**Private Oasis**別館 -3ページ目

心配メールたくさんで、申し訳ない

月曜日、出勤したものの午前中のみで、午後からお休みになりまして。

もう、本人的にヘロヘロだったんで、特に仲良くしてもらってる人とか、日頃気にかけてくれている人に挨拶とかもできないまま、休むことになってしまいました。

薬を飲んでも寝られない、食欲もない、表情がない、声に張りがないなどなど、先週末から月曜日にかけては誰が見ても異常な状態だったと思います。

その後、火曜から今日にかけて、あちこちからメールが届きまくってます。

休むことになったって⁈
やっぱりアイツが原因か?
なんでまーるちゃんがしんどい思いしやなあかんの!
ウチらはまーるちゃんの味方やで!
1ヶ月しっかりリフレッシュして、来月には元気で来てな、来れたら復帰祝いしよう。
せっかくスキルあるんやから、もったいないで。
こないだからしんどそうやったし、しっかり休養しーや。

などなど…。
ところどころ、プレッシャーを感じる内容もありますが、それでもたくさんの人が心配してくれているのはひしひしと伝わります。
今月いっぱいは休みになった、と聞いて、ソッコーで連絡をくれるあたり、本当に心配してくれてるんやな、と。

以前の休職時とは環境も状況も、周りの人間もすっかり変わっていますが、前の時はここまでメールが来ることもなかったです。
一度休職したことで、自分自身の人間関係の構築も少しは変わっていたのかな、と実感しました。
相変わらずのメンタルの弱さで、3年前と何も変わっていない、私はやっぱりダメな人間なんだ、と凹んでいましたが、ほんの少しは私も変われていたようです。

…あまりに宇宙人が酷すぎたと周りに映っていたのかもしれませんが。
ところどころ過激な意見もあったりして、こっちが怖くなったりします。
宇宙人が前にいた部署で、最後の話し合いの時には発狂しそうだったという姉さんは、
「最近トイレで会ったりすると、何もなかったかのように話しかけてきたりするから、ナイフで刺してやりたいくらいの気持ちになる」と。
彼女がここまで怒るのには理由がありまして。
前の部署で散々迷惑かけて、当て付けのように休職し、部署の異動まで申し出て、復帰してからも一切謝罪もなかったとか。
「別に今更何を言われても、こっちの気持ちは変わらんけど、せめて『迷惑かけてすみませんでした』くらいは、社交辞令でも言いに来い!」と怒ってるわけで。
うん、気持ちはわかる。
でも、例によって「すみませんでした(語尾上げ)」で謝られても、余計に怒るんじゃないか?と思ったりしますが。

周りがいろいろと気にかけてくれているのは、今回ひしひしと伝わったので、何とか1ヶ月だけの休職で復帰したいものです。
でないと、せっかく周りが心配してくれているのに申し訳ない。

特に、ウチの嘱託のIパパなんかはわざわざmixiでメッセ送ってくれて、私が見たいと言っていた写真のアップまで急いでくれましたから。
彼は今年度末で退職されるので、ちゃんと復帰して、彼の退職をお祝いしたいと思いますし。

振り返れば、Iパパは本当に色々と気にかけてくれるおじさまでした。
性格が似てるところがあるのか、私と意見がよく合って、おしゃべりするのも楽しかったし。
大雑把な性格に見えて、実は締めるところはちゃんと締めてくれたり、私が苦労している上司の扱いなんかも、代わって意見してくれたりもして。
「契約社員のおまはん(あんた)が言ったら、後々面倒やろうし、わしが言うたるさかい」と、助け舟を出してくれてました。

K主査の、時に理不尽な扱いや、課長の朝令暮改な対応にも、ズバリと言ってくれるので、上司からの評価は散々でしたが。
彼はもはや嘱託だから怖いものはない、とばかりに私を庇い続けてくれました。
聞きたくもなかっただろう私の愚痴にも付き合ってくれました。

前年度、ウチの部署にいた同じく嘱託のHお父さんも、時に厳しく、時に諭すように私を励ましてくれていました。
部署が離れても同じフロアにいて、時々タバコ室で会いますが、やっぱり気にかけてくれています。
正社員の試験をダメ元であっても受けるべきだと背中を押してくれたのもHお父さんです。
「あんたは仕事はできるんや。会社にとって必要な人材であることは間違いないんやから、くじけたらあかん」と、優しく励ましてくれていました。

今、ウチにいるOお父さんも、口調は厳しいながらも常に励ましてくれました。
「アイツ(宇宙人)はまともに相手したらあかん」と、時にお叱りを受けつつ、仕事を教えないといけない私の立場もわかってくれているので、Iパパと一緒になって、宇宙人に意見してくれることも多かったです。
こちらも、私の愚痴に根気良く付き合ってくれました。

