
しばらく自分のマシンや彼のマシンの話題など、英語とドリフトのメル友になってもらいました。
また同誌でメルボルンでドリフト大会が帰国前にある事を知り、旅の途中、見に行く事を伝えると、
主催者がマシンを用意してくれる!!との事で勇んで旅に出ました。
現地スタッフは歓迎ムードで迎えてくれたのですが、雑誌によるとD1選手がいつも毎回ゲスト
で来てたようなのですが、D1と重なっていて日本人は結局自分一人…。
日本人に飢えていた自分はテンションダウン。
予選日。マシンのレベルが低くて見ていてまったくおもしろくありません。
目が肥えるって怖いもんですね、D1初年度のDVDを見るとあまり迫力ね~な~と思いますが、
ここで見ているものは、広くてコースが遠いオートポリスで10年以上前のドリフトレベルを
見ているようなもんです。10分で飽きてしまいました。自分は…いつ乗れるんだろう…?
自分が乗れるという、マシンチェックに行きました。「・・・」デモカーらしくなってますが、
どうやら個人所有のR32で、メンテ状況も決して良さそうではありません。
その後そのマシンのデモランが始まりました。さすがデモラン、大会参加者とはレベルの違う走り!
初めて乗る車であれ以上は無理だし、「人の」クルマでドリフトするのも気がひけるし、マシンの
信頼性も・・・だし、乗るのは辞退しました。
貴重な滞在日程、次の日の決勝に来るのもイヤになったし(笑)
編集スタッフは毎年2回程日本に取材しに来るそうです。
自分が帰国後、三日後に来日するとの事だったので、成田に会いに行きました。
すると、シノコウバの女性社長さんが。たくさん知り合いが出来て、イイ旅になりました。
さて帰国後、ドリフト欲が高まっていた自分。ヤフオクで衝動ムダ使いをしてしまった。
続きはまた…。