今時です。ライブ放送でyoutubeで見ることができます。

 

地元の成人式を見る事ができました。総じておとなしい。昨日の夜からの雪がまだ積もる中出席も大変だったでしょう。

 

①振り袖姿がほとんどです。男性はスーツが多い。

②皆さんおとなしい。言葉もこの日のために準備用意したものでしょう。

③儀式色が強い。スピーチももっと短くて良いと思います。

④年寄りは上から目線になりがちです。意識しなくても、ことばの端々に出てしまいます。

 

連合自治会長の方々のご出席がありましたが、ただ座って、名前を呼ばれたら頭下げるだけなら出席の必要はないと考えます。(名ばかりの長の多い事)

 

今日のこの日は20歳を迎えた人にのみ語る資格があると感じています。(なので、私の場合は成人席は出席していません。=権威主義が大嫌いだからです。)XXX長だの商工会議所だのと言われても、この人たちが若い人の事をどれだけ理解してるのか甚だ疑問だからです。若い人は人類の宝です。市という狭い視点で縛ってはいけないのです。やがて世界に羽ばたく人たちです。自由の翼を奪わないでください。

 

主役は成人の方です。年寄りの街の権力者のための催し物ならよそでやってもらいたいと考えます。(惰性で続けていませんか?式が滞りなく進めば良いという意図がありありです。)

 

日本人は式典が大好きのようです。ただ、今時のご時世に合っているかというと甚だ疑問です。一人一人が判断して、出たければ出席すれば良いし、無駄と思うのなら欠席すればいい。(私は欠席しました。)

 

<入学式・卒業式>

海外でも祝われる席として、儀式は続けられています。ただ、日本の場合は堅苦しいのです。座る姿勢すらままなりません。(あの椅子では窮屈でしょう。誰かに見せるための成人式では無いと感じています)ある意味苦痛の連続です。このシステムは戦前の古い体質そのものです。

 

もっとフランクにできない物か?そうすれば参加者も増えるでしょう。規律・礼節を重んじる風潮はまだまだ根強いようです。社会制度に新しい風を吹かせたいなら思い切った改革が必要です。その都市に生まれたからその都市に尽くせと言わんばかりの風潮はいかがなものか?単なる式典。そろそろ限界ではないでしょう。ただ、若者も振り袖姿など外観のファッションには敏感です。そういった意味もあるので人気はあるのでしょう。(自分を肯定できる場を必要とする年頃でもあります。)

 

大切なのは中身です。形だけの儀式はそろそろ卒業しても良いのではないかと考えます。(感謝は人から言われて伝えるものではありません。自らの意思で行動して初めて気持ちが伝わります。言わされた、ただ従った。では何も残らないのです。当事者の意識・覚悟が大切だと考えます。)