IパパもOお父さんも、B型さんなんですけどね。
なぜかA型の私と意気投合することが多く。
私が自分の血液型を疑う理由はこういうところにあったりします。

おそらく、仕事というものに対する根本的な考え方が似ているから、意見が合うんでしょうね。
…嘱託のおじさま方と仕事の考え方が似てるって、私は昭和のサラリーマンの思考回路を持ってるってことか?、とちょっぴり複雑な思いもあったりしますが。

タバコのご縁で仲良くなった、別の部署のお姉さんも、「あの人(宇宙人)については、ボクでもいろいろ聞いてるくらいやからね…。大変だったんだよね」と言ってくれて。(彼女は仲良くなった人の前では何故かボクっ娘)
自分も過去に激務から3ヶ月ほど休んだことがあるらしく、「しっかり休んで治さないと、ずっとしんどいから、もうスッパリ気持ち切り替えて、考えない方がいいよ」とも言ってくれました。

同じフロアの対角線上で仕事をしているお姉さん2人も、それぞれメールくれて、
「帰ってきたらまたご飯行こう! それまでしっかりリフレッシュしておいで」と、復帰祝いを考えてくれている様子。
彼女達は、自分の職場で人を教え、常に面倒を見ないといけない仕事に就いているにも関わらず、業務が違う私のことまで気にかけてくれていて…。
自分の職場のことでもすごく大変なはずなのに…と思うと申し訳なくて。
でも、「謝るな、友達を心配してるだけや」とまで言ってくれて。

本当に数々の人たちに支えてもらっていると実感してます。
彼、彼女達に顔向けできるように、しっかり1ヶ月で立ち直る!
これが私の今の最大の目標になりました。

プレッシャーでもありますよ、実際。
でも私は基本的に頼られて、煽てられて奮起するタイプなんです。
こんなに心配して、励ましてくれる人たちがいるのに、甘えてなんていられないな、と思います。

とりあえずスタンプ制覇と雪を見に行く旅行でリフレッシュする!
天気予報見てみたら、ちょうど雪が降るみたいで、目的の一つは間違いなく果たせそうですし。
心配なのは、あまりに雪がひどいと交通機関が麻痺してしまうことなんですが…。
地域的に雪国な地域を走る電車たちは雪に強いと信じて、無事に行程がクリアできるように祈ります。

旅に出る!

家族の理解もありまして、旅に出ることになりました。

どうやら、私の気分転換は
1.旅行
2.ライブ
3.ひとりカラオケ
だと思われているらしい。

休みが決まってしまって、青春18きっぷの時期だし、とりあえず雪を見に行きたいと言ったら、あっさりOKが出ました。

で、あまり働かない頭を使いつつ旅の予定を考えてました。
青春18きっぷと共に目をつけたのが、北海道&東日本パス。
期間は青春18きっぷとほぼ同じで、7日間で1万円。
絶対こっちの方が得だから!
いわて銀河鉄道も、青い森鉄道も乗れるんですから。

で、青春18きっぷとこの北海道&東日本パスを併用して、11日間もの旅を計画しました。
この旅が無事に行けば、一気に甲信越から北関東、東北まで制覇できる予定。
以前取り残している新潟の一部も取りに行くつもりです。
船にも乗ってやるよ。

さすがに東京の離島は行けないので、本州制覇はまだ出来ないんですけどね。
北海道も道南はちょっと寄ってくるつもりです。
まぁ、すべてが鈍行の旅になるのでちょっとしんどいですが…何とかなるでしょう。

しかし、頭働いてない割りには、ちゃんと考えてたんだな~と後で思ったのが、すごい移動距離と日数なのに、旅費が全部で10万に行かないこと。
泊まるところは5000円以下ですし、交通費は青春18きっぷと北海道&東日本パスで2万ちょっと。
私鉄やバス、船の料金を足しても10万以下に抑えることができました。
さすが、格安パス!

