『深い河』 遠藤周作著 1993年
最近、『王国への道』や『銃と十字架』という遠藤周作作品を新たに読んで、久しぶりに読み返したくなったのがこの小説。
初めて読んだときのブログがこちら。ちょうど10年前だったのですね。
あらすじ:あるインドツアーに参加した人々はそれぞれに喪失感を抱えた人物だった。「必ず生まれ変わるから探して欲しい」と言い残して死んだ妻を持つ磯部。その後インドに日本人の生まれ変わりの少女がいると聞きつけ、半信半疑ながらツアーに参加。美津子は学生時代に身も心も弄んだ、神父を目指す堅物の学生、大津がインドにいるという噂を聞いて参加。絵本作家の沼田は自身の難しい手術が成功して命が助かったが、身代わりのように死んだ九官鳥への恩返しのために参加。ビルマのジャングルで過酷な戦争体験をした木口は、敵味方の兵士たちの弔いをすべく参加。果たして彼らがそれぞれの願いを成就することができるのか・・・という話。
誰が主人公ということはありませんが、キーパーソンというか著者の思い入れを感じるのは大津という人物。
神父になるためヨーロッパで研鑽を積んでいましたが、教会では日本人の持つ汎神論的な感覚を「異端」と捉えられ、インドに流れついてアウトカーストの人々の遺体を運ぶ仕事をしています。
遠藤周作先生の終生のテーマだった「日本人にとってのキリスト教」という問題に対してある種の決着を見た気がしたので、初めて読んだ時から「これが遠藤周作の最高傑作だ!」と思っていました。
ただ今回は「圧倒的な名作」という先入観をもって読んだためか、初読のときほどは感動できませんでした。
その理由は正直自分でもよくわからないのですが・・・うーん、おそらく大津が自分の生き方をインドでしか見つけられなかったためでしょうかね。
日本人キリスト教徒としての生き方は日本国内で実践できてこそという姿を見せて欲しかったですし、インドで最下層の人々に尽くすという生き方はすでにマザー・テレサが実践しているので、現実を超える回答を提示できないのであればフィクションとして書かれる必要性があまり無いように思ってしまったのかもしれません。
あと新婚旅行でツアーに参加した若い三條夫妻にだけ背景が描かれず、ひたすら軽薄で自分勝手な人物として描写されているのがとても気になりました。この二人が酷いというよりは、遠藤先生はなぜそんなに若者に対して反感を抱いているのかと。
作品のテーマが深いものであればこそ、人生経験の浅い者たちにも優しい眼差しをもって欲しかったですね。
とはいえ「本作が遠藤周作の最高傑作」という思いは揺らがなかったので、まだ読んでいない方には余裕でオススメします。


