32年越しの「Nothing To Lose」
U.K.で「Presto Vivace And Reprise」でした。
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『ドリアン・グレイの肖像』?
はたまた、聖セバスチアンの
ユリウス・レオンハルト・フォン・アーレンスマイヤ?
そのルックスから「プログレ界の貴公子」と呼ばれた
彼の名はエディ・ジョブソン(Eddie Jobson)。
17歳にして、カーヴド・エアの
ヴァイオリニストとキーボーディストの
ふたりが抜けた穴をひとりで埋める。
その後、18歳でブライアン・イーノの後任として、
ロキシー・ミュージックに加入。
さらにはフランク・ザッパ等を経て、
1978年にU.K.の中心メンバーとしてデビュー。
1979年に発表された3枚目のアルバム、
『Night After Night』はライヴ・イン・ジャパン。
日本盤は“プログレ”にもかかわらず(失礼)
なんとメンバーのピンナップ・ポスター付き。
いかに彼等の人気が(ヴィジュアル的にも)
高かったかが伺えます。
「ここであのU.K.のライヴが録音されたのか…」。
日本青年館、中野サンプラザホールに行く度に、
必ずやボクはそのような感慨に耽るのです。
そして、ついに先日(16日)、
そんな憧れのU.K.のライヴを観ることができました。
残された写真や映像を観る限りにおいて、
キーボードの数が大幅に減ったものの、
レコードとくらべてもなんら遜色のない音色を見事に再現。
ハイスピードかつ正確な指さばきに見とれることもしばしば。
いっぽう、クリスタルのエレクトリック・ヴァイオリンは
ライト・アップで華麗なる演出。
それを優雅に弾きこなす、貴公子たる“エディ様”は健在でした。
ただ、キーボードが片側にしかなくなったせいで、
彼の軽やかな“180度ターン”
――「Nothing To Lose」の映像参照――を
観ることは叶いませんでしたが…。
アンコール1曲目は、このグループには珍しい、
コマーシャル路線のナンバー「Nothing To Lose」。
中3の時から幾度となく聴いたこの曲の、
殊にヴァイオリン・ソロのあたりから、
途端に胸にこみ上げてくるものがありました。
永久にもどることができない
(U.K.を聴いていた)“あの頃”の空間や時間。
と同時に、現在の日本が置かれている状況に対する不安。
交錯する想いと、
32年の時を超え、“今”確かに鳴っている「Nothing To Lose」。
「聴こえるか? 今、この瞬間を」。
中学生の頃の自分に、ボクはそう言い聞かせていました。
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My all-time favorites
#83
曲は、U.K.で「Nothing To Lose」。
想像力喫茶室『バラ・グラフィック』にようこそ。