王子ちゃまのお雑記帳
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ラッシャー木村さん

先日、5月24日は大相撲の宮城野部屋出身で、国際プロレスでは金網の鬼、全日本プロレスではマイクの鬼として活躍された闘将ラッシャー木村選手の命日でした。
思い出されるのは馬場さんとの一騎討ちや鶴田さんの試練の十番勝負での激闘ですよね。




そして馬場さんのミステリアスパートナーとして参加した最強タッグでの裏切り。これは対鶴龍コンビ戦でしたね。剛竜馬さんや鶴見五郎さんとの国際血盟軍(でしたっけか)結成の時でもありましたね。でもなぜか国際プロレス出身のマイティ井上選手は全日軍として剛さんとやりあってましたね。




その後、木村さんは馬場さんと義兄弟コンビで活躍される訳ですがその中でも忘れられない試合があって・・・。89年の最強タッグ札幌大会で事件(事故ではなくあくまで事件です)は起こりました。試合は義兄弟コンビ対龍艦砲(天龍&ハンセン)。




先に龍艦砲が入場し続いて「王者の魂」に乗って義兄弟コンビか入場。その時まだリング下に居た馬場さんに向かって天龍さんがトペ・スイシーダを敢行。馬場さんはしばらく動けず戦闘不能状態になりました。その間、かつては闘将の名を欲しいままにしていた木村さんが流血しながらも必死に向かっていってました。




やっとこさエプロンに立った馬場さんは痛めた脇腹を押さえながらも必死に木村さんにタッチを求めます。タッチを受けた馬場さんは天龍さん、ハンセンさんの強力コンビに一人で立ち向かっていきました。そして攻め疲れの為かタッチをしようとコーナーに帰りますがダメージの大きい木村さんはリング下でダウンし、馬場さんはロンリーバトルを強いられる事に。





リング上で倒れている馬場さんにエルボーを打とうとしたハンセンさんがロープ際で背中を向けた瞬間に木村さんが足を取りハンセンさんは転倒。立ち上がったハンセンさんはやっことさでエプロンに上がった木村さんにラリアット一閃。場外に倒れ込む木村さん。




リングでは天龍さんが馬場さんにパワーボムを仕掛けようとしてましたがここは馬場さんがリバース・スープレックスで難を逃れたかに見えました。しかし天龍さんはクルッと体勢を入れ替えパワーボム一閃。遂に馬場さんは初めて日本人選手にフォールを奪われると言う大事件が起きてしまいました。




この試合後、泣きながら馬場さんに抱きつき申し訳ないと謝っていた木村さんの姿は試合中の姿と共に忘れられないですね。そしてまた闘将ラッシャー木村を見た、そんな感じでしたね。





ちなみにこの年の最強タッグは最終戦の龍艦砲対五輪コンビが史上初の全勝対決でした。結果は龍艦砲の全勝優勝。そして翌年には第一次選手大量離脱事件が起こる訳ですけどね。この辺りはまた別の機会にでも(笑)。

岡田有希子さん








40年前の今日、一人の人気絶頂だったアイドルが自ら命を断ちこの世を去りました。






そのアイドルの名は「岡田有希子」サン・・・・・そう、今日はユッコの命日です。






おいらは一度もお会いした事はなかったケド、当時は同じ事務所の早見優サンを応援してた関係で何かと気にはしてました。まっ、かなり可愛かったからね。







あの「松田聖子」サンも獲得出来なかったレコード大賞の最優秀新人賞を獲った時は涙が出るくらい嬉しかったのを想い出しますね。





シングルで発売されたのは、「ファースト・デイト」、「リトル・プリンセス」、「-Dreaming Girl -恋、はじめまして」、「二人だけのセレモニー」、「Summer Beach」、「哀しい予感」、「Love Fair」、「くちびるNetwork」、「花のイマージュ」かな・・・・・どれも思い出深い名曲達ですね。







中でも初めてランク1位を獲得した「くちびるNetwork」は作詞が前述の松田聖子サンで作曲が坂本龍一サンでした。







ナンバー1を取り一気呵成に出る矢先にユッコは・・・・・自らその命を断ちました(泣)。翌月発売予定だったシングル「花のイマージュ」は発売中止でお蔵入りになってしまいました。







ユッコの没後、20数年くらいしてからだったかな「メモリアルBOX」に「花のイマージュ」は最後のシングルとして収録されました。発売を全く知らなかったおいらはCDショップで偶然発見して即、購入しましたよ。







