『悪の法則』 2013年
私が普段本ばかり読んでいるために当ブログでは本の紹介が多かったのですが、今年は本を読む時間も気力もあまりなかったので今回は映画の話を。
2007年の傑作映画『ノーカントリー』の原作者、コーマック・マッカーシーさんが脚本を担当したということで以前からずっと気になっていた本作、やっとDVDで観ることが出来ました。
良い・・・。これまた傑作!
実は観る前にインターネットで評価を検索したら、賛否両論というか「否」の方が多いようだったので一抹の不安を抱いていたのですが、私は楽しめました。
一般に「否」が多い理由としては、ストーリーがなんだかよくわからない、後味が悪すぎる、という点なのでしょうけど、本作は「世界の本質はこんなもの」ということを示したかった哲学的な作品なのだと思います。
ストーリーを丁寧に説明してくれないのは、日々世界で何が起こっているのかよくわからないし、それを説明してくれるメディアにも不信感を募らせている私には「現実もこんな感じだよね」とあまり不満は感じることはありませんでしたね。
しかしこの「何が起こっているのかよく分からないけど、確実に悪い方向へ向かっているのは分かる」という感じ、どこかで体験したな・・・と思い出したら、カフカの『審判』でした。
この映画、カフカが好きな人にはハマるのではないでしょうか?
私がカフカなどを読んでいた学生の頃、「人生は不条理で無意味」という世界観を構築し、しばらくはそれによって絶望もしましたが、後にはそれを土台に「人生は無意味であればこそ、意味は自分自身で作るもの」、「個人は無力であればこそ、助け合う必要がある」という次の段階の世界観を築くことが出来たのだと思います。
普段インディアンフルートで美しい音色を奏でていると、私が汚れをしらない無垢な心の持ち主だと勘違いしてくれる方が意外とたくさんいらっしゃるのですが、私はどちらかといえばダークな物語の方が好きですね。
ハッピーエンディングの物語は私も決して嫌いではないですが、最後に「良かったね」と満足してしまう話は意外と心に残らないもの。
観たり読んだりし終わった後、心にトゲが刺さった感じの残る作品の方が、想像力や思考力を促してくれるように思います。
そんなわけで、美しい音を奏でるためには、美しくないことをよりたくさん経験しようじゃありませんか。というのが私からインディアンフルートを奏でる者への提案でした。
あと、麻薬取引には絶対に手を出すまい、という教訓を本作から学びました(笑)