では、ヒカゲノカズラの神聖な力についてみています
天宇受売命(あめのうずめのみこと)
天香山の天の日影を手次(たすき)に繋けて
ヒカゲの長く伸びた茎は、切ったあとも長いあいだ鮮やかな緑色を保つ
その生気を霊力とみて、髪飾りや神事の際の襷(たすき)になり
新嘗祭や大嘗祭に際しては冠のこうがいの左右にこれをかけた。
刈り取られてなお枯れることのない緑のヒカゲを
枯れることのない泉 のように
別なもの 神聖な命の源泉(ソース)とみた。
*
筑紫の鍛冶の氏族は、背振で葵祭をしていた。
その葵とは、ヒカゲノカズラのこと。
ヒカゲノカズラは、坩堝の仕上がりを願う女人の髪飾りであった、
鍛冶神は笄(こうがい)星と呼ばれた冠座を目当てに仕事を始め、仕事を納めた。
その仕事納めの祭りが5月、背振で行われた葵祭りである。
筑紫で八丁様と呼ばれた彼らは、山城に移動し、加茂と呼ばれた。
背振の祭りは、京都葵祭りとなった。
*
さらにまた
ヒカゲノカズラが神事に使用される例のひとつが
奈良の率川(いさがわ)神社の三枝祭(さいくさのまつり)。
舞を奉納する四人の巫女は
手に手にササユリを持ち、頭にヒカゲノカズラを巻いて、祭神・五十鈴姫に舞を捧げる。
*
ここからが追加項目になるのですが、
率川神社 公式サイト
「三輪明神縁起絵巻・神武天皇と五十鈴姫」
神武と五十鈴姫の夫婦が相まみえるシーン
姫はササユリを手に持ち、ヒカゲノカズラを頭につけておられます。
まちがいない。
この故事が
現在の ”さいくさのまつり” に引き継がれているのでしょうか、
ここで思いだすのは、
さきほどの背振の葵祭です。
加茂鍛冶の女人が
坩堝の出来を祈って頭につけたという、ヒカゲノカズラ。
賀茂氏にとって、頭にヒカゲをつける、というのはどういうことだったか。
鍛冶は神事であり、生業であり、一族のアイデンティティです。
自己を統べる頭に、賀茂のシンボル=葵=ヒカゲを飾る。
葵祭と同等に、それは神聖な儀式であり、祝祭であったのではないでしょうか。
ならば
夫となるひとに初めて会うとき
五十鈴姫が頭にヒカゲを飾ったというのは、本当にそうだったかもしれません。
そして いまは
率川の五十鈴姫の祭事のなかに、
巫女のヒカゲノカズラとして
賀茂のもともとの葵祭の名残りが入っている。
なぜなら
率川神社祭神
媛蹈韛五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)は、初代神武天皇の皇后とされていますが、
百嶋神社考古学では、彼女の夫は初代神武ではなく、俗称神武=贈)崇神天皇=賀茂別雷、すなわち鴨玉依姫を母に、豊玉彦を祖父にもつ、賀茂氏の中心人物です
(百嶋氏は神武を自称するなんていばりすぎとおっしゃってます)
この俗称神武が、宇佐市安心院の足一騰宮に入った天皇です。
真鍋大覚がいったように、足一騰は片足を立てて座る所作で、それをするのは一目つまり熔鉄が眩しいので片目でものをみる工人、それは賀茂なのです。
また背振の葵祭を裏付けるように、
賀茂大神が最初に天降りされた地が、うきは賀茂神社です。
その御祭神は
神日本磐余尊=本物の神武
賀茂別雷尊=俗称神武=贈)崇神天皇
賀茂建角身尊=八咫烏
玉依姫尊 たぶん、八咫烏の娘で賀茂別雷の母の鴨玉依姫さま
してみると、媛蹈韛五十鈴姫がいた場所というのも
率川神社がいうように「三輪山の麓、狭井川のほとり」ではなくて筑後だったりするのかもしれません。
また本殿の両サイドから姫を支えるご両親は
父神 狭井大神(さいのおおかみ)
母神 玉櫛姫命(たまくしひめのみこと)
とされますが、百嶋考古学では
父神 事代主
母神 活玉依姫
となります。
活玉依姫は、鴨玉依姫の娘で、賀茂別雷の姉にあたります。
ここに描かれた神武=賀茂別雷と五十鈴姫は、叔父(母の弟)・姪になります。
これは大幡主-豊玉彦(八咫烏)-鴨玉依姫とつづく血統同士の婚姻です。
奈良の率川神社入口すぐの比較的大きな摂社
率川阿波神社
事代主(五十鈴姫の父神)をお祀りしています。
事代主つながりで、率川は平城(なら)のど真ん中にありながら大神神社摂社なのだと、理解しました。
この阿波社の両脇が
末社の春日社、住吉社になります。
率川神社は
開化天皇の春日率川宮の名を冠し、その宮跡に建つはずなのですが、
なぜか開化天皇由来の形跡がない神社です。
追記
宮原誠一の神社見聞牒のNo.013 事代主・恵比須神・西宮大明神
「事代主の娘・五十鈴姫は崇神帝(中臣烏賊津臣・藤原の祖)の后となり、その子・国片姫は開化天皇の后となり、坂本命の母となり、事代主ご一統は近畿王朝に食い込んでいくことになります」とあります。
つまり、ここに祀られているのは開化天皇の義母とそのご両親になります。
高良玉垂神秘書によれば
表筒男=安曇磯良
中筒男=俗称神武=贈崇神=賀茂別雷
底筒男=開化天皇
であり、これが住吉三神なので
率川由来の本物の天皇と、五十鈴姫の本当の夫は、
末社に(ひっそり、ぎゅうづめになって)お祀りされていることになります。
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