保育園で働いていると、子供たちが「お家に帰りたい」と言って泣くことがあります。それを自分のエゴとの対話の例として挙げることができると思います。お家に帰りたいと言っている子供に対して「お家に帰りたいんだね」と言う声かけをする。そうすると帰りたいと言う気持ちを理解してくれたと言うことに子供から安心の表情が生まれることがあります。それが今、自分がエゴと対話する時の流れと同じです。

これはただの声かけのテクニックだけの話ではありません。心からその子の感情にオッケーを出す。

そしてそれを認めたと伝える、これが大事。でもそれはもし私が自分のことをきちんと全肯定、全てにオッケーを出せていない状況だったら、その声かけの純度はとても低くなります。子供は純度がものすごく高いです。子供たち自体の感覚の純度が高いので、純度が高くないものはすぐに見抜きます。そして純度が高くないものは別に何でもないんです。


大人も本当はおんなじ。でも、本当の自分の周りに層の分厚いエゴがいる。エゴは真の芯の部分の周りに何枚にも重なって、厚着した洋服みたいに重なりまくって、芯の部分に何者も触れることがないように自分をサポートしています。

一概に悪では無いのですが、エゴは過去の経験、トラウマ、思い込み、環境等の様々な物事が作り出した空想のセキュリティーで時にとても厄介です。特に暴れ出したエゴは1番厄介です。


子供はこの地球に生を受けてまだ日が浅いので、そのエゴが薄い。だから純度が高い。