『王子と乞食』 | Wind Walker

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ネイティブアメリカンフルート奏者、Mark Akixaの日常と非日常

『王子と乞食』 マーク・トウェーン著 1881年 (村岡花子訳は1927年)

 

 

この話も児童書で読んだことがありましたが、まさかマーク・トウェイン(本作の表記だとトウェーン)の作品だったとは! 

 

なぜだかヨーロッパの民話だとずっと勘違いしてました。

 

私は人があまり読まなそうな本を選んで読みたい性癖が今も昔もあるので、誰もが知っている本は意外と読んでいないのですよ。許してね。

 

 

「顔がそっくりの王子様と乞食の少年が入れ替わっても誰にも気がつかれませんでした」という愉快なお話として記憶していましたが、ちゃんと読むと乞食となった王子様は予想以上にハードな艱難辛苦を味わってました。

 

『王子と乞食』という題名ですけど、主人公は間違いなく乞食となった王子様の方。いわゆる貴種流離譚というやつで、王子が貧民の苦しみや悲しみを経験したことで立派な治世を行う王様になるという神話的構造のお話なので、時代を超えて長く愛されているのでしょう。

 

最後に二人がまた入れ替わるのは覚えていましたけど、乞食だった少年のトムは何不自由のない生活をそうやすやすと手放すのだろうか? とラストが近づくにつれ不安が募りましたが、彼が権力を手放したいと思うきっかけとなる認証式の場面は、この作品で一番の名シーンではないでしょうか。

 

本物の王子が現れたときにトムが権力にしがみついたら、どう決着するにせよ後味の悪いことになったと思いますが、この作品は他に類を見ないほど気持ちのよい大団円! そして王子が王様になったその後を描くエピローグはやはり神話的な語り口でした。

 

童話や児童文学として一般には認識されているのでしょうけど、大人が読まないのは勿体ない名作。推奨とお勧め。

 

 

 

 

 

ところでNHKの朝ドラ『花子とアン』の主人公、村岡花子さんがドラマの中でこの『王子と乞食』を翻訳するエピソードが登場したそうですね。

 

私はドラマは観ていませんでしたが、せっかくなので花子さんの翻訳で読んでみました。

 

やはりちょっと古さを感じる翻訳でしたが物語の舞台が16世紀なので特に違和感はなかったのですけど、とにかく字が小さい!

 

確かに岩波文庫ってこんな感じでしたけど、最近の活字の大きい本に慣れてしまったのでいささか読みづらく感じてしまいましたよ。慣れって怖いですね。

 

 

訳者のあとがきによれば、「マーク・トウェーンの生涯の願望はキリストの伝記を書くことであったが、自分の筆はかかる宗教的のものを書くには余りに諧謔味が勝ち過ぎていると自覚して、敢てそれを試みなかった」とあり、マーク師にそんな願望があったのかと驚きました。

 

マーク・トウェインという人は仏陀やキリストとはまた違うタイプのユニークな知恵者だと思うので、師の筆による諧謔風味なキリストの伝記は是非読んでみたかったです・・・。