新年最初のマクロビオティックのお料理教室。
•玄米粥
•胡麻無双
•切干大根と油揚げの煮付け
•三色ぼたもち

小豆がよく登場するので驚いています。
そして毎回、
甘味なしの餡を美味しいと思う自分にも驚いています。
前は
小豆と同量かそれ以上の白砂糖を使っていたなぁ…
しかも毎日そうだったなぁ…と思うと
信じられない。
小豆そのものにも
甘みはちゃんとあるし、
ちゃんとしたお塩を少し混ぜれば
甘みはより引き立ちます。
そんなことに
毎回いちいち感動しています。
先日、
前々職で同じチームだった
一つ下の後輩とご飯を食べに行きました。
北名古屋市にある「豆たつ」さんでのランチ。

彼も
私が退職した1年後に辞めたようです。
私たちが教わっていた上司は、
誰よりも情熱的で
お客さまに本当に喜んでもらえるものが作りたいと
心から思っていた方。
だからこそ
周りから見ればとても厳しく
時には怒鳴られたり
まだ3年目の私がしていいの?と思うことも
よくありました。
私たちは
その熱意を教えられ、
自分たちが産み出した我が子のような商品を
世に出すということについてを教えられ、
そのメリットもデメリットもよく考え
自分が責任を持つということを教えられました。
より幅広い方たちに
私が素晴らしいと思ったものを提供したいという
入社当時の思いは持ち続けていたつもりだけど、
その背後にある影響や
そのためにどう働きかければ良いのかを
ずーっと教え続けられていました。
今の私の考えが
この頃と全然違うことは横に置いておき、、
その過程が
その教えがあったからこそ、
私は
「果たしてこれが私のやりたいことなのか?」
と頻繁に自問自答することができ、
なんか違うと思う時には
上司に意見を言い、
彼はそれについて全力で応えてくれていました。
徐々に
これはガマンしなきゃいけないのかなとか
これだけは仕方ないのかなとか
企業の一社員だから当然なのかなとか、
こっち側の理由を付けて
妥協する場面が増えてきてしまって、
母のことに隠れて
無意識ではあったけど、
辞めるという選択をするほど
『やりたいことはこれじゃない』
と潜在的に気付くことができたのだと思います。
この日お話しした後輩のことについて、
これまでに本人以外から
“上司がキツいから”
という理由で辞めたと聞くことが多くて
私はその情報にショックを受けることばかり
だったけど、、
そんなにしんどかったのに
私は気づいてあげられなかった、
私にもっと何かしてあげられることが
あったのではないかって思ってばかり
だったけど、、
この日
久しぶりにお話しすることができて
彼は
「自分の本当にやりたいことが違ったことが
分かったんです
結局、それが違っていたから苦しかったんです
○○さんが上司で本当に良かったです」
と言っていました。
あれ?私と同じような気持ちを抱いていたんだ
と思うことができて、
またまた
私、彼にも過保護になりすぎていたんだ
って気付きました。
認識できていることよりも
はるかに多くのことに対して
私は執着しているみたい。
「放つ」作業は
思ったより大変です。。
•玄米粥
•胡麻無双
•切干大根と油揚げの煮付け
•三色ぼたもち

小豆がよく登場するので驚いています。
そして毎回、
甘味なしの餡を美味しいと思う自分にも驚いています。
前は
小豆と同量かそれ以上の白砂糖を使っていたなぁ…
しかも毎日そうだったなぁ…と思うと
信じられない。
小豆そのものにも
甘みはちゃんとあるし、
ちゃんとしたお塩を少し混ぜれば
甘みはより引き立ちます。
そんなことに
毎回いちいち感動しています。
先日、
前々職で同じチームだった
一つ下の後輩とご飯を食べに行きました。
北名古屋市にある「豆たつ」さんでのランチ。

彼も
私が退職した1年後に辞めたようです。
私たちが教わっていた上司は、
誰よりも情熱的で
お客さまに本当に喜んでもらえるものが作りたいと
心から思っていた方。
だからこそ
周りから見ればとても厳しく
時には怒鳴られたり
まだ3年目の私がしていいの?と思うことも
よくありました。
私たちは
その熱意を教えられ、
自分たちが産み出した我が子のような商品を
世に出すということについてを教えられ、
そのメリットもデメリットもよく考え
自分が責任を持つということを教えられました。
より幅広い方たちに
私が素晴らしいと思ったものを提供したいという
入社当時の思いは持ち続けていたつもりだけど、
その背後にある影響や
そのためにどう働きかければ良いのかを
ずーっと教え続けられていました。
今の私の考えが
この頃と全然違うことは横に置いておき、、
その過程が
その教えがあったからこそ、
私は
「果たしてこれが私のやりたいことなのか?」
と頻繁に自問自答することができ、
なんか違うと思う時には
上司に意見を言い、
彼はそれについて全力で応えてくれていました。
徐々に
これはガマンしなきゃいけないのかなとか
これだけは仕方ないのかなとか
企業の一社員だから当然なのかなとか、
こっち側の理由を付けて
妥協する場面が増えてきてしまって、
母のことに隠れて
無意識ではあったけど、
辞めるという選択をするほど
『やりたいことはこれじゃない』
と潜在的に気付くことができたのだと思います。
この日お話しした後輩のことについて、
これまでに本人以外から
“上司がキツいから”
という理由で辞めたと聞くことが多くて
私はその情報にショックを受けることばかり
だったけど、、
そんなにしんどかったのに
私は気づいてあげられなかった、
私にもっと何かしてあげられることが
あったのではないかって思ってばかり
だったけど、、
この日
久しぶりにお話しすることができて
彼は
「自分の本当にやりたいことが違ったことが
分かったんです
結局、それが違っていたから苦しかったんです
○○さんが上司で本当に良かったです」
と言っていました。
あれ?私と同じような気持ちを抱いていたんだ
と思うことができて、
またまた
私、彼にも過保護になりすぎていたんだ
って気付きました。
認識できていることよりも
はるかに多くのことに対して
私は執着しているみたい。
「放つ」作業は
思ったより大変です。。