で、道中で購入できそうなコロプラおみやを代購してみたり。
東北、北海道と行くので、雪も見れそうだし。
後は交通機関が麻痺したりしないことを祈るばかり。

でも、普段だったら2日程で決められる予定を決めるのに、1週間ほどかかってしまいました。
どこか鈍くなってるんだなぁ…。

ちなみに。
弟が東京に出張に行くらしいんですが、昨夜こそーっと部屋にやって来まして。
「お姉、ちょっといいか?」
新幹線の指定席券と乗車券を見せて「これで、どうやって行ったらいい?」
…27にもなった男が、出張のプランくらい自分で考えろよ(笑)
ウチの家族は、基本遠出するとなると、私にいろいろ聞いてきます。
それだけ私があちこち行ってるってことなんですけど。

とりあえず、新大阪までの行き方と(ここから教えないといけなかった)、新幹線乗り換えの方法、東京に着いてから乗るべき電車など、教えてあげましたよ。
品川から恵比寿まで在来線に乗るらしいですが、自分ですごいなと思ってしまったのが、「山手線で渋谷、新宿方面行きに乗れ」と、さくっと言えたことですね。
どれだけ路線把握してるのかと(笑)
私、東京人じゃないし。

丁度、旅の予定を考えてたところだったので、時刻表ついでに確認してあげたんですが。
その時もあっさり「あ、旅の計画でもたててたん?」と。
弟なら怒るかもしれないな~と思ってたので、意外でした。
一定の理解は示しつつ、精神的に病むということが理解できないというタイプなので。
「旅行行けるなら仕事行けるやろ!」とか言われるかと思ってたんで。
そして、それが正論だとわかっているだけに、弟には頭が上がらないなぁとも思ってたりして。

弟にまであっさり了承されるということは、私多分すごい状態だったんだな、と今更思う。
まぁ…出たくない、食べたくない、寝られない、と3拍子揃ってますから。
しかも基本的に部屋に引きこもり、リビングに出てきても話そうとしない…みたいな。

家族の理解と協力があるので、気分転換させてもらいます。
で、目指すは1ヶ月の休暇だけで復職すること!

絶望に似た思いと、希望のかけらのようなもの

とうとう主治医から休職が必要だと言われました。

3年ほど、なんとか頑張ってきたのになぁ…。
今年度に入って、色んなことがあって、もう疲れてしまいました。

一番は宇宙人が二人も来たことでしょうね。
男宇宙人ことT主査と、女宇宙人。
今年度初めは、男宇宙人に苦労した。
役職付きにも関わらず、ほとんど仕事が出来ない。
年齢による劣化だと言われても、納得できない出来なさっぷり。
更に年上な嘱託社員さんたちができることを、彼らの倍以上かかって覚えて行った。
半年経った今でも、まだまだ危うい対応が多い。
でも、救いがあるのはきちんと聞いてくれること。
そして、冗談が通じること。
理解は遅くても、「何回もごめんな」と言いながら確認してくれること。
たまに思い込み暴走するし、時々明らかにしぶしぶ従ってる感はあるけど、それでも業務に関しては実際の役職という立場よりも、経験と知識の部分で私を尊重してくれている。

年齢や元の役職は十分に上の嘱託社員さんにしてもそう。
役職を離れて一般社員として異動してきた元上司にしてもそう。
彼らは、現在の業務という部分においては私の意見、私の判断を尊重してくれる。
そして、現在の上司である課長や主査が「仕事でわからないことはこいつに聞いてくれ」と言った、最初の言葉を忠実に守ってくれる。
元課長という共通点を持つ嘱託と社員の3人のおじさんたちは、それぞれに思うことはあるだろうけど、それでも最終的には私の意見をきちんと聞いてくれる。
もちろん、おかしければおかしいと指摘してくれるけれど、それはあくまで意見であって、反論や文句ではない。

一度、元課長の社員Mさんは、思い切り文句言ってきましたけどね。
書類の受付窓口を誰にするかという話の時に、担当者が増えて窓口になる人数が膨大になり過ぎたので、K主査(私の元々の直属上司)とk主査(合併した業務の上司)に、書類の授受について意見を求められまして。
他の担当との兼ね合いや、複合業務になった部分を勘案して、私は「いっそ社員以上が窓口になって、各作業者に振り分けてはどうか」と提案しました。
実際、他の担当では多くがその形で書類の授受をしているわけで、実務担当者だからと契約社員メインで送るのは何か違うだろう?ということで。
私がその話に噛んだのは、その意見を求められた時だけで、その後どういう話になったのかは、はっきりと知らされないまま。
ある日、窓口が変わっていたことに初めて気付いたMさんが文句を言い出しました。
「実務担当者に行かんで、処理が漏れたらどうするの」
いや、そうならないように気をつけてやってほしいわけで、またそういう責任があるから社員以上にしたわけで…。
「休みとかやったらどうするの、処理漏れるで」
いや、課長、主査、社員で6人もいるんだから、全員がいないってことはあり得ないでしょ。
6人でお互いに、この書類はこっちで出して担当者に回したとか、処理完了したとか、共有しながらやってくれたらいいわけで。
というか、窓口変わりました案内が来ているということは、総括を通してる話であって、それは即ち課長と主査が相談して私の案を受け入れた結果、そういう話を通したはずなんですが。
話をややこしくしたのは、よりによってこの課長。
Mさんの発言に「ほんまやな、こんなんあかん」と。
いや、待てよ!
さすがにうちの主査たちは、課長を通さずに総括に変更を依頼するような非常識な人じゃないから!
絶対課長は一度この内容にOK出してるはずなんだって!

