『香君』 | Wind Walker

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ネイティブアメリカンフルート奏者、Mark Akixaの日常と非日常

香君 上 西から来た少女 (文春e-book)

 

『香君』 上橋菜穂子著 2022年

 

 

『獣の奏者』などの人気作家、上橋菜穂子先生の最新刊。

 

『獣の奏者』では動物と心を通わせることのできる少女が主人公でしたが、今作の主人公は異常な嗅覚を持ち、植物の声が聞こえる少女。

 

植物の生体電位を音に変えるデバイス、Bambooを手に入れてから植物の生態に関する本を何冊か読んで植物が匂いで情報伝達をしているのを知りましたけど、そういった新しい科学的知見から物語を構築した発想力に感心しきり。

 

『獣の奏者』では闘蛇に与える「特滋水」の謎をめぐって物語が進行していましたが、今回の設定では帝国が周辺国や民衆を「オアレ稲」という穀物で支配しているというのが面白いところ。

 

オアレ稲は奇跡の穀物と呼ばれ、普通の稲が育たないような土地でも育ち、冷害にも干害にも強く、虫もつかず、条件が良ければ従来の何倍もの収穫が得られる上に、味も良いといいます。

 

ただし種籾をとることができないので、次に蒔く種籾を帝国から毎回もらわないといけないという仕組み。

 

この物語の内容が種子法や遺伝子組み換え、食料問題や、はたまた新型ウイルスの流行の比喩のようにも思えましたが、著者のインタビューではそこは明確に否定されていました。

 

しかしながら現実の問題と関連があるように思えるからこそ面白いのは間違いのないところでしょう。

 

 

またオアレ稲の周りでは他の植物が育たないなどいくつかの謎があり、自然をコントロールしようとすれば手痛いしっぺ返しを食うという点も『獣の奏者』と共通です。

 

同じ作家の書いた作品なのでテーマが一緒なのは理解できるのですけど、特殊な才能を持った主人公が育成機関で成果を出すにつれ政治闘争に巻き込まれていく、という大きな筋書きも『獣の奏者』とまったく一緒というのはさすがにどうかとは思いました。

 

あと今回は登場人物が多く、しかも名前がオリエ、オラム、オロキなど似ている人もいてどれが誰なのか覚えるのがちょっと大変だったというか、結局最後まで覚えられませんでした(笑)

 

 

まあそんな欠点はほとんど言いがかりで、「植物を守ること」を物語の主軸に据えた小説を読んだのはおそらく初めての体験で面白かったです。植物に興味のある方にはオススメ。