母の、
『私が私を大事にしていなかった』
ということとこの感覚が
『私はあなたに大事にされていない』
ことに摩り替っていったのかもしれないと
改めて思いました。
こんなふうに
母の根元にある課題が
直視できたのは初めてのこと。
大きな愛をもって
話を聞き話をしたのは初めてのこと。
自分でもこの感覚には驚いています。
これまでもずっと
母の根本にある課題は何なのだろうと追求してきたけれど
全く上の空で掴めなかったの。
【わたしを大事にする】だなんて
今や日常茶飯事に使っているのに、
母に対しても全く同じことが言えるということに
初めて気付きました。
でもきっと
佳きタイミングが来たのだ思います。
母が今まで苦しい想いをしてきたのも
私が苦しい想いの根本に気付かなかったのも
魂がその体験を望んでいたのだと思う。
その想いを解放するエネルギーを
地球が、宇宙が、望んでいるのだと思う。
こんな風に対話できた私は、
自分自身もとても嬉しかったし
母がピンと来て喜んでくれていたことも嬉しかったし
これからの希望に胸が湧きました。
お母さん、
今までよく頑張ったね。
ありがとう。
今までのお母さんを
ふんわり温かく抱きしめて、
これからは
ちゃんと大事にして
ちゃんと大事にされて生きていこう。
もちろん私も
全力で応援しています。