初めて聞く「花のイマージュ」でしたが、とにかく涙が止まんなかったです。長年待ち続けてやっと聞けた喜びよりも歌い手自身がもうこの世に居ない寂しさが更に悲しみを深くさせましたね。







その後、「オール・ソングス・リクエスト」と言うタイトルのユッコのCDが発売されました。もちろん即、購入でしたが。








こちらにはCDには初めて「二人だけのセレモニー」のシングル・バージョンが収録されました。それまでは全てアルバム・バージョンでの発売でしたから思わぬプレゼントになりましたね。







このCDはその名の通りで全ての曲(一部の初CD化音源を除く)がインターネットによるリクエストで投票の多かった曲を収録してました。






ちなみに第一位はデビュー曲の「ファースト・デイト」でした。ユッコのオリジナル曲で一番ファンの方々と長く過ごした曲だからなんでしょうね。何かわかる気がします、投票して下さったユッコファンの皆さんの気持ちがね。







ファンの方にしてみたら全てのユッコの楽曲を大切に感じてくれているハズ。全てが好きなんだと思います。でも一番大好きな曲を一曲と言ったら・・・・・おいらも間違いなく「ファースト・デイト」を選ぶと思います。








「岡田有希子」と言う存在を知った曲でもあるしね。






ちなみにユッコはおいらの一こ下だったかな年齢が。でも鏡で見るおいらの顔は歳相応の顔。でもユッコはいつでもあの頃の笑顔のまま。








いつまでもファンの方々やおいらの心に焼き付く素敵な可愛い笑顔のまま。








今日だけはとことんユッコの愛した楽曲達をずっと聞いていたいですね。それで体中の涙が無くなるくらい泣きます泣き続けたいですね、今日だけはね。







合掌、







ユッコよ、永遠なれ。

未来ちゃん

9月14日は絶対に忘れちゃいけない日です。

大切な友人の命日です。

女子プロレスとゆー特殊な職業だった彼女は22歳とゆー若さでこの世を去りました。

オイラがいろいろあって悩み苦しんでる時に助けてくれたのが彼女でした。

オイラがいろいろあってもう死んじゃおうかなとか本気で考えてた時だったから、例え営業トークでも彼女の一言一言に支えられてました。

言わば命の恩人とも言える存在でした。

彼女は試合会場で会う度に「元気出して下さいね。そんなに落ち込まないで下さいね。いつもの様に明るく楽しく行きましょうよ。落ち込んだ顔は似合いませんよ。」って声を掛けてくれました。それこそしつこいくらいにねm(__)m。

そんな彼女が亡くなったと聞いた時は何も手につかなくなる位のショックでした。

事実、その後の3、4日は何も食べれなかったしね。

ツラかったんたろうな、苦しかったんだろうなって思う度に涙が溢れて止まんなくなることがしばしばありました。

今でも彼女の力になれなかった事が悔やまれます。

自分はあれだけ助けてもらったのに・・・。

一番悔やまれるのは最後に息吹に出場した時(追悼興行の前月)、久々に声掛けようかなと思いましたが沢山のファンに囲まれてて。

何かその光景見てるだけで嬉しくなっちゃってね。

また次に声掛けようってその日は帰りました。

ところが次の機会は永遠に訪れる事のない機会になってしまいました😢⤵️⤵️。

追悼興行の時はそれこそ体中の水分が無くなるくらいに泣きました。

何もしてあげられなかった事が悔しくてね。

とにかくは毎日を精一杯生きる事、それがおいらに出来る恩返し・・・・・そう考えて今は生きてます。

今日は以前、小樽で作った特製のオリジナルオルゴールの封印を解いて聞きまくらなきゃね。

彼女に生かされた命ですからね、尽き果てるまで大切に大切にしないと笑われちゃいますからね。

一日一日をしっかりと前を見て生きていきたいですね。

未来ちゃん、暫くは直接お礼言えそうになくてごめんなさいm(__)m。

きちんと命を全うできたら笑顔で会いたいね。

その時は面と向かってお礼が出来る様に頑張るよ。

だからこれからもみんなをお空の上から見守って下さいね。

未来ちゃん。必ずまた会おうね絶対だよ、約束だよ。

今宵は一年振りにアレの封印解かなきゃね。

今はお酒飲めないから炭酸とアルコール抜きの麦茶飲みながらかな。

どんなに辛く悲しくても明日は必ずやって来る。

一日一日、日々を懸命に生きていかなきゃね。
ちゃまさんのプロフィールページ

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