そんなゴタゴタがあったりはしましたが、それでも実務になると、ちゃんと私に確認してくれるMさん。
好きか嫌いかと言えば、過去の禍根もあるので決して好きではありませんが、それでもちゃんと仕事はしてくれる人です。
元課長の嘱託社員2人も、何かあったら必ず私に聞いてくれる。
些細なことから重要なことまで、いろいろと。
時々「お父さん、これ言うのもう3回目やねん。そろそろ覚えてくれへんか?」という時はありますが、それでも聞かずに勘違いで何かされるよりは断然マシ。
聞く前には「すまんなぁ」
聞いた後には「さんきゅー」「どーも」など、軽くてもお礼は欠かさず言ってくれる。

宇宙人はお話になりません。
業務命令でもある「仕事のことはこいつに聞け」をしない時点で、業務命令に背いているんですが、そこがわかっていない。
で、まだ半年組のT主査やMさんを捕まえてはぐぢゃぐぢゃやってる。
先日、そこに助け舟を出してくれたのが、嘱託のIパパとOお父さん。
宇宙人に「うちでの窓口は誰なん?」「質問する相手は誰なん?」「主幹に問い合わせる前に聞かなあかん相手がおるやろ?」
と、何度も言葉を変えて私に聞くように仕向けてくれて。
「じゃあ、まーるさん」
私、この言葉面と向かって言われるの、記憶にある限りで2回目です。
じゃあってなんなの、じゃあって!
もし次言われたらキレるからね、と主査たちには公言してますが。
勘違いで覚えられたことを、正すために説明を始めると「だって、まーるさんが前にこう言いました」と鼻で笑いながら言ったり。
いや、確かに言った内容ではあるんだけど、結びつけ方を間違ってるから今説明してるんだよ?と。
ってゆーか、あんたに鼻で笑われる覚えはないですけど。

そんな宇宙人、自分の強みは正確で迅速な処理だっていうんだから、失笑ものです。
弱みはまだ今の業務について行けてないこと(慎重さを要する仕事だから、とか何とか)
弱みを克服するためにしていることは、話を簡潔にまとめること、だそうです。
…話を簡潔に纏めようと努力してる人間が、小学生の作文のごとく「~で、~で、こうなって、こんなん言われて、こうしたんですけど、~なってて、でも私は~と思ってるんですけど、まーるさんは~って言ってたし…」みたいな説明の仕方をするんですよ。
どこが簡潔か!?

と、まぁこんな内容についてウチのお偉いさん方と話す機会を設けられていたんですが、同席していた私の友人は、笑いを堪えるのに必死だったそうです。
あまりの自分の見えてなさに。
相変わらず、話してる内容は小学生の作文状態だったとか。
で、こともあろうか「スパルタで教えられてます」とか言ったらしい。
確かに叱るときは叱るし、最近は抑揚もなく冷たい言い方になってると思うけど、誰のせいなの?と。

と、こんな状況でやってきて、IパパやOお父さん、T主査にまで大丈夫か、調子悪そうやけど…と心配されてたんですが。
ついに休職を勧められてしまって。
家族は理解がある方なんで、「1ヶ月ほど休むことが必要やと医者が言うなら仕方ないんちゃう?」と言ってくれていますが。
最近は家でもため息のオンパレード、表情も暗く、常に背中を丸めて歩いてて、話しかけた反応も鈍いという状態に見えていたらしく。

とりあえず、会社との相談の結果、休職が決まったら、ひとつだけ気分転換のためにやりたいことがありまして。
最近ずっと旅行に行けてなかったので、青春18きっぷでコロプラ未踏の地に赴きたいと思ってます。
電車の旅、普段見ることの出来ない風景は、私にとって貴重な気分転換の場なんです。

休養のための休みをそんなことに使っていいのかという議論はあるでしょうが、とにかく短期間でも現実逃避したいんです。


しかし、会社での人間関係が良好なのか不調なのかよくわからない私にも、間違いなく味方はいてくれるわけで。
それが救いです。
同じフロアながらまったく対角線上くらいの席で仕事している人までが、心配してくれて、飲みに誘ってくれたり。
担当内でも、表立って味方になってくれるIパパやOお父さんみたいな人がいてくれたり。
宇宙人が前にいた担当の人はほぼ全員が宇宙人の性格やら特性を知っているので、励ましてくれますし。

