宇陀榛原 墨坂神社 | まーりんのまりんエッセンス

まーりんのまりんエッセンス

魂・心・体に響き渡る、これから先の時代のエッセンス
「海のエッセンス」「月のエッセンス」の物語

 

日曜の午前中。

「たまには神社巡りじゃないドライブしたい」と思い

感じたままに走っていたら、、、

道の脇にこんなのみて、反射的に入ってしまったぞよ

 

 

 

 

 

墨坂神社

宇陀市榛原萩原703

 

赤目四十八滝にはこの後行くことになるんだけどね

 

 

ご覧の通り 墨坂神社の場所は、

道が集まる結節点、交通の要衝である。

 

 

書紀「乃立霊畤於鳥見山中 其地号曰上小野榛原下小野榛原 用祭皇祖天神焉」

即位した神武天皇は鳥見山中に霊畤(まつりのにわ)を立てた。その地を上小野榛原(かみつおのはりはら)、下小野榛原(しもつおのはりはら)と号し、皇祖天神を祭祀した。

 

 

神社HPは、この「上小野榛原」が墨坂神社の旧社地とする。

 

 

旧社地よりの遷座については、

 

● 文安6年(1449年)9月28日 上榛原天の森より下榛原天野(現社地・宇陀市榛原萩原天野)に遷座。

天野の地は天富命の蹄跡とも伝えられ、明治初期までは神仏混合により偏照山薬王院天野寺として祀られており、六社権現または天野宮とも称されていた。

 

 

 

 
一の鳥居

 
二の鳥居

 
 
社地を巻くように流れる川
少し上流側に宇陀川と芳野川との合流点がある。芳野川上流には、八咫烏神社、宇太水分神社がある。宇陀川は名張川とあわさって、月ヶ瀬で木津川となり、最終的に淀川に合流する
 
 
川下 1kmちょいで室生湖

 
 
 
 

 
 
 
 

 

 

 
 
 
二の鳥居

 
 

 
 
御祭神 墨坂大神
 
神武天皇御遷都の砌 大合戦の墨坂の地に祭祀せられていた大神でその地名を称号し墨坂大神と申している。崇神天皇の御代(380)国中に疫病が蔓延したため赤盾・赤矛を幣帛として御勅祭せられ又天武天皇白鳳元年(673)に大来皇女を使者として奉幣されたと伝えられている。
文安六年(1450)に墨坂から現在の地に遷座された。
本殿は元治元年(1864)御造営に際し南都春日大社の旧本殿を拝領し建造したものである。
新抄勅格符抄によれば天應元年「墨坂神一戸信乃」とあり長野県須坂市に御分社が二社ある。
例祭は十一月三日で古式により渡行式が執り行われる。
 
墨坂神社
 
 
 
 
 
● 墨坂大神
天御中主 高皇産霊 神皇産霊 =造化三神
伊邪那岐 伊邪那美 =国生み
大物主 
 
以上六神の総称

 
※雄略紀七年七月条
天皇が三諸岳の神を見たいので捕えてくるように臣下の少子部連蜾蠃に命じた話が出ているが、三諸岳の神でなく、大物主神、または菟田の墨坂神とする別の伝えもあったことが本文に注記されている。この話では捕えた神が雷神であったことから、墨坂神にも雷神としての性格があるのではないかとも想定されている。
 
 
 
● 墨坂の大合戦
磐余彦(神武天皇)は兄宇迦斯を討って宇陀を攻略し、高倉山からあたりを眺望した。すると国見丘に八十梟帥がおり、女坂に女軍(めのいくさ)を・男坂に男軍(おのいくさ)を・墨坂には焃炭(いこり炭・おこし炭)を置いて、奈良盆地へのルートを封鎖していた。
 
※男坂、女坂、墨坂の地名の由来
※いこり炭:墨坂神社HP、かむながらのみち~天地悠久~(山焼きの意ともある)
※おこし炭:weblio国語辞典、南都経済研究所ほか多数
※「墨坂に焃炭を置けりと神武記にあるが、墨坂はたたらの炉の中に消し炭や砂鉄を投げ入れる炭坂という役目の名を思わせる。炭坂の名はつい最近まで出雲の菅谷たたらなどで使用されている。」谷川健一著 「青銅の神の足跡」
 
