このネットの時代なのであれこれ言っても色々な人がいろんなことを言っているのでどれを信じるのかはこのブログを読んでいるあなた次第だと思いますが、私の個人的見解を言わせてもらえるなら・・・・

 

ある国でまたは住みたいと思えるような場所に行ってそこに暮らす現地の人と心を通わせながら経済的にも自立して生きていける能力、つまり、英語を第一言語、第二言語として使っている地域で自活できる程度に使えるのがまずは、第一ステップだと思います。もちろん、第二ステップとして現地のいわゆるネイティブスピーカーと呼ばれる一般の人よりもその文化社会に関しての知識があり、かつそのことを地域の人々も認知している(これが重要)だと思います。おそらく、小泉八雲(Patrick Lafcadio Hearn)などがそのforerunnerではないでしょうか? 

 

一度、彼の暮らして小説を書いていた松江に家族で一緒に行ったことがありましたが、松江の持つ小京都のような佇まい、島根の県庁としての行政的な役割、山陰地方の文化的な位置づけに大いに関心が高まりましたし、その途中での小泉八雲邸を訪問し島根の地域で当初、外国人としての彼がどのように受け入れられ、島根の人々の心に今も脈々と生き続けているんだなと感銘を受けてしまいました。当時、外国人への風当たりが強い日本で、奥さんのセツ(節子)さんは何を考えどんな行動を実際にしたのかを想像すると楽しくなってしまいますね。

 

私は結果として今、日本に住んで満足して暮らしていますが、異国の文化に暮らすこと当時は、結構、波乱万丈だったのでしょうね。奥さんのセツさんに関する資料をそれほど多くなく、いったいどんな人だったのかについて想像するだけしかないようです。

 

松江はとても素敵な地域だと心から思いました。なんか最初のタイトルからは若干?乖離してしまいましたが、そろそろ岡山県にいますが、一拠点生活を変化させていくことを考えています。そんなことを次回はお伝えしますね。