こんな状態の私にも、味方してくれる人はいる。
たったこれだけのことが、すごく心強いと感じます。

一方、再度の休職にガチ凹みしている自分もいます。
私は社会生活不適合者なんだろうか、この年齢で仕事に支障をきたすなんて、社会人として失格だとか。
家族に迷惑をかけながら生きていく自分に、本当に存在価値なんてあるのだろうかとか。

絶望に似たものを感じながら、あたたかい友人たちの優しい言葉に、勇気を貰った気がします。
とにかく1ヶ月、休ませてもらって気分転換をはかってみます。
その後のことは…考えないことにする。今のところは。


幼稚園か、会社なのに…

宇宙人、相変わらずです。


今日、朝イチで来た依頼書がなんかおかしかったんです。
郵便が相手先に届かず不達になっている履歴はあるけど、それは二つに分けた片方の話で、もう一つは返って来ていない。
なのに、二つとも無料で送ってくれという内容で。

いや、送れと言われるなら送るしかないんですが…返って来てもいないものを再び送るとなると、事実関係の確認とか、上司の承認とかいろいろいるわけで。
そんなややこしい案件、今日の担当者は宇宙人。

これ、どうするかな~。
ちゃんと聞いてくるかな~と、様子を見てたら…やっぱり聞いてこない!
で、誤った内容を依頼元に話してる!
慌ててMさんに宇宙人止めてもらって、隣に行って指導。

ちゃんと登録されてる履歴を読んだらわかる内容なんだけどなぁ…。
これ見て?
ここにこう書いてあるでしょ?
だから、二つのうちの一つだけが返って来てるってことなのね。
ここまでわかる?
そしたら、確認しないといけないことは、どこまで話を聞いていて、どういう対応になって、この依頼書に繋がったかってことよね?
で、返ってないものを何の理由もなくまた送るってできないのね?
だから、上司の承認とかいるんだけど…ここまでわかる?

みたいな。
一つ一つ確認していかないと、どこまで理解したかまったくわからないから。
私もさ、48歳に対してこんな対応したくないんだけどさ。
…あ、ウチのT主査に教えた時もこんな感じだったか(汗)
ちなみにT主査は58歳だったかな。

まぁ、そんな感じでところどころ確認しながら話をして行ったんですが、途中明らかにわかってない態度で出たお決まりの「わかりました↗︎」
「ごめん、今のでホンマにわかった?」
再確認すると、どうせ後でバレることがわかっていたか「いや、ちょっと…」

「わかってないのにわかりましたとか言ったらあかんやん!」

思わず出てしまいました。
これ、会社での会話ですよ?
内心、ここは幼稚園か小学校か??と思いました。
周り、このやり取りを聞いてた人は思わず失笑。


その後、更に宇宙人暴走。
今回で3度目くらいの処理をやり始めて、それを見ていたMさんがアドバイス。
「それ、見やんでもいけるで」
私は内心、余計なことを…と苦虫を噛み潰してました。
と、いうのもMさんはこれまでの質問の内容などから、基本はしっかりと理解してくれていたので、それを踏まえた上での「端折ってもいい」部分だったんですが、宇宙人は基本のきの字すら危ういので、本当に基本に忠実に処理をしてほしいんですよ。

そのMさんの発言から、宇宙人恒例の「まーるさんはこう言ってた」が始まり。
しかも、その私が言ったと主張する内容は全てレアケース。
そりゃそうだ。
だって、宇宙人が3度目くらいのこの処理、一番最初の説明をしたのは私じゃないもん。
以前に質問は私にしろ、私が答えたこと以外の責任は持たない、と言ったのにMさんに聞いてたんだもん。
その上で、追加の質問みたいに私に聞きにきたから、私は基本はMさんに聞いてるものと思って、応用の話をしたんだもん。
だから、この処理に関して私が宇宙人に説明したことは、ほとんどが応用編。
決して基本事項は話していません。

それを、基本と応用だとわかっていない宇宙人。
すべてが基本だと思っていたらしく…。
仕方が無いので、質問したり確認したりしながら、どこまで理解してるのか測ってみると…。

えぇ、全然、まったく、わかってませんでした!

この仕事やり始めてもう半年近くになろうかというのに、基本がわかっていなかった!
というか、この仕事だけじゃない。
ウチの会社のどこにいても知らないといけないこともわかってなかった!

