『熱源』 | Wind Walker

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熱源

 

『熱源』 川越宗一著 2019年

 

 

昨年の下半期、第162回直木賞を獲った長編小説。

 

主人公がアイヌだという前情報だけで読み始め、「きっと日本がアイヌに酷いことをした話なんだろうな」と予想していましたが、半分当たりで半分外れでした。

 

というのも主人公格の人物が二人登場し、一人はロシアと日本の狭間で揺れる樺太(サハリン)に住むアイヌの男性、そしてもう一人はロシアに併呑されて母国語も禁止されたリトアニア人の男性。

 

つまり本作の主眼はアイヌの状況を描くことというより故郷を奪われた人々の人生を描くことであり、テーマは「自分のアイデンティティーは自分で決める」ということ。

 

中国とアメリカの狭間で揺れ動く我々にとって、決して他人事とは思えませんでした。

 

 

物語の前半でも和人からの差別やコレラ・天然痘の蔓延など様々な苦難が起こりますけど、中盤で日露戦争が勃発してからは物語のスピードは加速度的に増し、最後まで一気に引き込まれました。

 

後半は二葉亭四迷、金田一京助、大隈重信、白瀬矗などの実在の人物たちと主人公が出会います。正直この後半の著名人の数々に出会うくだりは「欲張って盛りすぎだろ」と思いましたが、ググったら主人公のヤヨマネクフ(山辺安之助)は実在の人物で実際に白瀬矗の南極探検に参加したり、金田一京助の聞き取りで『あいぬ物語』という本が出版されたりしたそうです。フィクション部分も多いようですけど、私は完全なフィクションだと思って読んでいたので改めてビックリ。

 

 

個人的にガツンときたのは、私の好きな民俗学が当初は滅びゆく民の文化を記録するものであり、彼らが劣った民族であることを実証して欧米の植民地政策を肯定するという一面があったということです。

 

主人公が「俺たちは滅びゆく民族なのか」と思い悩む場面が何度もありましたけど、最終的には「生きようと思う限り、滅びないんだ」(p.422)という境地にたどり着きます。

 

寒いサハリンを舞台にしながら「熱源」という題名に読む前は軽い違和感を覚えましたけど、タイトルには「メラメラと燃えるような生きる意志」という意味が込められていて、それはそれは熱いメッセージが隠されている素晴らしいタイトルでした。

 

 

「アイヌって言葉は、人って意味なんですよ」

強いも弱いも、優れるも劣るもない。生まれたから、生きていくのだ。すべてを引き受け、あるいは補いあって。生まれたのだから、生きていいはずだ。(p.375)

 

 

実在の人物を題材にしてこれだけ面白く読める重厚な作品を書きあげたのですから、そりゃあ直木賞も獲るよね。と納得の一冊でした。まだ読んでいない方は是非。オススメです!