さらに東征軍は兄磯城討伐の際、墨坂の焃炭を宇陀川の水で消す。
で、ストーリーは冒頭の
磐余彦即位→鳥見山霊畤→そこは「上小野榛原」といって墨坂神社の社地だよ、につながる。
 
 

● 赤盾・赤矛

疫病の蔓延に悩まされていた崇神天皇は「赤盾八枚・赤鉾八竿をもって墨坂の神を祀り黒盾八枚・黒鉾八竿をもって大坂の神を祀れ」との夢告を受け、その通りに祀った。

 

※大和の東西の要衝である墨坂・大坂の守りを武力で固める、あるいは、疫病の侵入を防ぐため境界の神を祀ったとの解釈がある。

五行では赤は南、黒は北なので、東西への赤と黒の配色はまた別の意味づけがあるだろう。

 

 

● 秋の大祭では、お旅所から現在の社地までの約1kmの道のりを、祓神職を先頭に猿田彦、武者、赤盾・赤矛・太刀などを持ち、還幸の神輿行列が華やかに神社に渡る。

 

 

 
 

 
 

 

宇陀川沿いの長い参道をのぼっていく
 
鳥居や幟旗にある
立葵紋
 
これでもか!ってほど
このさき出てくるよ
 
 
 
祓戸社

 

 
 
 
手水舎

 
 
 

 
 
 
 
 
 
三の鳥居
 
 
川風になでられ 気持ちがよい。
三の鳥居の向かい側は、階段で下道に降りれるようになっている。すぐそばに橋もある。
昔は川を舟でやってきて、ここに着岸して階段をのぼってきた、とかではないんだろうか。

 
 
三の鳥居、舞殿
舞殿が社地ぎりぎりにたっている
(三碓の添御縣坐神社の舞殿もそうだったけど)
 
 
これはどういう意図からだろう
墨坂の場合でいうと、舞は本殿の神々よりむしろ川向うにみせるような?鳥見山?
上榛原天の森より下榛原天野の現在地に遷座したわけだから
ちょっと正確にはどこかわかんないけど、上榛原天の森を意識している?
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

境内まわり

 

 
 

 
 

 

 
 

 

 

 

 

 

 
 

 
 

 

 
 
 
 
 

 
 

 

 

 

 

 

奥に拝殿、本殿

 
猿と馬

 
 

 
 
拝殿(奥に本殿)

 
 
 
 
 
 
拝殿右わき 境内社八社
 
奥(向かって左)から 
天神社 市岐島神社 菅原神社 恵比須神社 
金毘羅神社 愛宕神社 稲荷神社 八幡神社
 
 
 
 

 

 

本殿の更にその右手
 
 
大山祇神社(山の神)

御祭神 大山津見神

 

 

 
お社の背後に石塔
 

 
 
 
この位置から拝見できる本殿 春日移し
文久造替時の本殿を元治元年に移築

 

 

 

 

 

こんどは本殿向かって左側に。

 

 

 
 

 

 
 

 

 
 
 
 
祈禱殿に突きあたって、右が
水の神 竜王宮
 
 
 
 
御祭神 罔象女神

 
 

 

 

 

ここで お水をいただくことができる。
 

 

 

 
 
竜王社参道は
社殿の階段から駐車場まで続いている
 
 

 
 

 
 

 

 

 

 

 
 

 

 

境内を、もういちど本殿向かって右端までいくと

神輿庫

 

 

 

九葉菊花紋 立葵 三つ巴
 

 
 
 
 
 

夏越の大祓の茅の輪、七夕の笹飾り

ご神水をいただいて ゆっくりとお参りできました

 

 

ありがとう またね

 

 

このあとも、あてどないドライブで青蓮寺湖をまわって赤目四十八滝にいって

うっかりまた伊賀に行かないよう奈良に戻ってきました

 

この日、水に関わるところを回っていたような。

「墨坂」は炭、火(鍛冶)に関わるけれども、祓戸の神や龍神・罔象女神もいる。火と水がちゃんとある。