何が悲しくて、10年以上もこの会社で働いている人に、
「このシステムの締め日というのは…」から説明しなきゃならないんだ!

ウチの会社、たくさんのシステムが組まれてますが、私たちが業務で主に使うのは二つのシステム。
顧客情報系と、請求データ系と言ったらいいか。
顧客情報系で注文の受付とかを行って、そのデータを元に請求データ系で請求する金額や支払い状況や、それに付随するデータ(請求根拠だとか)を管理している感じなんですが。
リアルタイムで連動はしているけど、やっぱり顧客情報系システムの締め日があって、そのデータを持ってきてようやく請求系が完成する、という部分があるので、それぞれのシステムの締め日というのは、どんな業務をやっていても関係してくるはずなんです。
そこがわかってなかった!

「顧客情報系システムの締め日は月末やから、月末時点のデータを元に請求するわけやん?
じゃあ、月が変わってから顧客情報系システムのデータを変えたら、請求のデータはどうなってる?」
「今回の作業は、こういう内容やねんけど、じゃあどの段階のデータが必要で、顧客情報系システムのデータがどうなってたらマズイと思う?」

新人相手の説明かってくらい、初期の段階から説明する羽目に。
というか、よくそこの知識すら曖昧な状態でこれまで10年以上もこの仕事やってきたな?
多分、基礎が出来てないうちに、持ち前のいっちょ噛みしたがりな性格で、あれやこれやに手を出して来たんでしょう。
で、上っ面では出来てるように見えて、実はまったくわかってなかった、と。

で、人が情けない思いで新人相手のような説明をしていると、途中で人の話を遮っては
「わかりました!こうですね」「いや、じゃなくて…」
「でも、前聞いたのはこうこうで…」

「うん、とりあえず人の話は一旦最後まで聞いて?」

これまた幼稚園か小学校かと…。
またまた周りの人間、失笑。

とりあえず何とか今の作業については、処理できるように説明をして、小さくため息混じりに自席に戻ろうとすると、お父さんがまた「あんなん社会人させてたらあかん」と、ぼそり。
「もう、ね」と苦笑いすると、「お前もお前や」
え、私何かあかんことしたか?と。
で、後でお父さんにこっそり聞いたら「あんなんまともに相手したらあかんっていつも言うてるやろ」と。
いやいや、相手にしたくないのはやまやまなんですが、こと仕事に関してはきちんと指導せざるを得ないじゃないですか!
これを放置して、重大なインシデントでも発生したら、指導役として私にも責任の一端があることになるんだから!

いや、まぁ10年選手が起こしたインシデントの責任の一端が、10年未満選手の私にあるっていうのもおかしな話なんですが。
でも、この部署という点だけで考えたら私の方が2年ほど経験長いことになるから、仕方ないんだよな…。

一回り以上年上で、会社の勤続年数も私より長い人の面倒を、なぜ私が見なければならないのか…。
先生と幼稚園児みたいな会話、34歳と48歳の間で行われた会話ですから。

きっとあの宇宙人は、小学校の通信簿に「注意力散漫、人の話を最後まで聞かない」とか書かれてたタイプなんだろうなぁ…。
私は確か「気分にムラがある。忘れ物が多い」って毎年書かれてましたが。

忘れ物。今でも時々しますけど、学生時代はひどかった。
何故だったのか未だによくわかってなかったんですが、先日部長が的確な表現をしてくれました。

「まーるちゃんは、興味なかったり、本気になってないことは手ぇ抜くからなぁ」
「俺はまーるちゃんの性格わかってるから、コイツ今は手ぇ抜いとるわって思ったけど。でも、お前のことやから、本番ではバッチリやるって俺は知ってるから、何も心配してない!」

いやぁ、ここまで的確に把握してくれてると、部下としてはありがたい限り。

確かに学生時代は宿題なんかせずに遊び倒してた(笑)
だって、宿題しなくても満点余裕で取れる子だったから。
テスト前でも平気でゲームとかしてた。
親も特に何も言わなかったし。
それで、中学辺りから徐々に成績が落ち始めたら、しっかりやるようになった(笑)
つまり、頭打つまでわかんなかったんだな。
明らかに自分が優等生じゃなくなってきて、初めてこれじゃいかんと努力することを覚えた、と。

まぁ、努力の必要性に気付くのはかなり遅れましたが、そこは天性の器用さでカバーして、今の私があるんでしょう。
基本がしっかりしてないうちに応用を習ったところで、ある程度で崩れちゃうということも、この頃に覚えた。
だから、基本はしっかり覚える。
最初は相手にウザがられるんじゃないかってくらい、質問攻めにする。
でも、聞き方はその都度変える。
表現を変えることで違う見え方が出来たり、理解度がわかったりするから。
それは、人に何かを教える時もそう。
この言い方で伝わらなかったら、今度はこう言ってみようかとか。
こんな例え話にしたら、イメージしやすいんじゃないかとか。

そんな努力も虚しく、宇宙人にはまだまだ伝わりません。
伝え方の講座?みたいな番組で「相手に伝わらなければ伝えたことにならない」というのを聞いて、より努力してるつもりなんですが…。
さすがにね、私宇宙人語は喋れないんで!!

はぁ、疲れた…




自己破産後から、母親の死まで

自己破産の手続きを終え、しばらくは実家暮らしだった。
母娘の関係は最悪だったので、家での会話はほとんどなかった。
依然、弟たちはどちらかと言えば母親の味方。
これは、母が死ぬまで続きました。

数年後、母がやたらと咳をするようになり、それでもなかなか渋って病院に行かず、随分続いてようやく近所の診療所へ行った。
そこの診療所は私が小3で引っ越してきた時からお世話になっている、代々親族で経営している診療所。
そこの院長さん、レントゲンを撮るなり「紹介状書くから○○病院に行きなさい」
と。
紹介された病院で精密検査を受けたところ、肺ガンでした。
しかもステージ3で、脳への転移が見られるとのこと。
10月頃に行って、このまま何も治療をしなければ、今年を越せるかどうかわからない、と余命宣告を受けた。

本人、最初は意地を張って治療なんか受けない、と言い張ってたけど、父親や弟の説得もあり、治療を受けることになりました。
私? 正直、衝撃ではありましたが、治療を受けるかどうかについてはアドバイスはほとんどしませんでした。
どうせ、治療を受けるにしても高額な医療費は払えないし、その時点の家計の状態で医療費を払うとなれば、また間違いなく私の給料が当てにされるから。
ただし、父や弟の意向を踏まえて、医療費が払えないから意地張って治療受けないと言ってるんなら、そこは違うだろう、とは言いました。
当然、家族の意向として治療を受けさせるなら、その負担は家族全員で引き受けるべきで、当時はフリーターなどをしていた弟たちもそこは理解していたから。
結局、最初の意地っ張りはどこへやら。
治療を始めたら抗がん剤治療に放射線治療、脳の腫瘍には当時最先端のガンマナイフ…と、様々な治療を受けてました。
高額医療費の事前申請はしていましたが、それでも当時月額8~9万円の医療費を毎月捻出するのは至難の技でした。

年齢がまだ若かった(当時53歳)こともあり、進行は早かった。
最初に受けた余命宣告の年末は越えることができたが、2月頃には脳の腫瘍が大きくなってきたせいか、認知症のような症状をみせるようになった。
真冬の冷たい朝、起きたら母親の姿がない。
気付くと、真っ暗な風呂場から水の音。
覗いてみたら、何と下半身裸で冷水のまま足元にシャワーをかけている母親の姿が。
「何してるん?」
「寒いから足あっためようと思って」
冷水シャワーじゃあったまるどころか風邪ひくやろ‼︎と、慌てて風呂場から引き摺り出すも、自分で拭こうとしない。
まるで介護士状態で、母の下半身を拭き、きちんと服を着させた上でコタツに入らせました。

こんな症状が出始めて少し後、ついに母は倒れました。
トイレに行くという母がふらついていたので、連れて行こうとした上の弟。
その途中で倒れたらしく。
当時2階で仮眠を取ろうとしていた私でしたが、弟の「お姉~!早く来てくれ!」の声に駆け下りると、トイレ前で倒れ、失禁している母の姿。
弟は比較的力がある方でしたが、さすがに意識を失った全体重を支えることはできなかったらしい。
何とか頭をぶつけることだけは阻止したようで、それだけで十分立派なもんです。

すぐさま救急車を呼び、病院へ。
そのまま入院。
いつ何が起きてもおかしくないと言われ、病院からは家族に泊り込みしてもらいたいとの要請が。
父は沢山残していた有給を使って介護休暇を取らせてもらい、私は当時派遣だったのでクビを覚悟で1ヶ月の欠勤を申請。
弟たちもそれぞれの職場に休みをもらったり、シフトを変えてもらったりの対応をしてもらって、家族総出の泊り込み生活がスタート。

病気の人間をさしてこういう言い方は不謹慎ですが、そんな状態になってからがまたしぶとい。
医者は1ヶ月以内に何があってもおかしくないと言いましたが、その1ヶ月が過ぎても病状は悪化の一途は辿るものの、危篤状態などになることはなく。
さすがに最期のことは考えないといけないので、何度か家族会議は行われましたが、ここでもまたバトル勃発。

母方の祖母も参加していましたが、面倒を見てくれるのは私たち家族やから、と意見はあえて出さず。
もちろん、自分の娘ですからしてあげたいことはいろいろあったに違いありません。
しかし、これまで母親は祖母に対してもお金の無心を続けていて、祖母は当時も働いていました。
だから、看病にくることもなかなか出来ない、自分の生活でいっぱいだから、医療費を負担してやることも出来ない、だから、家族が出した結論に異議は言わないし、口出しをするつもりもない、と。
祖母も苦しい決断をしたわけです。
本当は口を挟みたいことも山ほどあっただろうのに。

そんなわけで、実質父、私、弟2人での相談になったわけです。
結局、論点は最終的にひとつ。
もう助かる見込みはないから、延命措置をやめ、痛み止めを投入していくか、それでもこのまま延命措置を続けるか。
こういう時、感情論に走るのは意外と男性陣です。
延命措置をやめる、イコール死を待つ、ですから、その決断をすることは即ち、家族の手で母の命を奪うことになる。
そこにどうしても抵抗があるのが我が家の男性陣。
一方私は、母が倒れてから家計の管理なども行っていたので、このまま例えば更に1ヶ月、2ヶ月とこんな状態が続けば家計が破綻するとわかっている。

だから、あえて冷たく言い放ちました。
「このまま続けたら、今度は私たちこれからまだ生きていかなあかん人間の生活まで破綻する。
医者があんな話をするからには、助かる見込みがないということや。
なら、私はこれからも生きていかなければならない人間の生活を考えるべきやと思う」
ええ、男性陣全員から鬼、悪魔、冷血人間、などなど様々な罵詈雑言受けましたよ。
でも、現実はしっかり認識しておかないと。
後で祖母には本音を漏らしましたが。
「誰が好き好んで、絶対に非難されることをわざわざ言うと思う? 感情論だけで生活はできひんねん。みんなの意見はわかってるんやから、ウチが裕福な家庭やったら、悩むことなく延命措置続けたらいいんちゃうって言うわ!」
そう、家族全員が仕事を休み、あるいは調整して病院への泊まり込みを交代で続けているんです。
疲労もたまる、泊り込みしている家族の体調も心配、そして当然その間の収入はほぼ0。
そのくせ、自己破産した後もヤミ金融的なところから借金をしていた母親でしたから、支払いは増える一方。
このままじゃ、残された家族の生活が危ぶまれるんです。

悪いけど、私にとってはもう目前に死が迫っている母のことよりも、これから生きていかなければならない他の家族のことの方が優先でした。
長期にわたって休んでいることで、職を失ったら?
復帰できたとしても、評価が下がり、給料減額の目にあったら?
ここまでにかかった医療費の支払いもできていないのに、生活はどうなるの??

こういう分析を冷静に話しても、感情論者には伝わりません。
この話し合いから、母が亡くなってしばらくまでは、弟たちが私を見る目は非常に冷たかったです。
無理もないですけど。

結局、祖母の取りなしもあって、私の冷静な意見を聞く耳を取り戻した父親が主導になって、延命措置の中止を選択することになりました。
そこから約半月後、母は亡くなりました。
不思議と涙は出ませんでした。
限りなく冷静に、葬儀の手配をし、病院の清算を分納にしてもらう手続きをして、家族が忌引きの手続きを取るために必要な書類をまとめていました。

亡くなった後に判明しましたが、役所関係や家賃、ヤミ金融などあちこちにまだ借金が残っていました。
それらも極めて冷静に、分納で支払う約束をあちこちに取り付け、毎月の支払額を確認したりしてました。
これらの整理が終わり、本人死亡により債権放棄させたもの(主にヤミ金)、分納で支払わなければならないものが、月にいくらでいつまで続くか、などを全部洗い出して家族に提示した時に、初めて男性陣は私が今後の生活にこだわった理由がわかったようです。

えぇ、こうなることが予測できていたから、「ギリギリ生活はできる」なんて悠長なことは言ってられなかったんです。
その頃にはあの母親がどういう人物か、よーくわかっていましたから。

その後。
長期休暇をもらっていた私と上の弟は復職できるかどうか不安でしたが、無事に元の職場に復帰。
下の弟はシフト調節で勤務はしていたのでクビになることもなく、父親も元の職場に復職していきました。
(一体何日有給があったのか、介護休暇制度があったのかは謎のままでしたが…)